ルールは利用するためにある!
「犯罪者の娘が、よく普通に学校に通えるよね」
「近付きすぎない方がいいよ。悪人の菌が移っちゃう」
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学校には馬鹿の権化が腐るほどいた。耳に汚物を流し込まれているかのようなクソな言葉を羅列していてよく恥ずかしくないなと、今となっては思う。だけど、当時の私はそれを聞かないフリをするのがやっとで、聞き流すことはできていなかった。だからこそ、あの時のフォクシーの言葉が刺さったんだけど。
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「あんなことをした奴の家族なんだから、アンタも罰を受けた方がいいって」
「手始めに筆箱の中をそれらしくいじっといてあげたから」
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下らない言葉と下卑た笑い声を頭に入れないようにするのにも慣れてきた、そう、それくらいの時のことだった。
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「…………こっ、コンちゃん」
「え?」
「……なにこいつ?」
「……あっそ、その……さっき、コンちゃんの筆箱が、偶然外に落ちてたのを見たから……中身、使えなくなっちゃってたから……わた、しの……使ってもいいよ。ペンも消しゴムも、何個かあるから」
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私がコンにあれらの言葉を投げつけた日から、二日か三日後だったと思う。コンが、私と馬鹿な人間達の間に入った。彼女はひどく無様な顔で、偶然を装っているくせに恐れと震えをまるで隠せていなかったのを覚えている。今にも泣きださんばかりに涙を目にためて、足も震えていた。ただ、そんなことがどうでもよくなるくらい、私は彼女の行動に打ちのめされた。
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「なに、アンタ」
「いつも隅っこでウジウジしてるんだから、普段通り過ごしてればいいでしょ? ほら、あっち行って」
「……よく、ないよ」
「は?」
「そうやって、一人を大勢で囲んで馬鹿にしていじめるの、よくないよ」
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勇気っていうのは、それぞれの心にある臆病を乗り越えて、誰かのために存在を賭けられることだと思う。やってることの規模だとか、相手がどんな奴なのかなんてどうでもいい。そう子供ながらに思っていたからこそ、その時のフォクシーのその行動は……輝かしく映った。
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「こいつ、自分のことお話の主人公か何かと勘違いしてんじゃないの?」
「オタクがイキってんなよ。そうだ、こいつのブサイクな泣き顔の写真とろうぜ」
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ここで見て見ぬフリをしたら、自分が終わると思った。
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「校内での携帯の使用は禁止されてるわ」
「は……? 急に喋ったかと思えば、何言ってんの?」
「コンさん具合が悪いみたいだから、私が保健室に連れていく。ほら、早く来て」
「えあっ、ちょっ……」
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戸惑うフォクシーを連れて入り込んだ空き教室で、私は彼女の行動を問いただした。
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「何のつもりなの?」
「……何が」
「あいつらの言う通り、いつも通り隅で固まってればよかったじゃない。何で、今日はあんな……」
「コンちゃんが言ったんだよ。本当に助けたいなら、その場で動くって」
「なっ……あんなことを、本気で信じたの?」
「わ、私の気持ちを……嘘だと思ってほしくなかったから。コンちゃんを助けたくて、でも、勇気が足りなくてできなかった。私は臆病で怖がりだけど、嘘つきにはなりたくなかったの……だから」
「馬鹿……馬鹿すぎるわよ、アンタ。そんなことのために……」
「そんなことでも、私にとっては大事なことなの」
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ただの偶然の積み重ねで、同じ屋根の下で暮らすことになっただけの他人。見ないフリをしようと思えばいくらでもできたのに、どうして一歩踏み出してきたのか、訳が分からなかった。
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「コンちゃん」
「コンでいいわよ」
「……コン。あのさ」
「なによ」
「きょ、教室……戻りたくないね」
「……それはまあ、そうね」
「うっ、うぅ……これからの学校生活、どうしよう。進学するまでまだそこそこあるし、ああもう考えただけでも嫌になってくるよぉ……」
「…………」
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フォクシーは思っていたよりずっと早く普段の心持ちに戻っていた。私が彼女の行動に打ちのめされて思考が回らなくなっていたのとは反対に、ちょっとの沈黙の後にいつも通りの弱々しい感じになっていたから驚いた。
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「早退すればいいでしょ。先生には言っとくから」
「でもそれ、ルール違反じゃ……。それに、コンはどうするの?」
「別に授業を少しサボったって大したことにはならないわよ。それと私には用があるから」
「用って……?」
「面倒ごとを終わらせるの。あなたをこれ以上巻き込めないから」
「それってもしかして……」
「アンタみたいな無茶はしないから安心して。ほら、さっさと帰りなさいよ」
※ ※ ※
私にはフォクシーほどの勇気はないし、できることと言えばずる賢い知恵とか作戦を使って相手をはめることくらいだった。
翌日のこと。私の策がうまくいったということが、登校してすぐに分かった。私達を囲んで叩いていた連中が、今度は他の大勢に奇異の目で見つめられている。そして、奴らは私を見つけるなり絡んできた。
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「おい犯罪者!!」
「…………」
「アンタのこと言ってるのよ、この盗聴女が!!」
「盗聴は犯罪じゃないわ。で、そんなことも知らない馬鹿が何の用なの?」
「アンタ……私達の声を、録って全校放送で流したな……クラスとか名前まで晒して」
「こんな違法行為が許されると思ってるの!?」
「流したのは放送部の人達でしょ。それと、何度も言うけど盗聴は合法よ。録音した内容で脅したりするのはアウトだけど、身を守るため、証拠を作るための盗聴はアリとされてるから。アンタ達受験するんでしょ? なのに勉強が足りてないのね」
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正直気分が良かったのを覚えている。
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「いい加減にしなさいよ……!!」
「いい加減で留めてあげるんだから礼を言ってほしいくらいね。フォクシーに感謝しときなさいよ」
「は? なんであんな奴に……」
「話してる余裕ないみたいよ。ほら、先生が来た」
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公的な教師という目が現れると、連中は静かになって職員室に連行される。その後、彼女達と入れ替わるようにして、不安そうな表情のフォクシーが教室に入ってきた。
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「こ、コン……あれって」
「少し効果的な方法であいつらのしたことをチクっただけよ」
「え、えと……やりすぎじゃない? あの子達、大丈夫かな」
「平気よ。受験まで一年弱はあるし、その頃にはほとぼりが冷めてる。学校も話をデカくしたくないだろうしね。懲役とはいかないけど、孤立した学校生活一年。いじめの対価としてはちょうどいいでしょ? あいつら、私が来るまではアンタをいびってたみたいだし、少しはスッキリしたんじゃない」
「う、ん~……まあ私も何も思ってなかったわけじゃないから、少しはね。それに、人生が壊れるくらいじゃないなら……いいのかな?」
「そうよ。本当なら受験ちょっと手前くらいにやって、問題を誤魔化せないようにしようと思ってたけど、アンタを巻き込んじゃったから」
「うわぁ……インシツだね」
「結局やらなかったんだから、慈悲深いって言ってほしいわね」
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顔が曇っていたのは絶対に私のせいでもあるんだけど、その日初めて、フォクシーが笑顔になっているのを見た。




