自分の気持ちを優先したい場面はどうしてもある
「受け入れ、られない……」
ウォルにフォクシーの子供をおろす計画が絶対のものではないと知らされたコンは、口を押えてブツブツと言葉を並べながら怒りを深めていく。
「意味が分からない。だって二人は法律を違反してる。それなら規則に従って罰則を受けるべきでしょ? どうしてウォルさんがそれを拒むの。誰よりルールを守ることを徹底してきたのに、孫のことなら例外扱い? ふざけてる、絶対に有り得ない……」
コンの様子は明らかに平常を逸脱していた。両目を見開いて体を震わせ、自分の怒りに火をくべるように思考を重ねていくその姿は、仇に対する憎悪のようにも思えるものだった。旧知の友の乱心ぶりを前に、フォクシーは動揺しながらも立ち上がる。
「落ち着いてよ、コン。あなたがどうしてルールを守ることに固執してるのかは分かってる。だけど、自分で言うのもアレかもだけど、今回のことは例外扱いしてもらったっていいでしょ」
「ちょっとフォクシー、あなた自分が何言ってるのか分かってる? 図太すぎない?」
「自分でもそう思うよ。けど、私が決めた道は少し図太いくらいじゃ進めない道だから」
「……そういう綺麗に聞こえる言葉は聞きたくないの。その道は、間違ってるから」
フォクシーはコンの心に燃え盛る火を抑えようと言葉を覆いかぶせる。しかし、彼女のそれは油となってコンの怒りの勢いを更に強めた。両手を握り、歯ぎしりの音を立て、熱が直に伝わってくるかのような感情の波を露にしながら、コンは言葉を吐き出す。
「さっき車の中で、ウォルさんに説明してもらったでしょ。どうしてあなた達みたいな間柄の亜人達が子供をつくることを禁止されているのか。それを聞いた上で、自分達の行く道は間違ってない、自信を持って後ろめたい気持ちにならずに進める道だって、本気で思ってるの?」
「……思ってる」
「ふ……ざけないでッ!!!」
フォクシーの真っ直ぐな決意と答え。それが、怒りの炎を猛らせた。コンはこれまで気遣ってきたはずのフォクシーの両肩を掴み、吠えるような声を張り上げる。
「フォクシー、アンタ今でも自分達を縛る法律には意味がないとでも思ってるんじゃないの? 言っておくけど、それは絶対に違う。何も知らない連中が口々に法律の無意味さを説くけど、そんなのは脳に知識一つも詰まってない虫の言葉よ。無意味で無価値に見えても、それが法律である以上、遵守することに絶対の価値があるの」
「コン……そんなことは私も分かってる。曲がりなりにも、私はお爺ちゃんの孫なんだよ。だから……」
「何も分かってないッ!!!」
フォクシーの両肩に置かれた手に強く力が込められる。痕が残るほどのその衝動に、フォクシーは痛みより先に、戸惑いを覚えた。自分の意志を感情のままに語るコンを目の前にしていながら、フォクシーはその肌を刺すような怒りの理由を掴めなかった。
「私のお父さんと、アンタ達のしたこと……違うって、さっき言ったよね」
「……い、言った。けど、それは本当のことでしょ。だって……」
「はは……やっぱり、何も分かってないよ。何も……なんにもッ!!」
声が空気を震わせるのと同時に、足元に涙が数滴落ちる。フォクシーはそれを見てますます訳が分からなくなった。自分を責めたいのか、守りたいのか、コンの意図が全く掴めない。自分が向き合うべきと思った相手が何を考えているのか分からないという不安が、フォクシーの決意を揺らす。
だが、そんな時だった。
「広い意味で捉えれば、確かに……お前の父親とフォクシーのしてることは一緒かもな」
病院の無人の廊下、その角から声が聞こえてくる。ラムロンだ。
「……ラムロンさん」
恩人の顔を見ても、フォクシーの表情が和らぐことはなかった。ひどく心の揺れている友人を前にして、一人笑顔になることなどできなかったのだろう。彼女はラムロンとコンを交互に見ながら、今の状況が少しでも良くなるように祈る。
「……ふぅ、ラムロンさん」
フォクシーの肩からするりと両手が滑り落ちた。コンは手の平で両目を拭うと、震えを隠しきれていない声でラムロンを迎える。
「あなたには感謝しています。あなたの協力がなければ、フォクシー達がどこぞの輩の元で出産をして、当てもなく彷徨うことになっていたかもしれませんから」
「おう、気にすんな」
「……それで、さっきの。もう少し、詳しく聞かせてくださいよ。そしたらこの馬鹿も、自分のやってることに気付くかもしれません」
「馬鹿って私のこと……?」
小さく鼻をすすりながら、コンは続きを話すように促す。つまり、彼女の父親とフォクシーの共通点についてだろう。言葉を求められたラムロンは、つまらない話題を始める時のように大きくため息をついて、その話を始める。
「ラン・フラック。お前の父親は、亜人と人間の平等を目指して活動する組織のリーダーだった。そして十年近く前、反国条項違反の疑いで逮捕、今なお拘留されている」
「…………」
「行く当てを失くしたお前は、父が法律家として同輩だったウォルの家に拾われて、そこで生活することになった」
聞いていても面白くない話。その場にいる全員が、ラムロンの口から語られるコンの身の上話に静かに耳を傾けた。




