真っ直ぐは心に響く
乱雑に扉が開け放たれると同時に部屋に飛び込んできたドグは、一瞬にして場の注目をかっさらう。ローロックの面々は自分達が話題に挙げていた人物が突如として登場したのに驚きを隠せず、目を白黒させながら口をあんぐりと開けていた。そんな中、フォクシーは一人、久方ぶりの恋人との再会に喜びの声を上げる。
「ドグ! それに、え……なんでラムロンさんが……?」
純粋な喜びの声は長く続かず、フォクシーはドグの後ろにラムロンを見止めると、不思議そうに首を傾げた。彼女は恩人の登場を予測していなかったらしい。その反応を目にしたラムロンは、頭の片隅に少しの疑問を覚えながらも、小さくフォクシーに手を振ってドグの後ろに控える。
「い、家に勝手に上がるだけではなく、無許可で部屋にまで入ってくるとは何事だ!?」
突然の来訪者に虚を突かれた動揺が薄れると、家主であるジムは声を荒げて立ち上がる。怒りの矛先を向けられたドグは、嫁家族に囲まれているという状況に呑まれないように拳を握り、頭を勢いよく下げる。
「すみません。その、こうして長く時間を使っていても、仕方がないと思いまして……みなさんと、面と向かって話す機会が欲しいと思ったんです」
「だからってこんな急に進めなくても……」
フォクシーの母は、ドグのこれまでの信頼を破壊しかねない行動に眉を寄せる。これから手を取り合おうという時に態度を変えられたのに対し、手の平返しを食らったように感じているのだろう。しかし、その不安すら流れに飲み込むかのようにドグは言葉を続ける。
「強引なのは分かっています。だけど、今はフォクシーにとって大事な時期です。子供が産まれるまでにはまだしばらくありますが、それでもそばにいたいんです」
「そもそもこの状況を作ったのは誰だと思っている? お前が娘に手を出したから起こっていることだろう」
「それは本当に申し訳ないと思っています。でも、こうやって頭を下げ続けることに時間を割いても、ちゃんとした謝罪にはなっていないんじゃないかと……」
「なんだと?」
ドグはゆっくりと顔を上げ、自分を見定める立場にいる者達と向かい合う。玉のような汗を浮かべる彼は、それでもその場に立ち続ける。
「俺個人の考えですけど、謝罪っていうのは、二度と同じことをしないって誓うときか、やってしまったことを取り返そうと努力するときにすることだと思うんです。今の俺はまだ、お二人にちゃんと謝れてない」
「だから早く自分を受け入れて、娘と一緒にいさせてほしいと?」
「……ハッキリ言うと、その通りです」
「随分と強気だな。だが、それはお前の存在が、フォクシーや私達に受け入れられるという前提だろう」
「…………」
ドグの正面に座る父は、その頑とした態度を崩さない。ただ娘と結婚したいと言うだけならまだしも、目の前にいる相手は勝手に娘に手をつけた男だ。父はその男に、冷ややかにも熱を込めたようにも見える視線を投げ続けていた。その意思は岩石のように重く、それを動かすのに相応しいテコを持っていないドグは、次の言葉をどう紡ぐべきかと眉を寄せる。
「それは違うよ、お父さん」
その時、辛酸が溶け込んだような空気を変える一声が響く。フォクシーだ。彼女は一言発すると、両親の元から離れ、ドグのすぐ隣に立った。
「フォクシー……」
「お父さんとお母さんが考えるべきなのは、ドグを受け入れるかどうかじゃない。私とドグを受け入れるかどうかだよ」
フォクシーは自分の立場を明確にし、ドグと並び立って両親と向かい合う。
「私はドグとの結婚も子供のことも、どっちも諦めない。この二つはもう絶対で、もしお母さん達が認めてくれないなら、ここを出ていくことも考えてる」
「なっ……何を言ってるのよ、フォクシー」
「そうだ。第一、そんなことをしたらお前達の生活も……」
「アテならある。迷惑をかけることにはなるけど、何とかやっていけそうな場所が……」
