雨降って地固まるのは意外に早い
「これまですまなかったな、ドグ君。君を外にずっと置きっぱなしにしていたし、キツく当たってしまった」
「いや、あれは俺が自分でやったことですから。それより、俺の方が失礼こいちゃったんじゃないかと……」
直前まであんなに声の張り合いをしていた割に、団欒はすぐに訪れた。流石に慣れ親しんだ家族の中に違和感なく溶け込めるとまではいかないまでも、ドグの存在はそれなりにローロック家族に受け入れられている。これも、ラムロンに発破をかけられる前から彼自身が積み重ねてきた行動のたまものだろう。
「ドグ君とはどうやって知り合ったの?」
「えと、確か3年くらい前だったかな。私がその辺の人に絡まれてるのを助けてくれて……」
男同士が体裁、女同士が馴れ初めなんかの話をしているのも、結婚相談の直後らしい光景だ。そんな、どこの家庭でも一定の親しみのある光景を、ラムロンは遠い目で見つめていた。
「……あれ俺なんでここに来たんだっけ?」
話がひとまとまりして冷静になったラムロンは、自分の存在がこの場にそぐわないことに気付き、眉を寄せる。目の前の幸せな絵面から隔絶された疎外感に襲われた彼は、自分をこの家に連れてきた者の方に目を向けようとした。
「これを見て、どう思いますか?」
ラムロンが声をかけるよりも前に、件の人物であるコンが彼の隣に立つ。彼女はたった今幸せを掴んだ家族の談笑を、目を細めて静かに見守っていた。
「どうって……普通に、うまくいってよかったなって思うけど、それが? フォクシーを大事に思ってる使用人さんにとっては、受け入れられないのか?」
「……ドグさんを受け入れられるかどうかと言われれば、受け入れられます。デキ婚というのを含めて見ても、まあ、好ましい人物でしょうね」
「それならいいんじゃないのか?」
ラムロンの投げやりな言葉に、コンは小さく嘆息する。胸の前で組まれた腕の上で、彼女の指は忙しく動いていた。
「ご存知でしょうが、異種の亜人同士の間に子を為すことは法律で禁じられています」
「ん、今はそういう話をしてるんじゃ……」
「ようやくこういう話ができるようになった。そう言うべきです」
「……ああ、なるほど」
ラムロンは隣のコンと、そして少し離れた場所で和気あいあいとしているドグ達を目に入れる。両者の間には、そこにある以上の距離が見えた。
「今回の依頼はあいつら二人のじゃなく、お前からの依頼だったわけか」
「そうとってもらって構いません。色々あなたについてのお話を聞いて、尋ねてみたくなったんですよ」
「俺の話ねぇ。一体誰からどんなことを聞いたのやら」
「そんなことは、今はどうでもいいでしょう。今重要なのは法律がなぜ存在し、守るべきとされているか」
コンは話を切ると組んでいた腕を解き、ローロック家の面々に背を向ける。そして、改めてラムロンに言葉を投げかけた。
「法律は人を不幸から守るために存在します」
「守るための束縛が邪魔になることもある」
「そうですか。それでは、話の続きはまた明日にしましょう。その時には、この場に相応しい顔ぶれも揃っているかと思いますので」
「分かった分かった。それじゃ、また明日」
「……その前に、一つお伝えしたいことが」
別れの言葉を適当に投げたラムロンに対し、コンは未だ彼に真っ直ぐ顔を向けていた。意見の違いを受け入れられない頑なさを残しながらも、コンはラムロンから受けた恩に報いるための言葉を口にする。
「明日以降、あなたには失礼な態度をとることもあるでしょう。ですから今の内に。フォクシーを助けてくださって、ありがとうございます」
「……」
体を二つに折ってラムロンに感謝を伝えると、コンはくるりと踵を返し、そのまま部屋を後にする。笑顔で言葉を交わすフォクシー達は、コンのその歩みに気づくことはなかった。
「……もしかしたら、一筋縄じゃいかないかもしれないな」
コンの態度と言葉に暗雲を感じ取ったラムロンは、あまり深く踏み込まないようにしていたフォクシー達家族に歩み寄った。軽い笑顔で適当な言葉を口にしながら、彼はそれとなく団欒に混じり込もうとする。
「なんだかんだうまくいってよかったな。おめでとさん」
「……誰ですかあなた?」
「お前のような奴は呼んでいない」
「…………」
まるで既知の間柄であるかのように振る舞おうと思ったラムロンだったが、その思惑はフォクシー両親の冷めた反応によって遮られる。
「あ、ラムロンさん……! ほら、前に話した街で助けてくれた人」
「そういえばラムロンさんもいましたね」
「おい、何がそういえばだ」
フォクシーとドグの反応を見ると、両親は顔を見合わせて眉を寄せながらもラムロンのことを受け入れる。
「はあ、娘がお世話になりました。それで、ラムロンさんはどうしてここに?」
「おたくのとこのコンって使用人が、そこの二人のことで俺に相談してきたんだよ」
「コンが君に?」
「ええ。まあ良い意味で無駄足だったみたいだけど。……ああそうだ」
言葉のやり取りの中、ラムロンは表情を揺らさないまま、たった今思い出したような言葉を前置きにしてとある問いを口にする。
「あの有名な、ウォル・ローロックはこの家にいるのか? よければ、サインの一つでももらいたいんだけど」
「……それは、ですね」
「父さんならウチにはいない。元々、家に頻繁に帰ってくる人じゃないからな。どうせ仕事で忙しくしてる」
ラムロンの問いに、イルナは口を濁し、ジムは整然と言葉を並べて返す。かねてより用意されていたかのような言葉を口にする彼の額には、浅くないしわが刻まれていた。その隣に立つイルナも、口をまごつかせて目線を泳がせてい。
「そういえば、すっかりおじいちゃんのこと忘れてた」
「あれ、フォクシーのじいさんって有名人なんだっけ?」
「もう……この話、前にもしたよ。ドグ」
「はは、わりぃな。俺テレビとかニュースとか見ないし」
両親と打って変わって、フォクシーとドグはこともなげに日常的な会話を交わしている。
「つかラムロンさん、有名人のサインが欲しいなんて結構ミーハーなんすね」
「うっせーよ」
「ラムロンさん……あなたも私のこと、「ウォル・ローロックの孫」として見てるんですね。ショックです」
「言ってねーだろそんなことは。はぁ……こんな時間だ。俺はこの辺で一泊して、それから帰ることにする。また明日に軽く顔出すから、そん時はよろしくな」
ラムロンは二人のからかい混じりの言葉に淡白な反応で返すと、一同にさっさと背を向けてしまう。そして、彼は迷うことなく歩き始め、元依頼者達から離れていった。
「……どうかしたのかな」
「さあ……」
フォクシーとドグは顔を見合わせて首を傾げるが、二人がラムロンの感情のありかを掴むことはなかった。




