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こちら亜人相談事務所  作者: 井田薫
結婚ハチャメチャパニック
64/75

家族の縁は遠ざけても断ち切れなかったりする

 ーフリー記者リコによる亜人の議員ウォルの評価ー


「ウォルさんですか。ええ、取材したことありますよ。功績の通りと言いますか、()真面目で、それでいて挑戦の意欲を欠かない方ですね」


 その功績とは?


「既にお分かりでしょうが、彼は二十年ほど前、多くの亜人達によって引き起こされた動乱を国が抑えた『平定戦争』が終結した頃から活発に動き始めました。人間が亜人に対して持つ多くの区別、差別意識を改革することから始まり、その活躍はどれも目ざましいものです。彼がいなければ、人間と亜人の関係改善は五十年以上遅れていたでしょうね」


 ウォル議員の活躍というと、主にその改革と法整備が挙げられますよね。


「意識改革、そして実生活に影響が及ぶ数多くの法律が、ウォルさんの手によって形を変えました」


 具体的に例を挙げるなら、どのような変化があったのでしょう?


「そうですね……代表的かつ分かりやすいものを挙げるなら、人間が亜人に対する計画的、そして過度な暴行罪を犯した際、顔と名前の公開を罰則として加えたことでしょう。従来は殺害までいかなければ顔写真等の公開はされませんでしたが、今では人間が人間に対して行うものと同程度に扱われています」


 意識も大事ですが、規則として、ハッキリと同じ扱いをすることも変革を促しますからね。


「鶏が先か卵が先かという話ではありますが、その通りです。他にも教育機関、医療機関における亜人の扱いの改善や、人間側の安全への配慮など……両者が得をするような変革を多く成し遂げています」


 まったく素晴らしい功績です。これだけ亜人の平穏に貢献しているのですから、さぞ家族の方は誇らしいでしょうね。


「実際ウォルさんに聞いてみたことはありませんが、そうでしょうね。私が彼の家族であれば、あちこちに自慢して回るでしょう」


 は、はは……それもどうかと思いますが。


「ともかく、それほどの方ということです。……えっとそれで、この聞き取りは何に使うの?」


 さあ、新聞のコラムか何か……。


「え、ただの説明演出?」


 ※ ※ ※


「と、父さん……。仕事で首都の方にいたんじゃ……」

「コンから一連の流れは聞いて、雑務を片付けて来た。孫の結婚から遠ざけられるとは、私も嫌われたものだ」


 ローロック家の紫の毛色に加え、老いを帯びた白の髪を持つ壮年の亜人、ウォル。彼はその場の全員から投げかけられる驚きの視線を受けながら、悠然とした足取りで前へ踏み出す。


「だが、どんな状況、事情があろうとも、法は遵守(じゅんしゅ)されるべきもの。例外を大した意味もなく感情のままに見過ごすことなどあってはならない。法を織りなす者なら尚更(なおさら)だ」


 淡々とした口調を維持するウォルは、自分の家族とそれに連なる者、そして見覚えのない部外者にまでぐるりと目を回した。彼の視線はその部外者、ドグの場所で止まる。


「君がドグか? 万が一の為に聞くが、私のことは知っているかね?」

「知らないっす」

「なにっ? 亜人で私を知らないのか?」

「え……あ、フォクシーのおじいさんっすよね。もちろん、そこんとこはちゃんと分かってますよ。ドグっていいます、よろしくお願いします」


 例外を許さないというウォルの発言によって緊張が満ちていた中、ドグは間の抜けた声を上げる。彼の言葉に驚愕したのは発言者以外の全員だ。ジムとイルナは常識外のものを見る目でドグを見つめ、隣に立つフォクシーは呆れのため息をつく。コンは心酔している相手の名をドグが知らないことに腹を立てたのか、舌打ちをして彼を睨んでいた。


