転売はクソ、買い占めもクソ
「店主さん、いつものはちゃんと置いてある?」
「……ええ。一点も売らずに、保管してあります」
薬剤の卸店の中。黒い服の男達は店の主人に何かを問う。両者に驚きや意外そうな表情はなく、このやり取りは常のことなのだろう。
黒服達の要請を受けると、主人は店の奥に引っ込んで段ボールを二箱持ってくる。
「さあ、そちらも早く」
「はいはい、そう焦んなよ。こっちもモノの確認をしなくちゃならねえんだから」
主人が持ってきた段ボールを、黒服の一人が開いた。その中には少し白みがかった透明な液体を詰めたパックが大量に入っている。中身の軽い検分を済ませた黒服は小さく頷き、懐から札束を取り出す。現金、流し見でも100万はあることがうかがえる。
「ほらよ、ご希望のもんだぜ」
「……早く行ってください。お互い、見られて得なことなどないでしょう」
「そうだな。じゃ、また」
店主は終始黒服達と目を合わせないようにし、その存在を厄介そうに扱っていた。黒服達の方もそれを咎めることなく、簡単なやり取りだけしてこの場を後にしようとした。
しかし、そんな黒服達の行手を二人の女が塞ぐ。その女達を前にしても黒服は単に避けようとするだけだったが、その反面、店主は彼女達を見て顔を青ざめさせた。
「あなたたち、さっきの……」
取引の場に現れたのはナフィとルカだ。薬剤の事情に精通しているナフィは、この場で影のある取引を行っていた者達を冷えた目で見つめる。
「ちょっと忘れ物をしたから戻っただけなんだけど……おかしいわね。その薬、さっき在庫を切らしてるって言ってなかった?」
「え、や……それは」
「悪いな、こっちは前からこれだけの量を買うって予約してたんだ」
「一軒の卸店がストックできる量を一気に? 店側も余剰在庫を残さずに……ね。隠すつもりがないのか、それとも間抜けが咄嗟についた下手な嘘か」
「……なんだ、女?」
ナフィの明らかな挑発に、黒服の男達は分かりやすく殺気立つ。しかし、ナフィは彼らの鋭い目線を恐れることなく言葉を重ねていった。
「薬剤の独占、買い占めは違法よ。そうでなくとも、大量の薬剤の売買にはちゃんとした機関からの認可が必要なの。それが多くの薬品に使用される汎用性の高い薬剤なら尚更のこと。……で、許可証か何か、持ってる?」
ナフィはわざとらしく手を差し出して相手の返事を誘う。十中八九、持っていないとヤマを張っているのだろう。
そして、彼女の読みは当たっていた。自分たちの立場の正当性を証明できないと踏んだ黒服達は顔を見合わせると、揃ってナフィの方へ向かってくる。
「余計な手を煩わせやがって……」
「……! ナフィさん、下がってください!!」
暴力の気配を感じ取ったルカがナフィの前に立つと、危惧の通り、先頭の男が手を振り上げて距離を詰めてきた。殴るのか、それとも掴んで引きずり倒すつもりか。どちらにしても、警察であるルカは見過ごさない。
「はっ!」
「ぐぅ……」
ルカは男の直線的な動きを見切り、相手の振りを利用してその体を床に引き倒す。
「小娘が、舐めやがって……!」
(……まずい)
ルカの反撃を目にして、残り二人も身構える。自分とナフィの方へ向かってくる男達を前にして、ルカの思考は一瞬フリーズした。最初の一人を捕まえたまま他を相手にすることなどできない。
「ナフィさん逃げて!」
咄嗟に守るべき市民の背に声をかけるルカ。彼女の目の前で、ナフィの肩に男の手がかかる。それを目の当たりにした瞬間、ルカは手元の相手など構わず庇いに入ろうとした。
しかし、その時だ。ナフィに触れようとしていた男の体が浮き上がる。というより、吹っ飛んだ。まるである程度の速度を持った車に横っ腹から突っ込まれたかのように、男の体は数メートル先の壁に叩きつけられた。
「へ……?」
「なに、が……?」
ルカ、黒服達、店主、窓越しに中の様子をうかがっていたリザとフィスでさえ口をあんぐりと開けた。一同の視線が集まるのは、場の中心にいるナフィ。彼女の拳だ。
「あ〜ごめん。歯ぁ折っちゃったかも。やっぱり久しぶりだと加減忘れちゃって駄目ね」
注目の中、ナフィは血のついた右の手の指を閉じたり開いたりしながら調子を確認する。その所作、言葉から察するに、男を殴り飛ばしたのは彼女なのだろう。しかし、薄汚れた白衣の下にのぞく細い手足からは想像もできない馬力が、彼女の腕から放たれたという事実を素直に受け入れられた者はいない。
「まあ次は丁度良くしとくから。もう一人、眠っててもらうわね」
ナフィは柔らかく拳を握り、同じように柔らかい笑みを目の前の男に向けた。瞬間、未来予知の能力が突如として発現した最後の男は、両手を上げて降参のポーズを取る。
「ちょ、ちょっと待っ……」
が、一瞬遅かった。男が瞬きの後に目撃したのは、自分の鼻頭に猪突猛進してくるナフィの拳だった。