フォクシーは言葉を並べながら、チラリと後ろに控えているラムロンの顔をうかがう。彼は驚きと呆れで眉間に皺を寄せながらも、しかと頷いて示していた。彼の承諾を目で確認すると、フォクシーは赤裸々に自分の思いを語り、強引に両親の納得という壁を打ち破ろうとする。
「正直言って、私達の結婚をお母さん達に認めてもらうってことは、さっき言った二つとは違って絶対やりたいことってわけじゃないから」
「お、俺達の気持ちが……」
「妥協の範囲内……?」
「……いや俺は思ってないっすよ!!?」
壁を打ち破るというより、全力で背を向けて逃げるようなフォクシーの言葉に、両親はドン引きの表情を浮かべる。そして、二人の視線は娘の隣に立つドグに向けられた。
「やっちまったことがやっちまったことですから、俺はお二人にちゃんと了解を得たいと思って……」
「ドグ、もしかして私より、こんなパッとしない家の名前に縋ってる大したことない人達の方が大事だって言うの?」
壁に向かい続けるというドグの意志は、何故か隣に並び立つ者によって阻まれる。
「じ、自分の親にとんでもないこと言うなよ、フォクシー。俺は思ってませんからね、そんなこと」
「そんな風に思っていたのか……」
「いやたった今思ってないって言ったじゃないですか!!?」
常識的に話を進めようと思っていたドグの思惑が、フォクシーの介入から一気に崩れ去る。そして、ローロック家特有らしい被害妄想の発作が連鎖的に発生し、まともな話の流れは断ち切られた。ドグの隣には試すような目をするフォクシーが、正面には恐ろしいものを見つめる目をした義父母(仮)がいる。声こそ発していたいが、三者の視線はドグの次の言葉を強く急かしていた。
「……うがあぁーーッ!! もう細かいことはどうでもいいですッ!!!」
ラムロンからの強引な後押しと、嫁家族からの圧、そして意味不明なリアクション。諸々(もろもろ)が積み重なって我慢のダムが決壊したドグは、叫び声を上げてその場に膝をつき、頭を下げる。そして、もう他には合わせず自分のペースで行くという決意を感じさせる断固とした口調で自分の思いを晒す。
「俺とフォクシーは結婚します! フォクシーが言ったように絶対です。誰が文句を言ってこようと、絶対に曲げるつもりはありません!」
ドグは自分が後ろめたいことをしてしまったなどという事情は忘れ、両の手を握って声を張り続ける。
「それでも、俺のやっちまったことのせいでフォクシーの家族仲にヒビが入ったら嫌なんです。これから死ぬまで続く縁を結ぶって時に、誰の顔も曇らせたくない。だから断言します。俺はフォクシーを絶対に幸せにする。始まり方のせいで不安にさせちまったのは本当に申し訳ないと思ってます。けど、そのせいで不幸を感じさせるようなことは絶対しません。……俺が言いたいのは、これだけです」
上がった息を整え、いつの間にか浮かんでいた汗を拭いながら、ドグは大きくため息をつく。彼の隣に立つフォクシーはほんの少しだけ得意そうに口元を緩ませ、両親に改めてその意志を問う。
「この人が、私の選んだ相手です」
「……娘さんを、俺に任せていただけますか?」
ドグとフォクシーは並んで頭を下げ、帰ってきた当初にもしたであろう問いを繰り返す。直前まで激しい動揺のせいであたふたとしていたフォクシーの両親は、娘達の真剣さを目の前にすると、その口を貝のように固く閉ざす。いくら目の前にある決心と覚悟が大層なものでも、親にとってこの選択は長い思案を強いる。
「……あなた」
母が父の手を握る。しばらくの間をとって彼女が出した答えは、その顔によく現れていた。伴侶の意志を目の当たりにすると、父の心の中にあった最も高い壁は、静かに、砂のように崩れていくのだった。
「いいだろう、認める」
ドグとフォクシーの結婚は認められた。




