このあとメチャクチャ恋愛した
「テメェのとこのクソジジイのせいで、こっちは顔と名前晒されてんだよ!」
「ちょっと酒飲んでその辺の亜人殴っただけにしちゃあ行きすぎた罰だと思うだろ?」
ある日の暗い路地裏、二人のガラの悪い人間が亜人の少女に絡んでいた。紫の髪と尻尾を持つ少女は、怒りと下卑た感情を混ぜたような歪んだ視線を向けてくる相手に、震える声で言葉を返す。
「……わ、私にはっ、関係、ありませんから……」
「あ? 関係ない?」
「そりゃないだろ。フォクシー・ローロックちゃん。家族がやったことの責任は、家族全体で取ってくものなんだからよぉ」
男は自分の行動に理屈の通っていない免罪符をつけ、フォクシーに向かって手を上げようとする。赤の他人からの理不尽な暴力に対し、か弱い少女が明確な対応法など考え出せるわけもなく、フォクシーはただ身を小さくして自らの不運を呪う。
(どうして、私がこんな……)
しかし、彼女が浮かべた涙が頬を伝うことはなかった。
「おまわりさんこっち、こっちです!!」
突如、陽の届かない路地裏に一人の男の跳ねるような声が響いた。その声、というより言葉を聞いた瞬間、二人の暴漢は顔を見合わせて表情を一変させる。
「おい、ポリが来てるって……」
「クソ……ずらかるぞ」
暴漢達は一人震えているフォクシーを一瞥した後、舌打ちをして駆け出す。残されたフォクシーは思考の外から訪れた状況の変化について行くことができず、その場に腰を抜かしてしまった。
「た、助かった……の?」
「逃げよーぜ」
「………………へっ?」
自分に害をなす者達が消えて安堵したのも束の間、フォクシーにとっての更なる予想外が現れる。その人物はいつの間にか路地裏に現れ、震える少女の手を掴んでいた。茶色の尻尾と耳を持つ男だ。彼はぐいとフォクシーの腕を引き上げると、説明もなしに走り出した。
「えっちょ、あなた誰……」
「ゴチャゴチャ言ってないで、早くずらかろう!」
「うぁぅ……ひ、引っ張らないでくださいよ〜!」
路地裏にフォクシーの悲痛な叫び声が響く。己の被虐を呪う彼女だったが、その足は青年の導きを得て光の差す表の通りへと着実に向かっていた。
※ ※ ※
「はぁっ……はぁ、ふぅ」
「この辺まで来れば、もう大丈夫そうだな」
路地裏を抜け、人の目がある公園にまでフォクシーを引っ張ってきた青年は、軽く伸びをして曇りのない笑顔を浮かべる。逆にフォクシーはというと、真っ青な顔で荒くなった息を必死に整えていた。
「ふぅ、今日もまた善行を積んじまったなぁ〜」
「はぁ…はぁ。こ、これのどこが善行なんですか!?」
「……え?」
お礼を言われて気持ちよくなる準備をしていた青年に対し、フォクシーは糾弾するようなこわばった声を上げる。想像だにしていなかった反応を返された青年は、自分を敵視するその反応の原因を犬のようなキョトンとした顔のまま探ろうとする。
「いや、助けたじゃん。善行だろ?」
「どこがですか!? 警察が来てくれるって場所から私を誘拐して……こ、このまま口では言えないような破廉恥なことをするんでしょ!! ※※※とか、※※※とか……」
「いやちげえよッ!!? どこをどう見たらそんな結果が出てくんだ!!?」
息が上がったせいではないのだろう顔の赤さで、フォクシーは訳の分からない言葉を羅列した。青年はそんな彼女を落ち着けようと、ゆっくりと順を追って説明する。
「警察が来るってのは俺の嘘だよ、あいつら怯ませるための。ほら、声だってあの時のと同じだろ?」
「え? ……あっ、た、確かに」
「だろ? 巧みな嘘で馬鹿どもをビビらせた後、颯爽と現れて救出……。あん時の流れはこんなもんだよ、分かったか?」
「……はぁ、そうでしたか。すみません」
「いやなんでちょっと納得してなさそうなんだよ」
根本から勘違いをしていたのが気恥ずかしいのか、フォクシーは頬を膨らませてそっぽを向く。だが、そんな強情を張っている時間も長くはなかった。
「え、えと……その、ありがとうございます。ほんとに、助かりました」
「ん? ……へへ、いいってことよ。それじゃあな」
青年は怒りを引きずることもなく、何か見返りを求めることもなく、フォクシーに別れを告げる。他人の危機を救って颯爽と去っていく彼の背は、風のように軽やかなものだった。
「……あ、あのっ!」
「ん?」
繋ぎ止めなければすぐに消えてしまうだろう縁を、フォクシーは声を上げて手繰り寄せる。
「私、フォクシーっていいます。あなたの名前は……?」
青年は声を背に受けると足を止め、振り返る。
「俺? 俺はドグっていうんだ。機会があれば、また今度会おうな。フォクシー」
ドグとフォクシーの最初の出会いは、日常から伸びたほんの少しだけ劇的なものだった。