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こちら亜人相談事務所  作者: 井田薫
凸凹女子会と不穏の気配
78/86

何軒も回って目的のものがないとイラつく

「簡単な風邪ね、放置してても治るような」


 酒を冷蔵庫にしまった後のナフィは、当初の情けない姿が嘘のように診察をスムーズに進めた。聴診器やら舌圧子(ぜつあつし)やらを取り出して手早く患者の情報を集める様は、熟練の名医を思わせる。そんな彼女の出した結論は、当初のフィスが考えていた通りのものだった。


「やっぱりな。大したことないと思ってたんだよ。コホッ……」

「重い何かじゃなくてよかったです。お薬とかは出してもらえるんですか?」


 ルカは安堵した様子で息をつき、隣のフィスの肩に手を置いた。が、問いを受けたナフィは首を傾けてうなり声をあげる。


「もちろん……と、言いたいところなんだけどね。ちょっと薬剤が足りてなくて、今すぐは難しいの。結構いろんな亜人の薬に使う材料だから、普段なら常にストックしてあるんだけど……」

「何かあったんですか?」

「買い足そうとすると、ちょうど薬局とか卸し店側も切らしてるってことが多かったの。何回か軽く探したんだけどね。でもまあ、せっかく来てくれたお客さんを病気のまま帰すわけにもいかないから」


 診察に使う道具をテーブルに置き、ナフィは立ち上がった。


「今すぐ買いに行く。何軒か回ったらあるだろうし」



 ※ ※ ※


一軒目

「今はその薬剤がなくてですね」


二軒目

「すみません、ウチでは取り扱いが……」


三軒目

「ちょっと前まではあったんですけど」


四軒目

「悪いね、今は用意がないよ」


五軒目

「いやぁ、この前大量に買ってかれた取引先がありまして……」


 ※ ※ ※


「マジでありえないッ!!」


 五軒目を出た辺りで限界が来たナフィが声を荒げる。頼りにしていた医者の取り乱す様を前にし、ルカは首を傾げて後ろの薬剤の卸店を振り返った。


「何軒も回って全くないなんて……珍しい薬剤なんですか?」

「いえ、そんなことはないんですけど」


 次の目的地を探そうと携帯を睨みつけているナフィに代わり、リザがルカの問いに答える。


「スーパーで例えるなら、水……は言い過ぎか。コーヒーくらいの品ぞろえのはずです」

「であれば、こう何軒も外すのはおかしなことですね」

「あぁ~もうヤバい。何でこう……運が悪いかな」


 薬剤に関する事情に最も精通するナフィは他より一段と焦り、携帯の画面の上で忙しなく指を動かす。そんな彼女の姿を見かねたフィスは、言葉を選びながら諦める方針を提示する。


「別に大した病気じゃねんだし、このまま放置しててもいいぜ? 私はそれで構わねえんだけど」

「それは私の医者としてのプライドが許さないわ」

「患者の心配じゃないんかい!!」

「……それに、これはあなただけの問題じゃないのよ」

「え、どういうことだよ?」


 ナフィの意味深な一言に、他三人は顔を上げて彼女の表情をうかがう。改めて見てみると、ナフィの表情にある苛立ちは運の悪さなどといったあやふやなものに向けるようなものではなかった。眉間にしわを寄せて携帯の画面を鋭い目で睨む彼女の顔には、明確な怒りを向ける矛先があるように思えた。


「……あれは?」


 と、そんな時だ。四人が背にしていた薬剤の卸店に人が入っていく。黒い服の人間が三人、団体だろう。それを目にしたナフィは、目を細めて携帯を懐にしまい込み、体の横で軽く拳を握る。


「リザちゃん。お客さん達を見ててくれる?」

「え、どうかしましたか?」

「ん~……多分だけど、荒事になるから。リザちゃんを巻き込むわけにもいかないし、増してやお客さんはもっと無関係だから」


 簡潔にやってほしいことだけを伝えると、ナフィは一人で先ほどまで入っていた卸店に向かおうとした。が、その背をルカが呼び止める。


「待ってください。何か、きな臭いことでもあったのですか?」

「まあ、そういうことになるかな。でも、あなた達に迷惑はかけないから」

「そういうことではなく……私達は警察です。何か事件性のあることでしたら、私達も手を貸します」

「えっ警察? あなたはともかく、その子も……?」


 意外な言葉にナフィは目を丸くして振り返る。彼女の疑問に、ルカは自分の警察手帳を出して答えた。


「改めて自己紹介を。ダイバーシティ警察巡査、ルカといいます。それと、こちらは……」

「雇われハッカー、フィス。ちょっと前にしょっぴかれて、そのままマッポに囲われた」

「えっ、ハッカー? ……私とそんな年変わらないのに」


 フィスの妙な自己紹介を聞き、リザはその目に興味を宿す。フィスのそれは決して憧れられるような経歴ではないが、同年代の相手にとっては少し輝かしく写るのかもしれない。


「……それじゃあ、リザちゃんとフィスちゃんは店の外で控えてて。中には私とルカさんでいく」

「お待ちを、ナフィさん。あなたも一般市民です。薬剤事情に通じているのがあなたしかいないとはいえ、後ろに控えてもらった方が……」


 警察として、市民を守る義務を果たすべきと胸を張るルカ。が、彼女の言葉にナフィは首を横に張る。


「大丈夫よ、大したことにはならないから。さ、早く済ませましょ」

「えっ……ちょ、待ってください!」


 ルカが戸惑いを経て反論を返すよりも前に、ナフィはスタスタと卸店に向かっていってしまう。ルカはその後を急いで追いかけ、リザとフィスは互いに顔を見合わせて首を傾げるのだった。

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