結婚と子作りは計画的に、なによりみんなの幸せを第一目標に
数日後、ローロック家の邸宅では外部の誰にも漏れることがないような小さな会が開かれた。それはドグとフォクシーの結婚を祝う席。名の知れた議員であるウォル、その家族の訳アリの結婚式となれば、余計な介入がついてくるのは必至。それを防ぐために、二人の愛を確かめこれからの幸せを願う祝い事は迅速かつ小規模に開かれることとなったのだ。
出席したのはドグとフォクシー両人の家族。それに彼らにとって日々を共にするほど近しい間柄の使用人や友人達だけ。中心の二人も、それを取り巻く人々も笑顔でいる。輪から少し外れた所では、コンがジムとイルナと共に主役のことを見守っていた。数日前の一件はコン側からの謝罪と説明もあって、彼らの間柄に傷をつけるようなことはなかったらしい。
「最近調子はどうなんだ、ラムロン。聞いた話では、何でも屋じみた事をしているそうだが」
熱に浮かされた会場の広間の端、歓声が遠くに聞こえる壁際にウォルが立っていた。彼は孫達の幸せな様子を遠巻きに眺めながら、同じく隣に佇んでいるラムロンに問う。
「亜人相談事務所な。俺にピッタリだろ?」
「ふむ、君の出自を考えれば確かにその通りだな。それにしても亜人相談事務所には世話になった。今回のこともそうだが、それ以前にもフォクシー達が助けられていたとは」
「大したことじゃねえって。俺の性格は知ってるだろ? 困ってる奴がいたら笑顔にしなくちゃ気が済まない、この広い世界でも指折りの善人だってな。だから、何か困ったらじいさんもウチに来いよ。解決できないことなんてないぜ?」
「……その自信は一体どこから出てくるのやら」
自信満々に白い歯を見せるラムロン、ウォルはそんな彼の得意げな様子を見て呆れのため息をつく。過剰すぎる言葉は逆に頼りがいを削ぐように思われるが、ウォルはふとその高い鼻に頼ってみようとかねてからの悩みを口にする。
「それでは、早速悩み知らずの君に聞いてみたいことがある」
「おっ、なんだよ」
「関係がギクシャクした息子と仲を戻すには、どうすればいいだろうか」
「知らねーよ自分で解決しろ」
「……おい」
ほんの少しの真剣さを持って聞いたというのに、返ってきたのはあまりにもやる気のない乱暴な答えだった。ウォルは眉間に刻まれたしわを更に伸ばし、ラムロンの横顔を睨む。
「解決できないことはないんじゃなかったのか?」
「いやどう考えても俺に相談することじゃねえだろ。息子側の方ならまだしも、親側の目線は俺に分かることねえって」
「両者の視点など些細な違いだろう」
「些細じゃねーよ絶対」
「……ジムには私のせいで多くの苦労をかけている。だが、私達の溝はそれら環境のせいにもしきることができなくてな」
「勝手に語り始めんなよ、老いぼれじいさん」
ラムロンは無理矢理に話を推し進めようとするウォルの勢いを止めようとするも、老いた耳に彼の言葉は届かなかった。
「今回の件でも、芝居だったとはいえあれを突き放すようなことを言ってしまった」
「言ってたなぁはいはい。じゃあこの話はこれで終わ……」
「フォクシーやコンが説明をしてくれただろうが、それでも印象は悪いだろうな。こちらの意図を分かっていたとしても、印象というのは見方に大きな影響があるから」
「聞けよクソジジイ。小難しい答弁はハッキリしてんのにプライベートは耄碌したフリしてるってマスコミにチクるぞ」
止まらない爺の話を止めようとラムロンが強い言葉を放つと、ウォルはようやく長話を区切ってため息をつく。肩を大きく落としてくたびれたため息をつくその様子は、とても名の知れた有名人とは思えないしょぼくれたものだった。
「実際困っているんだ。会ったところで何を話していいか……」
「いやだから知らねえって。……とにかくぶつかってみねえことには何も進まないんだから、相談するにしてもワントライした後にしてくれよ。今の感じじゃ、アレ以来話してないんだろ」
「そう……だが。はぁ……いくら立場やこれまでの印象があるとはいえ、孫の結婚を知らせてくれなかったんだぞ……」
重たい空気がウォルの体から発せられる。
「ああ……その、なんだ。やっぱあの人はアンタの有名税のあおりを食らっちまってるから、そこからだろ。本人だけじゃなく奥さんやフォクシー達への影響も申し訳なく思ってるってハッキリ言葉で示しつつ、強い言葉で突き放されても継続的に顔を出すことを諦めないことだな。お互い、これまで固い姿勢でい続けて、引っ込みがつかないってとこもあるんだろうしよ。気長にやってったほうがいいと思うぜ」
「……ああ、そうしてみよう」
「また行き詰ったら連絡してくれよ。俺の方から何かできることもあるかもしれねえからな」
尻尾が地面に引きずられ、両耳が情けなく垂れ下がったウォルを哀れに思ったのか、結局ラムロンは彼にアドバイスを送る。そうでなくとも、孫の結婚事情を知らされていないというのは結構な関係の悪化度合いだ。生々しい事情を耳にした以上、亜人相談事務所の人間として手を差し伸べないわけにもいかなかったのだろう。
「祝いの席でお悩み相談なんて、お二人共、奇特なことをしていますね」
「ん、おうコン。あの時ぶりだな」
会の主題から外れた会話を二人がしているところにコンがやってくる。彼女は後ろに見えるフォクシー達の幸せの輪から一時離れて傍観の立場の二人に並び立つと、隣のラムロンに小さく頭を下げた。
