尖ってる時期は誰にでもある
「コン君、久しぶりだな。見ない間にずいぶん大きくなった」
「ウォルさん……どうしてここに?」
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父が逮捕されて正真正銘一人になった時、家にウォルさんが訪ねてきた。今となってはその影もないけれど、この時は私と話すときにすごく緊張してそうだったのを覚えている。
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「その……お父さん、ランのこと。残念だった」
「……はい」
「すまない。同じ場所で過ごした仲間として、彼をもっと強く止めるべきだったのに」
「謝らないでください。父のしたことは、父のしたことですから」
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ウォルさんはすごく悲しそうな顔をしていた。あれほど耳の垂れ下がったウォルさんを見るのは、後にも先にもこの時だけになると思う。
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「君の居場所を見つけてある。人間の夫婦が身寄りのない亜人の子供達を引き取っている……少し変わった孤児院だけど、君が安心して暮らせる場所だ。コン君が嫌に思うことがなければ、そこに……」
「お願いがあるんです」
「……なんだい。何でも言ってくれ」
「法律について、学びたいです」
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この時の私は常に怒っていた。怒りを向ける先は、もちろん自分の父。そして、あの人と似たようなことをする連中は、全員敵だと考えていた。
※ ※ ※
「ルールより重要なことがあるとか馬鹿なことを言って、周りの人を不幸にして……そんな勝手な奴らに思い知らせてやりたいんです。父のように自分のことしか考えない、適当な言い訳をしながら迷惑を振りまく連中を……許せません」
「コン君、それは……」
「お願いします」
※ ※ ※
当時の私は、父に対する怒りを別のどこかにぶつけることだけを考えて生きていた。学んで、知って、正しい立場から間違えた奴らを蹴り飛ばしてやろうと必死だった。だから、それ以外にかまける余裕なんてなくて……。
※ ※ ※
「あの、初めまして。私、フォクシーっていうの……」
「……自己紹介はお世話になる初日にしましたよね」
「いや、したけどさ……。ほら、二人きりで話すの、初めてだから」
※ ※ ※
フォクシー。初めて見た時の印象は、ウジウジしててどんくさくて、見てるだけでイライラしてくる奴。こうして話しかけてくるのも、ローロック家に入って一週間くらいした後だった。多分、それまでは私が怖くて話しかけられなかったんだと思う。あの時の私は、近付くなって空気をずっと放ってたから。
※ ※ ※
「あの、大変じゃない? 学校の転入とか、ウチに慣れたりとか、色々なことをしながら勉強するのって。しかもそれ、算数とか国語じゃないよね? 何読んでるの?」
「法律の本」
「ぶ、分厚い……それに、読めない字がいっぱいあるよ。こんなの読んでどうするの?」
「はぁ……わざわざ説明しないといけませんか? ちゃんとした用事がないなら一人にしてほしいのですが」
「え、えっ……それって、私のことが邪魔ってこと!?」
「…………チッ、それ以外何があるんです?」
「そっ、そんなぁッ!」
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少しつついてやればすぐ泣いてどこかに行くから、そこまでの面倒くささは感じていなかった。だけど、あの時ばかりはそうもいかなかった。
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「その、コンちゃん」
「今度は何ですか」
「ゆ、有名な人が家族って、色々大変だよね。私も同級生に、色々言われたりするしさ。は、はは……」
「……何?」
※ ※ ※
その日は学校で、同級生から下らないことを言われた。私が亜人で、転校生だからということもあるが、最も大きいのは父の存在だろう。私自身はそんなに気にしていなかった。前の学校でもゼロだったわけじゃないし。でも、それを他人に、それも時間が経った後から触れられるのは、頭が弾け飛ぶんじゃないかと思うほど腹が立った。
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「ほら、昼間あの人間の子達に……変な事、言われてたでしょ。コンちゃん、嫌そうな顔してたから……」
「……じゃあ何で、あの時声をかけなかったんですか」
「う、それはその……分かる、でしょ? 私、泣き虫だから……こ、怖かったの。だから、こうやって後から慰めるしか、なくて。コンちゃんの気持ち、分かるの私だけだから」
「……誰が、誰の気持ちを分かってるって?」
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この時のことは、今でも後悔している。
※ ※ ※
「馬鹿で箱入りの甘ちゃんが、私の何を知ってるの? そうやって弱々しい声を上げて可哀相な奴にすり寄ってれば、相手を理解してあげたことになると本気で思ってるわけ?」
「え、ちがっ私は」
「アンタの下らない自己満足に付き合ってる時間なんてないのよ!! 慰める? アンタが慰めてるのはなんにもできないアンタ自身でしょ? 本当に弱者を救いたいって思う奴なら、その場にいて何もしないなんてありえないの。アンタみたいに自分の弱さを認められないグズは、一生そうやって他人の傷舐めるフリして自分のことを気遣ってなさいよ」
「う……ぁ、ぅ……」
※ ※ ※
その時のフォクシーは大袈裟な反応をして泣き声を上げることも、逃げることもなく、ただ静かにすすり泣いていた。その泣き声はいつまでも耳に残って、その日は後から何か手をつけるなんてことができなかった。