頼りがいは見た目にも表れる
「ふわぁ……ねみ。最近は平和だなぁ」
亜人相談事務所。日々人々から数々の亜人に関する依頼をこなし、並々ならぬ信頼をその背に受ける飄々とした男、ラムロン。彼は先日のラッシュが済んでからというもの、大いなる暇を持て余し、昼時に至る今この時までソファで寝転がっていた。今日も窓の外に見える街の景色は平和そのもの。ラムロンはさんさんと輝く陽光を欠伸で弾き返し、再び目を閉じようとする。
が、そんな時だった。
ピンポーン
暇を破壊する音が事務所に響き渡った。まどろみに揺れていたラムロンの意識は来客の存在に無理矢理引っ張り出され、最低限の身だしなみを整えることを余儀なくされただらけた男は顔をしかめる。
「客……? せっかく三度寝しようと思ってたのに……入ってくれ!」
無様に開いたジャージのジッパーを上げきり、机の上のものを引き出しに適当にしまってからラムロンは声を上げる。彼の雑極まる出迎えの言葉を受けた来客は、間もなく扉を開いて事務所に入ってきた。
その日、亜人相談事務所にやってきたのは、頭の上に狐のような三角耳を持った女性だった。彼女は事務所に足を踏み入れて早々、だらけきった男とその私生活の現れた部屋を前に顔をしかめる。
「あの、すみません。ここ、亜人相談事務所であってますよね?」
「外にでっかく書いてあんだろ? 合ってるよ」
「ああ……えっと、それじゃあ、あなたがラムロンさん?」
「ん、そうだが……俺のこと知ってるのか?」
自分の名前が来客から出てくるという事態は、ラムロンの頭に残っていた眠気を吹き飛ばす。これまで椅子の上でふんぞり返っていた彼は、ようやく身を乗り出して来客の顔に目をやった。
「どこをどう切り取っても、頼りがいのある人には見えませんね」
ラムロンが身を入れて仕事に取り組もうとしたその瞬間、女性から失礼な言葉が飛んできた。腕を組んで値踏みをするような視線を自分に向けてくる女に、ラムロンは直前までの興味を忘れ、同程度の失礼で返す。
「おいお前、俺のことをムカつかせるためにここに来たのか? それに、頼りがいなんてもんは顔合わせて十秒で判断つくものでもねーだろ」
「いや平日一時に寝癖バリバリでジャージ姿なんてしてたら速攻で見切りつけられるでしょう」
正論。筋を通すまでもなく正論と分かる言葉で自分の意見を弾き落されたラムロンは、不利な戦いを継続することなく話を前に進める。
「好きに言ってくれ。それで、その頼りがいのない男にアンタは何を頼みに来たんだ?」
「……フォクシーと、それにドグという名前。聞き覚えがありますよね?」
「あん? 二人の知り合いか……?」
眠気のモヤに覆われたラムロンの頭が急速に冴えていく。フォクシーとドグと言えば、つい一か月ほど前に面倒を見てやったカップルだ。本来禁止されている異種族の亜人同士の子作りをしてしまった二人を、ラムロンは故郷に返してやったはずだ。
見覚えのない女から聞き覚えのある名前が出てくると、今度は強い興味がラムロンを襲う。そんな彼に応じるように、女も自分が亜人相談事務所にやってきた目的を明かした。
「まずは自己紹介を。私はローロック家の使用人、コンです。今回こちらにうかがったのは、ローロック家の一人娘であるフォクシーの頼みをあなたに伝えるためです」
「……ん? ローロック家? 急に何言ってんだ?」
恭しく頭を下げ、丁寧な言葉遣いでコンは自らの身分を明かす。その姿勢とローロック家という言葉に緊張を覚えたラムロンは、思わず喉を鳴らして唾を飲み込んだ。起きて早々に知り合いの名前を突き付けられ、動揺を隠せない彼だったが、コンはそれに構わず肝心の要件を告げる。
「恩人であるラムロンさんに、もう一度助けてほしい……と」