タクシー座る位置迷いがち
ーフリー記者リコの視点から見たトムラビの里ー
「トムラビの里……黒い噂の絶えないエルフの里です。ニ年前、そこで暮らしていたエルフ達は忽然と姿を消した……と言われています」
言われている、とは?
「詳しい情報がマスコミに回って来ないんですよ。なんでも、争った形跡や荷物をまとめた様子もなく、ただ人だけが消えていたとか。白い霧になって皆消えてしまったのではないか、なんて話が出てくるほどに分かっていることが少ないんです」
消えたエルフ達はどこに行ったんでしょうね。
「記録によると、トムラビには概ね2000人ほどのエルフがいたようです。簡単に隠せる人数ではありません。が……」
何かご存知で?
「この事件の裏には、何か巨大な闇が蠢いている気がしまして」
それではこの事件を追うのですか。
「……いいえ。私には別でやることがありますから」
※ ※ ※
「結局、ついてきちゃうなんて……ああいえ、こちらから頼んでるんですから、こんなこと言うのはおかしな話なんですが……」
ダイバーシティ郊外。一台の車が街から離れるように轍を残していた。中にいるのは、イズミとリン、そしてラムロンである。後部座席に座っているイズミは、助手席で窓の外を眺めているラムランの背に心配そうな声をかけた。
「あの、やっぱり今からでもやめた方がいいんじゃないですか。あいつら絶対失礼なことするし……」
「………………」
「あぁ、えっと……ラムロンさん?」
普段はあれだけやかましいラムロンが、異様に静かにしている。数瞬の間返事が返って来ないと見るや、イズミは更に不安を覚え、前に身を乗り出してラムロンの顔を覗き込もうとする。
しかし、彼女が半身を助手席に突っ込むより前に、リンが声を上げた。
「トムラビについて、何か知っているのでは?」
窓枠に頬杖をついていたラムロンの首が動く。彼は自分に問いを投げるリンを頭上のミラー越しに見た。リンもまた、小さな鏡面を通してラムロンに目をやっている。彼の切れ長の目は、その中に潜む疑念を表すかのように鋭い視線となってラムロンを刺していた。隣のイズミも、心配と怪訝の混ざった表情でラムロンを見つめている。
「四年前から定期的に通ってた。当時は別の仕事をしてて……用事があってな」
「えっ……」
唐突な答えが沈黙を終わらせた。欠片も予想していなかった答えに、イズミは目を丸くする。自分と恩人が過去にすれ違っていた可能性などは微塵も考えていなかったのだろう。ラムロンはというと、鳩が銃弾を喰らったかのような顔をしている彼女から目を逸らし、また外に目をやっていた。
「里それ自体に用があったわけじゃなかったけど、場所がちょうどよくてな。よく寝泊まりさせてもらってた。里っていう小さな集落の中とはいえ、数千人はいたはずだから……二人と顔は合わせてないと思う。合わせてたら流石に覚えてる」
「ま、まさか随分前からラムロンさんと縁があったなんて……ん、ちょっと待ってください。今、四年前って言いましたよね?」
淡々と語るラムロンに反し、イズミの言葉には熱がこもってきた。彼女は興奮冷めやらぬ様子で四年前の当時のことを思い返そうと、隣のリンに問う。
「確かそのくらいの時期に、里の中で流行病が広まってたよね? 東の人達の間ですごい広まってたって聞いたけど」
「あったね。僕達は反対の方に住んでたから大したことはなかったけど」
「……あの時の感染が大事なくおさまったのは、外からの助けのおかげだって友達から聞きました。ウチもたまには外に頼ることがあるんだって思った記憶があるので、間違い無いと思います!」
イズミのテンションはどんどんとギアを上げていく。有頂天になっていく彼女は、自分とラムロン達の温度差に気づかない。ラムロンは外の流れていく景色に目を向けたまま、そしてリンはその背を見つめたままだ。
「そんなこともあったな」
「そうですよねッ! もしかして、ラムロンさんって元々医者だったんですか? ……まあ、すごく似合わないと思いますけど」
「おい、それどういう意味だ」
「いやほら、ねぇ……なんか、白衣が一番似合わなさそうっていうか、手術させたくないっていうか、自分の体を預けるにしては不安っていうか」
「馬鹿にしてんのかっつうの。あの時は連れに医者がいたんだ。だからまあ、俺が大したことをしたわけじゃない」
「またまたそんなご謙遜を。一度ならず二度までも助けられていたなんて、ラムロンさんって本当にお人好しな方ですね。ね、リン?」
「………………」
「えっと……あ、はは」
寒暖差の激しい時間が車内という小さな密閉空間で過ぎていく。しばらくそのギャップに気づかなかったイズミだが、返答に間が空いたことによってついに自分だけが興奮していることに気付く。
「ど、どうかしましたか? その、気分が優れないとか」
「普通に、滅んだ他人の故郷について元気に話すっていうのが難しいだけじゃないかな」
「あっ……そういえば、そっか」
リンの冷静な助け舟によって、イズミは自分の突飛さを客観的に見る。他人から見た彼女達は故郷を迫害によって追われた悲惨な被害者だ。当事者だからこそ見失っていたそれにようやく気が付くと、彼女はしゅんと顔を下げる。
「冷静に考えたらその通りだね。えっと、ごめんなさい」
「いや別に、謝ることじゃねえけど。それよりも、今から行くっていう里はどんなとこなんだ?」
空気の揺らぎを感じ取ったラムロンはすぐに話題を変えた。その意図を察してか、リンが問いへの答えを手早く羅列する。
「名前はハクシの里で、規模は3000人程度。エルフのコミュニティにしては大きい方です。外交はほとんどしておらず、トムラビにいた時も数回しか名前を聞きませんでしたね」
「そうなると、あっちから向けられる目に関しちゃ覚悟しとかなくちゃいけねえか」
自分たちを受け入れない相手にどう歩み寄るか、ラムロンは考えるだけでも億劫になるその問題を目の前にして頭を抱えた。社交性に自信がないわけではなかったが、相手にその気が無ければ上手くはいかないだろう。
「大丈夫ですよ、ラムロンさん! ラムロンさんに失礼なことを言う奴がいたら、私が射殺しますから!」
「……は? イズミおま、弓なんて使えんの?」
「はい、これでもそこそこな腕だって評判だったんですよ? それに、リンだって刀を持たせたらすごいんですから!」
「たしなむ程度ですから、あまり期待しないでください」
「使えることは否定しねえのかよ。……思ったより物騒な連中だな」
これまではあのクラブの被害者としての側面しか見えていなかったが、すぐそこに見え隠れする二人の暴力性にラムロンは冷や汗を浮かべる。これから向かうところにはこれ以上の者達がいるかもしれないと考えると、彼の胸中の不安は更に増すのだった。




