土砂降りの雨が降ったからこそ
「じゃーん! お礼!」
「…………え? カレー……だよね、それ」
※ ※ ※
鬱陶しい連中をどかした次の休日、フォクシーは屋敷の一室に私を呼んだ。彼女が私に対するお礼として用意していたそれは、形状からしてそれと分かるものではあったが、色も具材の様子も記憶にあるカレーとは違っていた。
※ ※ ※
「ていうか、お礼って何よ」
「え、だってほら、助けてくれたから」
「助けられたのは私でしょ。それに、ひどいことも言ったし……あの時は、ごめん」
「……お礼をするはずなのに、謝られちゃうなんてな。別に気にしてないよ。私もさ、色々あった子に対して、ほっとくべきか声をかけるべきなのか分かってなくて、無理をさせちゃったと思ってたから」
「……それにしたって、お礼をされるようなことは……」
「いいじゃん、細かいことは。……もしかして、それだけ食べたくないってこと!?」
「ちっ、違うから! ……いや、ちょっとあるかもしれないけど」
※ ※ ※
フォクシーの言葉に押されて皿の前に座った時、改めてその料理の異質さに目を見張ったのを覚えている。
※ ※ ※
「なんか、黒くない? 具材も大きさバラバラだし……」
「て、手作りなの。だから下手なのは許して」
「ん……あむ」
「えっと、どうかな」
「まずい」
「えっ」
「値段をつけるとしたら、300がいいところって感じ。店でこれが他のカレーと同じくらいの値段で出てきたら表示法違反で逮捕されるかも」
「そんなに!? っていうか、こういう時は顔をしかめつつもおいしいって言ってくれるものなんじゃ……」
「それお互いのためにならないでしょ。はぁ……いいわ。私の方もお礼をしたいと思ってたし、キッチン借りるわよ」
※ ※ ※
前から料理には自信があった。ずっと一人で過ごしていたからよく自分でつくっていたし、カレーなんて得意中の得意だったから。
※ ※ ※
「お、おいしぃ……!!」
「でしょうね」
「はむ、んぐ……すごい。どうしてこんなに違うんだろう? やってることは変わらなさそうだったのに」
「全然違うわよ。どこに目ぇつけてんの」
「そんな言わなくても……。それにしても、ほんとにおいしいよ。他の料理も食べてみたいなぁ」
「……言ってくれれば、なんでも……はぁ」
「ん、どうかしたの?」
「お父さんは、結局一口も食べてくれなかったなって。授業参観だって一度も来てくれなかったし、どこかに連れて行ってもらったこともない。頭を撫でられたことだって……満点のテストを褒めてくれることもなかった」
「…………」
「……悪かったわね、急に愚痴っちゃって。私のお父さんはとにかくクソだったから、それで……」
※ ※ ※
あの時のことはよく覚えている。不意に、頭に手が置かれたのだ。慣れない感覚だったからか、反応するのに数秒かかった。
※ ※ ※
「なっな、何してんのよッ!!」
「いや、今言われた中だと、ナデナデしかすぐにはできないなって」
「な、ナデナデって……あ、アンタにしてもらっても何も嬉しくないわよ!」
「そう? まあいいや。それじゃあ、これからはしたいこととか、してもらいたいこと、何でもできるといいね。私、協力するよ」
「いや、急にそんな………………はぁ、ありがとう」
「あっ、料理なら任せて。いくらでも食べてあげるから」
「それフォクシーが食べたいだけでしょ。まったく……」
※ ※ ※
それからの記憶は、全てが大切なものになっていった。いや正確には、ローロックの家にお世話になることが決まってからが、私にとっての幸せな時間の始まりだった。フォクシーだけじゃない。あの家にいる人達みんなが、性根の曲がった私を温かく迎え入れてくれた。
ウォルさんはよく仕事で家を外していたし、帰ってきても顔を合わせられないことが多かった。だけど、暇がある時は家族との時間を割いてまで私に法律を教えてくれた。あの人が家に寄る度に初心者向けの法律の本が書斎に増えていくのを見ると、なんだかすごく安心した。
ジムさん、イルナさんは私とフォクシーのことをよく見てくれていた。存在が厄ネタみたいな私には当然カメラが寄ってきたし、それを受け入れたローロック家にも世間の視線は向けられた。でも、マスコミが私やフォクシーに近付くと、決まってジムさん達が助けてくれた。あの人達の背中は決して大きなものではなかったけど、その後ろにいる時はすごく安心できたのを覚えている。
これ以上はない、そう胸を張って言えるほどの日々。私はローロックの人達に返しきれないほどの大恩がある。友人として、家族として、私は絶対に彼らの幸せを害するものを許さない。
※ ※ ※
「街に行くって、どうして?」
「いや、これっていう明確な目的があるわけじゃないけど……都会に出て何かしてみたい、って感じ?」
「……私は反対」
「えぇッ! なんでッ!?」
「どうもこうもないわよ、フォクシー。アンタ絶対よくないヤツに絡まれるから」
「そう……かな」
「間違いなく、ね。一応有名人の部類には入るんだし、そうでなくとも顔がいいんだから、性欲しかないゴミに手を出されることだってあるかもしれないのよ? 高校の時、純朴そうな面した同級生の人間に手を出されかけたのを覚えてないの?」
「いや、あれはただ告白しに来たってだけじゃ……」
「アウトよアウト!! そもそも種族が違うんだから選択肢に入れるなっつーの!! 能無しのクズはアレだから虫唾が走るのよ」
「ま、まあ友達としては悪い子じゃなかった気がするけどね……」
「はぁ……フォクシー。誰にでも優しいのはいいことだけど、男なんてアンタみたいに顔がいい子に優しくされたらすぐ勘違いするもんなんだから、本当に気をつけなさいよ? 万が一、人間とか他の亜人と関係を持ったら……」
「持ったら……?」
「相手を殺す。そしてアンタを殺して私も死ぬ」
「大袈裟すぎじゃない!!?」
「冗談よ。まあ実際、フォクシーが街に出たら苦労することが多いと思うから。お金……はまあなんとかなるとして、対人関係とか、有名だからこそのトラブルとか。もし何かそれらしいことがあったら、すぐに私かジムさん達に連絡してよ」
「分かったよ。もう、コンは過保護だなぁ」
「過保護になるのはアンタが世間知らずでのんびりしてるからでしょうが……」
「あはは、ありがと。いつも助けられてるよ」
「……そういうとこよ。まったくもう……」