「人間はともかく、亜人で私のことを知らない相手なんて久しぶりだ。初心に帰る機会をくれてありがとう」


 当のウォルは少し意外そうに眉を寄せただけで、すぐに初対面の相手に対する応対を再開した。


「私はウォル・ローロック。知っての通り、フォクシーの祖父だ。そして、現体制を少しでも良くしようと働いている、しがない議員でもある」

「議員さん? あぁ〜確かにフォクシーからそんな話聞きましたよ。そんなすごい方が傍にいてくれるなんて心強いです」

「……残念ながら、そういう話にはならない。一生だ」


 笑顔で話を進めていたドグの言葉を、ウォルはぶつ切りにする。真っ向から否定をぶつけられたドグは、それが唐突だったこともあり、怒りより戸惑いを覚えて相手の顔を見上げた。


「君に勘違いさせないよう、先に私の立場を明確にしておこう。私がここに来たのは……」


 呆けた顔のドグの視線を受けたウォルは、直前までとなんら変わらない、平坦な口調で自分の目的を明らかにした。


「フォクシーのお腹の子供をおろさせ、違法行為を働いた君とフォクシーを裁判にかけるためだ」

「…………は?」

「おじいちゃん? 何を言って……」


 ウォルの口から放たれたのは、あまりにも突拍子もない一言。前兆自体がないわけではなかったが、それにしても極端すぎる。彼の言葉を間近で聞いていたドグとフォクシーは、その意味をよく咀嚼(そしゃく)できず、反対の声を出すこともできなかった。


「くっ……やはりそう来るのか。だから……」

「だから私に報告せず、事態が進むのを待とうとしたのだろう?」


 ジムとイルナはウォルの強硬な姿勢を前に、各々の反応を見せる。渦中(かちゅう)の娘の母であるイルナは口元を押さえて嗚咽(おえつ)し、ジムは自分の親でもあるウォルを睨んでいた。二人とも、彼の突飛な行動は想定していたらしい。


「通常、妊娠した子供をおろす選択を取るには守るべき期限がある。おおよそ五ヶ月程度、お前達はフォクシーの妊娠がその時期を迎えるまで、私に内密で話を進めようとしたわけだ」

「……だったらなんだ。娘に普通に子供を産んで欲しいと思うことが、そんなにおかしいのか」

「おかしいかどうかなど問題ではない。法律は事情や感情を問わない。今回二人が犯した罪はコンが先ほど説明した通りだ。亜人保護条例に基づき、二人の、そしてジム、お前達の処遇も決めることになる」


 まるで機構。ウォルはジムの言葉を整頓(せいとん)された反論で退け、背を向ける。孫の結婚を目前にしているというのに、彼が問題にするのはその違法性のみだった。


「……いい加減にしてくれ」


 一足早く話を切ったウォルの背に、ジムが絞り出すような声を投げつける。


「何が亜人保護条例だ。管理条例の間違いだろ。私達の移動を検問で管理、記録する法もそこに含まれていたはずだ。私達の自由を縛るだけの法律に、従う意味なんてないだろう!!」

「法とはその下に生きる者達の権利と義務を整備し、歪みを生まないようにするためのものだ。その庇護(ひご)を受ける以上、多少の不自由は受け入れなくてはならない」

「その不自由のせいで、フォクシー達の子供を奪われるとしてもか?」


 ジムは両の手を固く握りしめ、一切の遠慮なく実の父親の生き方を糾弾する。


「父さんはいつもそうだ。自分が正しいと思ったことは誰に止められても必ずやる。そうやって多くのことを成し遂げてきた。でも知ってるか? アンタがそのやり方で名声を得る度に、俺達にはいわれのない恨みが向けられる。亜人全体が立場を弁えずに増長してるのは、私達一家のせいだなんて言われてな。それだけでもうんざりだっていうのに、今度はフォクシーのお腹の子供まで殺すのか!?」

