故郷嫌いに似た同種嫌い
「えっと……それじゃ、私はここで」
見ず知らずの来客が来ると、我が物顔でソファに座っていたリザは立ち上がり、そそくさと出口の方へ向かう。見知った顔以外への耐性はまだないらしい。彼女が事務所を後にするのを、イズミは笑顔で、男は小さな一礼で見送った。
「さっすがラムロンさん。今度はまた別の方の悩みを解決したんですね!」
「今回は違うっての」
「またそんな謙遜せずに。私、あの時のことは本当に感謝してるんですから」
「……かゆいな」
入ってきて早々、イズミはラムロンのことを褒めちぎる。嘘偽りでない真っ直ぐな笑顔から放たれるそれを直視できず、ラムロンは頭をかきながら顔を逸らす。同時に話も逸らそうと、彼は自分が助けたのに名も知らない青年の方に目を向けた。
「そういや、体の具合はもういいのか? ダスとかいう女に結構痛めつけられてたみてえだけど、えっと……」
「リン、といいます。おかげさまでもう充分に回復しました。それに、仕事先や住む場所の紹介についてもお世話になって……なんとお礼を言ってよいか」
「別にいいって。礼はリーヴ社長とかオルネドに言ってくれよ」
イズミと並び立つエルフの男、リンはラムロンに深く一礼して感謝を示す。ラムロンはリンの仰々しい言葉を受け流しつつ、手元のデスクにある資料に目を落とした。
「んで、今日はあん時の礼を言いに来たってだけか? それならちょっと立て込んでるから、ゆっくりした話はまた今度ってことにしてえんだけど」
「えっ、本当ですか? 私てっきり、ラムロンさんは依頼が来てない時は暇なのかと思ってましたが」
「恩人様を馬鹿にしてんのか?」
「あぁいえいえ! そんなことは……それにしても、う~ん」
信頼と親しみが混じり、幾分かラムロンを舐めているんじゃないかという態度のイズミ。彼女はラムロンの予定が詰まっていたということを知ると、腕を組んで眉間にしわを寄せ、あからさまに悩んでいますという姿勢になった。
「なんだよ鬱陶しいな。用があるんならさっさと済ましちまおうぜ」
「さっさと……済む話でもないんですよね、これが」
「とはいえここでもたついていても話は進みません。僕の方から、詳しくお話しします」
イズミは「それじゃあよろしく」と言ってソファに座り、リンも一礼の後でそれに続いた。どうやら長くなりそうな話らしい。ラムロンは長話を覚悟して手元の資料を閉じ、諦めのため息と共に頬杖をつく。
「以前、イズミの方からお話があったと思いますが……僕達の住んでいたエルフの里は人間に襲われてもう壊滅しています」
「……ああ、そんな話してたな」
「居場所がなくなった自分達は、ラムロンさんの助けでこうして安息の場所を得られたわけですが……」
リンは眉を寄せて体を前のめりにし、言葉に乗せる力を強くして続ける。
「どこから聞きつけたのか分かりませんが、僕達のことを別のエルフの里の方達が見つけたようで……。顔を見せろと、そう言われています」
「…………ん?」
黙ってリンの話を聞いていたラムロンだったが、引っかかる部分を見つけると緩い態度を改めて背筋を伸ばす。
「いいことなんじゃないのか? お前達にとっても、自分達が元居た場所に近い所を居場所にできたなら……」
「誰が好きで行くんですか、あんなクソ種族のとこ」
「…………ん、ん? どうした、イズミ?」
脇で静かにしていたイズミから飛び出した突然の暴言に、ラムロンは耳を疑う。目を向けてみれば、彼女は足を組んで舌打ちをし、ブツブツと小言を言っている。仮にも恩人が同席している場ではあるのだが、どうやら相当自分の種族が嫌いらしい。
「どうしたもこうしたも、はぁ……。私達エルフってすごい偏ってるんですよ、考え方が。えっと……なんていうんだっけ」
「排他主義」
「そうそれ、流石リン。人間はもちろん、他の亜人まで敵視して……里に入ろうものならすぐに追い出すか、攻撃しようとするんですよ! ホントクソだなエルフとかいう種族」
「落ち着いて」
「これが落ち着いていられますかッ!!」
隣のリンが冷静な制止をするも、イズミは勝手に一人でヒートアップしていく。彼女はソファに沈んだ反動を利用して勢いよく立ち上がり、ラムロンのデスクに両手をついて力説し始める。
「聞いてくださいよラムロンさんッ!! リンって実は初めから私達の里にいたんじゃなくて、事情があって別の里から移り住んだんです。その時、ウチの里の連中が何したと思います??」
「え、えっと……どうしたのかな」
「同じエルフなのにも関わらず、追い出そうとしたんですよ!! 里長の了承はちゃんと得てるのに、信じられないですよねぇッ!! その里長も里長で、リンの住む場所を里の外れにして疎外しようと……ぐうああああぁぁァーーーッ!! マジでゴミすぎるッ!!!」
「……お、おう。大変だったんだな」
「僕のことはいいから。とりあえず話を進めよう」
一人だけボルテージが上がったイズミを冷やそうと、ラムロンとリンは協力して彼女の暴走を止める。二人の努力によって湯たんぽ程度に熱の収まったイズミは、鼻から温度のある息を吹き出しながらソファにズシンと体を沈ませた。そんな彼女を横目に、リンは話の方向を軌道修正する。
「イズミの言ったことは僕も感じていて、正直、今の暮らしの方が心地いいんです。そこに来てこの呼び出しが……しかも、使いの方は妙なことを言っていました」
「妙なこと?」
「はい。僕達を助けた人間に礼を言いたい、と……」
「……え俺?」
急な名指しでの呼び出しを食らっていたという事実にラムロンは面食らう。彼の驚愕を見たイズミは、収まらない敵意の混じる配慮の言葉を投げた。
「もちろん全然断っても大丈夫です。というかそうした方がいいです。気分を害すこと間違いなしですから。私の方から言っておきますよ、お前らの長耳見てると殺したくなるから行かないって」
「言ってねえよそんなこと」
「……まあその、真面目な話、ラムロンさん。私達は形式的に声をかけてるってだけで、本当に来ない方がいいと思っています」
理性的に話そうとしてか、イズミは自分の敵意を抑え、一息挟んでから話を再開する。
「私達エルフは特に差別されている種族ではありますが、正直言って、身から出た錆でもあるんです。苦しい立場が同じの他の亜人が差し伸べてくれた手を払って、ずっと外を拒絶して……。いくら亜人と付き合うことに慣れてるラムロンさんでも、穏便に話すことはできないと思います。相手にその気がないんですから」
「……それでも、まあ相手の言い分を聞いてみないことにはな」
「やっぱり、ラムロンさんは優しいですね。でも、今回ばかりは……多分、私達の里のことも聞かれるだろうし」
「何かあるのか?」
言葉を濁すイズミに追及の言葉をかけるも、彼女は顔を下に向けて黙りこくってしまう。今の彼女の表情は、あのクラブの地下で見せたものと同様の痛みがあった。それを見たラムロンは、問いを重ねるのを諦めた。彼女の心中を察してか、隣のリンが代わりに事情を説明する。
「恐らく、ラムロンさんも聞いたことがあると思います。二年前、人間によって壊滅させられた僕達の里。その名は……」
悔いと痛みを吐き出すように、リンは告げた。
「トムラビの里、といいます」




