デキ婚後の親の了承は得難い
コンが亜人相談事務所に訪れてから半日が経過し、陽が傾きかけてきた頃。ラムロンとコンは件のローロック家に辿り着く。
「ここがあいつの家……。デカいな」
ローロック家の邸宅。それは、白亜のような白い外壁が映える美しい洋風の建物だった。余計な装飾などは一切なく、所々に差し込まれている塀や窓枠の黒が、より一層建物全体の白を際立たせている。著名な人物が生まれ育った場所というバイアスに負ける点のない、完璧な屋敷だ。ラムロンはそんな立派なローロック家の邸宅を前にすると、何の気なしにこの小さな城でフォクシーが日々を過ごしている様子を想像する。
「ん~……どうにも、こんな小綺麗な場所でフォクシーが生まれ育ったって風には見えねえんだよなぁ」
「どういう意味ですか?」
「いや、街で見たあいつはもうちょっと貧乏くさいイメージだったっていうか……」
「フォクシーを馬鹿にしてるんですか? 殴りますよ?」
「そ、そんな怒んなよ……印象の話じゃねえか」
主の一人を軽視されて額に青筋を浮かべる従者の視線から逃れようと、ラムロンはローロック邸への道を早足で歩く。コンも、苛立ちの混じったため息をついてから彼の背に続いた。
「あん? あいつは……」
歩き始めてすぐ、ラムロンは視界の中に異常を捉える。特段歩き慣れた道でなくとも、すぐにそれと分かる異常がそこにはあった。というよりは、そこにいた。邸宅と道を繋ぐ石畳のすぐ脇、芝生の生い茂る地面の上に、見覚えのある茶色い尻尾が揺れ動いていたのだ。
「……ドグ?」
「え……あ、ん? って、ラムロンさん!?」
ローロック邸の目の前に座り込んでいたのは、あのドグだった。彼は恩人に名を呼ばれてその存在に気が付くと、満面の笑みと共に飛び上がってラムロンに駆け寄る。
「久しぶりっすね、ラムロンさん! 前に送った手紙、読んでくれましたか?」
「ああ、あのクソみたいに字のデカい手紙か。目の弱いジジババには有難いんじゃねえの?」
「んなこと言わないでくださいよ。俺のアツい感謝が伝わるよう、それに合った書き方をしただけですから」
「単に面倒だっただけじゃねえだろうな。ったく……」
顔を合わせて一発目の会話を終えると再会の喜びも薄れてきたのか、ドグは首を傾げてラムロンの顔を覗き込む。
「けど、なんでラムロンさんがここに? 結婚式もまだですし、子供も産まれてませんよ?」
「あぁん? ドグとフォクシーが俺を呼んだんだろ。まったく、親の了承なんかで俺のこと頼るなんて、お前ら思ったよりヤワだったんだな」
「いや呼んでないっすけど」
「…………は?」
「ん……?」
出会い頭から予想外な言葉を放り投げられたラムロンは、自分を呼び寄せたはずのドグに丸い目を向ける。だが、対するドグも似たような表情でラムロンに戸惑いの目を向けていた。二人共、今の事態が何を示すのか、何によってこうなったのか、全く理解できていないようだ。
「どういうことだ、コン」
頭の中で探ってもこの状況に解を出すことのできなかったラムロンは、後ろに控えていたコンに率直な問いを投げる。彼の愚直で真っ直ぐな質問を受けると、コンは小さく息をつき、その隣を横切って邸宅の方へと歩む。その時、彼女の目が戸惑いの最中にあるドグの揺れ動く視線と繋がった。
「あ、コンさん。この間ぶりっすね」
「…………」
動揺しながらも適当な挨拶の言葉を口にしたドグに、コンは冷たい一瞥をするのみだった。彼女は投げかけられた言葉に応じないまま、邸宅の方へと向かっていく。
「フォクシー、元気でやってますか?」
ドグはその場から動かないまま、絞り出すように問いを口にする。彼のその言葉を受けたコンは、必要最低限の言葉だけで返した。
「元気ですよ。それでは……」
「はぁ、よかった。それじゃ、またすぐに会えるようになるって伝えといてください!」
「…………」
耳に響くドグの大声を背に受けながら、コンは無言でローロック家の門をくぐった。彼女が敷地内に足を踏み入れると、そのすぐ後ろで黒く大きな門が重い音を上げながら口を閉ざす。
「来たかいがあったと喜ぶべきか、頭を抱えるべきか……」
赤い夕陽に照らされる白亜の邸宅を前にして、ラムロンはため息交じりにそう呟くのだった。