「……好きに非難してくれて構わないが、私の考えが変わることはない」


 ジムの長い言葉に、ウォルは端的に返す。そして、息子の方を振り返ることすらなかった。傑物(けつぶつ)とされるその男は、血縁の悲痛な訴えに耳を貸さず、次は目的のフォクシーの方へと体を向けた。


「さあフォクシー、ついてきてもらおう」

「本気なの? 私とドグの子供をおろすって……」

「既に病院に手配している。今日、遅くとも明日には手術を終える手筈(てはず)だ」

「……私が拒まないと思ってるの?」


 フォクシーは自分のお腹に手を置きながら一歩下がる。彼女の目は祖父を強く睨み、全身から拒絶の意を露わにしていた。

 だが、ウォルがその抵抗を問題にすることはない。


「コン、フォクシーを連れてきてくれ。穏便にな」

「分かりました」

「……あなたまで」

「手荒な真似はさせないでね、フォクシー。暴れたりしたら、あなたの身体にさわる」


 ウォルの指示を受けたコンは、フォクシーが睨んでくるのには構わず、彼女の肩に手を回す。労わるようなその手つきが支えようとするのは、フォクシーただ一人であった。その腹にある子のことは眼中にもないのだろう。


「行きましょう、ウォルさん」

「ああ」


 ウォルは自分の目的を押さえると、久方ぶりの帰省を早々に終わらせようとする。フォクシーは祖父の考えを一切受け入れるつもりはなかったが、腹に宿した命を傷つける荒れた手段を取ることもできず、その意に従うしかなかった。


「待てよ」


 しかし、その反抗を代わりに言葉にする者がいる。正確には代わりではなく、並んで抗う者が。


「俺とフォクシーの子供なんだ。勝手に手ぇ出すんじゃねえよ」


 ドグは体の横で拳を握り、ウォルを睨む。その視線は、本来なら絶対に結婚相手の祖父に向けられるような視線ではなかった。彼の敵意を前にしたウォルは、一つため息をついて自分の道を阻むドグに向かい合う。


「話くらいは聞いてやろう。何故、私を止める」

「当たり前だろ。俺とフォクシーは……」

「感情の話はしなくてていい。理屈で答えてくれ」

「アンタらの家族事情とか、細かい決まり事や法律なんか知らねえよ。確かなのは……」

「知ってからものを言え」


 ウォルはドグの言葉を切る。そして、彼の無知な反抗を真っ向から否定した。


「お前が知らずに済まそうとするその細かい決まり事は、多くの判例と研究から導き出された規則だ。守る価値があるから法律とされているのだ。勝手な感情一つで無視して通っていいものでは決してない」

「だったら言わせてもらうけどよ。アンタが一から十まで説明してくれたらどうなんだ。俺みたいに世間知らずの奴に何も言わずに規則を持ち出したら、それはただの暴力と変わらないだろ」

「無学に配慮する余裕は限られている」

「だったら学のねえ奴には権利がないって法律をアンタがつくりゃいいだろ」


 ウォルの否定にドグも抵抗する。お互い、つい先程初めて会った相手に向けるとは思えない目をしながら、彼らの衝突は深まっていく。

 だが、その溝が決定的になる前に変化は訪れた。


「はいストップ、一旦そこまでだ」


 手を叩く音と共に、気だるげな声が部屋に響く。よく記憶に残っているその声を耳にしたドグとフォクシーは、理不尽に対する怒りや戸惑いを忘れて声のした方に目を向ける。


「「ラムロンさん……!」」


 二人が期待の笑みを浮かべて目を向けた先には、ラムロンが立っていた。彼ならこの状況もなんとかしてくれる、二人はそう思って助けを求めようとする。

 だが、前触れなく急場に現れたラムロンは、ドグとフォクシーに目を向けてはいなかった。彼がその両目を向けていたのは、この場の嵐の中心。ウォルだ。


「久しぶりだな、じいさん」

「ラムロン……二年ぶりか」

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