他所の結婚事情には首を突っ込みたくない
「ローロック……か」
「知ってるんですか?」
ドグとフォクシーが助けを求めていること、そして今度はこちらから彼らの元を訪れなくてはならないこと。最低限の情報交換だけ事務所で済ませたラムロンとコンは、今は電車に揺られていた。検問を避けながら回り道をしていたドグとフォクシーに比べると、こちらの方が圧倒的に早く二人の故郷、というよりもローロック家とやらに着ける。
外出用の服に着替え、昼過ぎにようやく頭を覚醒させたラムロンはローロックの名前を反芻し、その名が持つ意味を口に出して確認する。
「そりゃあ新聞やらニュースやらに目をやったことのあるヤツなら大体知ってるだろ。かの高名な敏腕亜人議員の姓なんだからな」
ラムロンの言葉に、彼の隣に座るコンは大きく頷いた。彼女の頭の上に生えた耳が、とある人物の話に入った瞬間ピコピコと動き出す。
「ウォル・ローロック。フォクシーのおじいさんです。数々の亜人不利の法案を改正に導き、亜人達の生活を守る第一人者。今日の亜人達の平穏の一部は、あの人によってつくられていると言っても過言ではありません」
「絶賛だな」
「絶賛するところしかありませんから、当然じゃないですか?」
ウォル・ローロック。どこぞのずる賢い亜人記者がそんな名前を口にしていたな、そう思案しながらラムロンは子供のように目を輝かせるコンの話を聞く。彼女の調子とは打って変わって、ラムロンはほんの少し不満そうに眉を寄せていた。
「大した信用だ。しかし、まさかフォクシーがあんな有名人の家族だったなんて、世界は狭いもんだ」
「ラムロンさんには伝えていなかったんですね。まあフォクシーらしいと言えばらしいですが。あの子は家の名前で見られるのが嫌なんですよ」
「そりゃそうだろ。〇〇家の方ですね、〇〇家のお嬢さん、なんて風に呼ばれて、自分の名前の方が身近じゃないなんてゴメンだろ?」
「……それは、そうですね。善人だろうと悪人だろうと、有名な人の身近にいる人は苦労が絶えません」
フォクシーのことを傍で見守ってきた使用人として思う所があったのか、コンはため息をつきながら彼女の気持ちに思いを馳せた。ラムロンはそんな彼女の感傷にあえて触れる必要はないだろうと思い、話を本題に戻す。
「で、肝心のドグとフォクシーの頼みってのはなんだ?」
「簡単に言えば、反対する家族の説得を手伝ってもらいたい……というものですね。相手のドグさんのご家族は二人の結婚に賛成的でしたが、こちらはそうでもなく……」
「まっ、そうだよな。形はどうあれデキ婚だし、名のある家じゃなおさら気にするだろ」
納得したような言葉を口にしながらも、ラムロンは足は小刻みに揺すっている。明らかに黒いものをため込んでいる者の態度だ。それを隠す様子もないラムロンに、同じくコンも直接的な言葉で問う。
「何かご不満でも?」
「不満も何も……そもそも俺が首を突っ込むような話じゃないだろ、これは。あいつらが自分でなんとかすることだろうに」
足を組んで背もたれに体を預け、ラムロンはぼやく。彼の脳裏ではしばらく前の二人とのやり取りが再生されていた。苦難のある道でも進んでいくと覚悟を決めた彼らから、こんな初期段階で助けを求められるなどとは思っていなかったのだろう。子供の悩みは出産についての相談を想像していたラムロンは、これから余所の結婚事情に顔を出さなくてはならないということに辟易していた。
「まあ、助けを選りすぐってる暇はないって言ったのは俺だし、別にいいけどよ。コンも、フォクシー達が幸せな方がいいだろ?」
「そう……ですね。ローロック家には子供の頃から使用人としてお世話になってますし、フォクシーとも一緒に育ってきましたから……幸せでいてほしいです」
コンは自分がこれまで共に過ごしてきたフォクシーとの日々を思い出しながら、これからのフォクシーの幸せについて思いを向ける。彼女は車窓の向こうに流れる景色に意味もなく目をやりながら、二人の幸せを願う言葉を口にする。彼女の耳が垂れ下がったまま微動だにしていないことに、ローロック家説得の口上を考えていたラムロンが気付くことはなかった。