「今回のこと、ありがとうございます。フォクシー達のこともそうですが、私の気持ちの整理のために奔走してくれたようで」
「お、自覚あったのか?」
「チッ……まあ、はい。フォクシー達の結婚に際して、心構えができていなかったのは私だけだった、というお話でしょう」
「そうだな。あの二人は出産のどうこうを知らなくてもうまくやってけたと俺は思ってるし、そもそも事務所に来たのはお前だしな。……あれ、そういえば」
振り返りの雑談をしていた時、ラムロンは唐突にコンのこれまでの行動の違和感に気付く。
「お前、どうして俺のとこにわざわざ顔出したんだよ。フォクシーの子供をおろしたかったんなら、俺に声かけるのは悪手ってやつだろ」
「ケジメです」
「ケジメ?」
脳の片隅にもなかった言葉が返ってきて、ラムロンは純粋な気持ちで首を傾げる。そんな彼の疑問に、コンはつらつらと言葉を紡いで答えた。
「あなたには私がしようとしたことを知り、止める権利がありましたから。元々、フォクシー達がこうして無事にこの家に帰ってこられているのはラムロンさんのおかげ。その機会があってこそ、私もはじめてフォクシー達の件について判断することができたわけです。それをフォクシー達の命を助けた恩人に話を通さないまま強引に事を進めていたら、完全に不義理極まる行為となってしまいますからね」
「……コソコソやってもよかったのに、わざわざフォクシー達の目の前で自分がやろうとしてることを宣言したのも、そのケジメのせいか?」
「そうですが何か?」
「いや、真面目な奴だなぁって」
「法律家を目指すのに真面目で損することはないでしょう」
「そりゃその通りだな」
一連の流れを振り返る話を終えた二人は、自然と沈黙をつくって遠巻きに見えるフォクシー達の団欒に目をやる。さっきまでしょぼくれていたウォルもある程度調子を取り戻したのか、曲がっていた背筋を伸ばしてフォクシーとドグが中心となる幸せの波を見た。
将来を誓い合った二人と、それを祝う親類友人達。不幸や不安の色があるわけもない煌びやかな光景だったが、それを見ているコンはふと呟く。
「今がこうも幸せに見えると、やっぱり、私がしようとしたことも間違っていなかったのではと……少し思います」
「あん? どういう意味だ、コン?」
「法律は幸福をつくる力はないが、守る力はあるということだ」
「……いや分かんねえよじいさん」
法律に通じる二人にしか伝わらないたとえにラムロンは眉をひそめる。が、ウォルとコンはそんな彼に構わず議論を進めていった。
「今以上の幸福を妥協して、現行の生活を享受する。それも確かに一つの選択肢だ。異種の亜人同士の交際、結婚だけならば法律には触れない。コンの言った通り、子供を得る手段が他もにあるとなればなおさらのこと」
「はい。ですから今を守るためにも、リスクのある最良をとる必要もないんじゃないかと。まあ肝心のフォクシー達は今の選択を取っているわけですから、これ以上何か二人に言うこともありませんが」
「それでいい。ルールや規則の圧迫は、時に人を壊して不幸にする」
「時にってほど珍しくもねえだろ」
話に混ざれなかった腹いせにラムロンが余計な口を挟むと、ウォルとコンは二人揃って目つきを鋭くした。藪蛇だったことに後から気付いたラムロンは、冷や汗を浮かべながら自分の前言への無難なフォローを入れる。
「あー、要するに俺が言いたいのは……アレよ。人は幸せになるために生まれてくる。人間も亜人も変わらずな。そのための動きをがんじがらめにするのは本能を抑えつけてるのと変わらねえし、やっぱり軋轢も出てくるよなって」
「一理はある。が、理性で不幸を避けるのもまた重要なことだ」
「そう。だからまあ、今回のことはすげえうまくいったんじゃないかって話だよ」
話をまとめに入れることによって、ラムロンは追撃を躱そうとする。その目論見を知ってか知らずか、コンとウォルは視線を合わせて話を俯瞰のステップに進めた。
「確かに、その通りだな」
「みんなが納得して幸せに向かえているなら……そうですね」
これまでを振り返る議論は終わり、三人の視線は再び主賓達の方へと向かう。その時、ちょうどフォクシーとドグも壁端にまとまる外野達を見止めた。二人は自分達の行く先を誰よりも思案してくれている彼らを目にすると、笑顔で手を振ってこちらに来るよう示す。
「コン、ラムロン。行ってくるといい」
「ウォルさんは?」
「私は……」
若者二人の背を押したウォルはというと、幸福の輪に入るのに二の足を踏んでいるようだった。理由は、彼の視線を追わずとも言わずもがなである。そんな老爺の心情を察したラムロンは、彼の高い耳に耳打ちする。
「先に屋上で夜風にでも当たっててくれ。後で隙ができたら追わせるからよ」
「……恩に着る」
絞り出すような感謝の言葉を口にして、ウォルは幸福の熱に浮かされた部屋を後にする。そんな彼を見送ったラムロンとコンは、並んで喜びの波の中心に向かっていった。
「それじゃ、これからは存分に祝ってやらねえとな」
「ええ、そうですね」
直前まで小難しい話をしていた二人だったが、ドグとフォクシーの満面の笑みは彼らの眉間の皺を吹き飛ばしてしまう。今日、そしてこれからの日々の主役である両人は、自分達の禍福を誰より心配してくれている恩人と親友に大丈夫だと伝えるように、一世一代の幸福で以て彼らを迎えるのだった。




