昔懐かしきパワー系ヒロイン
ナフィが拳を振るうと、すぐに安全が確保された。三人いた黒服の男のうち二人は彼女が片付け、もう一人はルカによって拘束されている。明確な危険が消えると、外で待機していたリザとフィスも店内に入ってきた。二人の視線が向かう先は、もちろんナフィだ。
「ナフィさん、あんなに力あったんですね。しばらく一緒にいたのに、全然気づかなかった……」
「亜人……には、見えねえけど。もしかして、アンタ……」
大して他人に関心を向けるタイプでもないフィスだったが、今回ばかりはナフィのその異様な腕力に興味を示す。しかし、その源泉を探そうにも、ナフィの容姿はただの人間そのものだ。顔も、耳も、腕も、足も、皮膚も、目にも他の生物の特徴が表れたような個所は見受けられない。ひとしきり観察を終えたフィスは、目を細めて次の言葉を口にする。
「潜在特殊亜人だな?」
「せんざい……」
「とくしゅ? フィス、それは一体……」
リザもルカも、フィスが口にしたワードに聞き覚えがなかった。二人とも、綺麗にななめ45°に首を傾げている。ナフィはそんな二人の疑問に応じるように、小さく笑って自分のことを語る。
「見た目は人間そのものなのに、流れる血や特性は亜人のものを持っているって人のことよ。フィスちゃんの予想は正解ね」
「はぇ〜。なんか、いいとこ取りみたいな感じがするね」
容姿を損なわず、強靭な腕力や特異な能力を扱える。額面通りに受け取ったメリットだけを見て、リザは羨望の眼差しをナフィに向けた。
しかし、その隣でフィスは歯を食いしばる。
(…………真逆だっつの)
真逆の認識、二人がそれに気付く間もなく、話の中心のナフィが手を叩いて話を切る。
「はい、私の話はここまで。さて……あなたの話を聞かせてもらえるかしら、黒服さん」
「……くっ」
ナフィはこの店に戻ってきた目的を果たそうと、ルカが押さえている黒服と、彼らが運ぶつもりだった薬剤に目を向ける。
「その薬を買い占めて、どうするつもりだったの? ここだけじゃないわよね。少なくとも二週間前くらいから、別のとこでも似たようなことをしてる。あなた達の目的は?」
「……」
「この状況で黙るの? やめたほうがいいと思うけど」
男は四肢を押さえられた中で、せめてもの抵抗にとナフィから顔を逸らした。が、それが尋問を止めるきっかけになどなるわけもなく、ナフィは言葉を淡々と続けていく。
「私、医者で亜人薬学が専門なんだけど、解剖学も結構いけるのよ。ほら、亜人って人間と体の構造が違うから、開いて見ないと分からないこと多いし、結構解剖って重要なのよ」
「……だ、だからなんだ」
「察しが悪いのね」
ナフィは地面に跪く男を冷えた目で見下ろし、無機質な声色で言葉を並べていく。
「どこをどうすれば、人が意識を保ったまま苦痛を与えられるかを良く分かってるってことよ。まずは爪を剥いで、指を折る。今度は第一関節から一節ずつ落としていって、次は歯。歯が終わったら次は目で……」
「目的は独占による価格の高騰を狙っての薬剤の転売だ」
「折れるのはや……」
「そんで、本当のクズね」
ナフィの脅しが嫌にリアルだったせいもあるが、男はすぐに自分達の目的を吐いた。その性根の薄っぺらさと、やろうとしていることの外道さにナフィとリザは顔をしかめる。
「転売、それも薬でとは……。組織的に行われているということであれば、大問題ですよ。おそらく、彼らだけではないのでしょう」
ルカは手元の男の両手に手錠をかけて後ろのナフィ達を振り返る。場の面々の顔には不安や焦燥が浮かんでいた。ナフィが件の薬を他所でも手に入れることができなかったという情報が事実ならば、他にも構成員がいる可能性は非常に高い。
だが、そんな状況を把握していながら、ナフィは落ち着き払った様子で男に対する尋問を続ける。
「他の仲間の人数と、受け渡し場所を教えて。できればアジトなんかも」
「場所に関することはなんも知らねえよ。アジトはもちろん、受け渡し場所もな。毎回場所が変わるし、取引が終わってから場所が送られてくる」
「ほー、やるね。私とおんなじ手法だ。流行りなのかな」
「ん…………ん? まあいいわ。じゃあ、その連絡が送られてくる携帯、もらうわよ」
途中挟まれたフィスの何とも言えない発言はスルーし、ナフィは尋問を続ける。彼女の言葉に応じるように、ルカは男のボディチェックを行い、その懐から携帯を取り出した。
「さて、ここからどう犯人にこいつらが成功したと思わせるかだけど……」
「その必要はありませんよ、ナフィさん」
「どういうこと?」
「腕利きのハッカーの出番ということです。フィス、これを」
「オーケー」
ルカから黒服の携帯を受け取ったナフィは、もう片方の手に自前の携帯を持ち、何やら小難しい事を呟き始める。
「とりあえずロック解除して、電話やらメッセージのやり取りをさらって……あとは相手側の最後の通信履歴から場所を割り出せばいいかなぁ〜」
手慣れた様子でアングラな作業を進めていくフィス。手元に集中しているせいで、一般人2人から引いた目線を投げられていることには気づかない。
「警察があんなの囲ってていいの?」
「わ、悪い子ではありませんから」
「私と同じような歳で、すごいとは思うけど……」
フィスの技術の背景に考えを伸ばしたリザは、自分とフィスの生きてきた環境の違いを感じる。年齢が同じほどとはいえ、両者の間には明確な間があるようだ。
ルルルルルルル……ルルルルルルル……
「……ん?」
フィスのハッキングの結果を待っていた時だ。突然、何かの通知音が鳴る。音の発生源はフィスの手元、男から取り上げた携帯だ。電話らしい。
「……非通知だ。どうする」
フィスが差し出す携帯の画面には、無機質なグレーの背景に非通知という白文字が浮かび上がっていた。
「私が出ます」
下っ端から情報を探ろうとした出鼻に現れた不穏を前に、ルカが声を上げる。彼女は一同の顔をぐるりと見回して反対がない事を確認すると、不吉の源を耳に当てがった。
「もしもし、こちらは……」
「警察だよね。分かってるよ」
携帯から掴みどころのない男の声が響いた。その声の主は、ルカ達が彼の素性を思い浮かべるよりも前に、大きな先手を打ってくる。
「今そっちに向かってる。先に挨拶をしとこうと思ってね」




