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こちら亜人相談事務所  作者: 井田薫
子作りテンヤワンヤパニック
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亜人は変装するときに困ることが多い

 多様街(ダイバーシティ)。多様性の名を(かん)するだけあって、街の往来(おうらい)を行き来する者達にはそれぞれ大きな違いがあった。これといった外見的特徴を持たない人間から、全身毛皮に覆われた亜人、体の一部だけに動物的特徴を持った亜人まで、顔ぶれは様々だ。

 そんな街中を、ラムロンはドグとフォクシーを引き連れて歩いていた。二人の頭と腰にはそれぞれ、人間にはない亜人の耳と尻尾がえている。


「こんなこと言うのもアレなんすけど、俺達、このまんま外に出れたりしないっすかね」


 唐突(とうとつ)に、ドグが何も考えていなさそうな(ほう)けた表情で提案する。楽観的な彼の言葉に、ラムロンは頭を抱え、フォクシーは苦笑いを浮かべた。


「アホか、お前」

「無理だよドグ。私達亜人の出入りは色々なところで管理されてるから。検問で引っかかっちゃう」

「つかそんなんで解決すんならわざわざ俺の所までねえだろうよ」


 考えの足りていない提案を二人は正すが、ドグはめげずに頭をひねった。そして、すぐさま思いついた策を自信満々に人差し指を立てて宣言する。


「それもそっか……じゃあ、変装で出るとかは?」

「耳もそうだが、テメエらのケツから出てるぶっとい尻尾はどうするつもりなんだ?」

「あ~……ウンコってことで」

「随分長くてモフモフした(クソ)が出るんだな、お前は」

「快便には自信があるんすよ」


 亜人に変装は難易度が高い。とりわけ自分を人間であると偽るには、亜人が持つ特徴を全て隠さなくてはならない。その高い壁を示すように、二人の後ろでは巨大な筆のような尻尾が揺れていた。


「や、やめてください……二人共」


 女性の前で大便を話題にげるデリカシーの欠如(けつじょ)したラムロンとドグ。そんな二人の会話を、フォクシーが弱々しい声でさえぎる。


「私の尻尾紫色だから、まるで体壊してるみたいじゃないですか」

「いやッ! 目線おかしいだろーがッ!!」

「お、おかしいって……ラムロンさん。私の健康はお腹の子にも影響するんですよ? まるで、我が子の心配するのがおかしいって言ってるような……」

「いや言ってねえだろうが、んなことはよぉッ!!」

「そ、そうでしたか。すみません、誤解しちゃって」

「いや、別にいいけど……」


 被害妄想が激しいフォクシーの誤解をラムロンは大きな声で正す。すぐに認識を正して謝ってはくれるものの、いつまた間違ったとらえ方をするのか分かったものじゃないな、とラムロンは少々引いた目線を彼女に向けた。

 そんな中、何やら真剣そうな顔で考え事をしていたドグが手を叩く。 


「まあでも、やっぱり変装もワンチャンあるんじゃないっすか。ワンチャン」


 ドグは目を輝かせてラムロンの顔をのぞき込んでくる。


「あ? 何かいい案でも……」


 瞬間、ラムロンはドグの言葉の真意しんいを考え、彼を振り返る。そこで目についたのは、ドグの犬のような耳と尻尾、そしてまん丸な目だった。


「ワンチャンだけに、ってか?」

「ハハハ」

「……馬鹿がよ」


 あまりにも緊張感のないドグの態度に、ラムロンは大きくため息をつく。そもそもが面白くないし、これで笑えというのも無理な話だ。だが、陽気なドグの様子に合わせてフォクシーは笑顔を浮かべている。無理に調子を合わせているというわけではない、自然な笑みだ。


(ったく、幸せそうな(ツラ)しやがって)


 そうして、三人が事務所を出てしばらく。ラムロンが二人を連れて辿り着いた場所は、トラックが何台も停められている小さな駐車場だった。整然せいぜんと並ぶ車の間を、を抱えた人々が頻繁ひんぱんに行き来している。


「お前らはちょっと待っててくれ」


 ラムロンは駐車場の入り口で待っているように二人に伝えると、手近なところを通りがかった男に声をかける。


「よっ。今暇か?」

「ん、久しぶりじゃねえかラム。今回もまた、何かまずいもんを運んでほしいのか?」

「別にいつも危ない粉やら武器やら運ばしてるわけじゃねえだろ……。あそこにいる二人、街の外に出る車に乗せてってほしいんだ。隠したまま、な」


 ラムロンは知り合いらしい男に声をかけると、入り口で立っているドグとフォクシーを指で示す。だが、亜人である二人を目にした男は途端(とたん)に顔をしかめた。


「ありゃ亜人じゃねえか。おい、俺に犯罪の片棒かたぼう担がせようってか?」

「全くもってその通り。共犯者になってくれよ」

「誰が好きでなるかってんだ。けどま……」


 男は話の途中、急にいやらしい目線をラムロンにチラチラと送る。男の口の端からはよだれがあふれ、目は弓なりにゆがんでいる。そのあまりの気色悪さを前に、ラムロンは自分の身を守るように一歩退く。


「おい、俺にそっちの()はねえぞ」

「あ? ちげえよボケがッ!!」

「差別はしねえけどよ、そういうのはそういう人同士でやってくれよな」

「ちげえって言ってんのが聞こえねえのか? 耳ちぎり取って新しくこさえてやろうか?」


 苛立(いらだ)ちを隠さず拳を握り始めた男の表情を目にすると、ラムロンは冗談だと笑い飛ばし、本題に入る。


「分かってる。誰でもその気になる魔法の紙をやるよ」

「どのくらいだ?」

「一番高いの、十枚」

「おっほ♡ 愛してるぜ、ラム」

「だからそっちの()はねえっての」

「金のためなら……やってやってもいいぜ?」

「キッ……早く準備しろやボケがッ!!!」


 純粋な気持ち悪さを前に、ラムロンの脊髄(せきずい)には生暖かい怖気(おぞけ)が走る。彼はその感覚への嫌悪(けんお)を抑えることなく、男の背を蹴飛ばしてその作業をかした。


 こうして仕事の話が一段落つくと、ラムロンは大きくため息をついて肩の力を抜く。その後、そういえばと駐車場の入り口を振り返って見てみれば、ドグとフォクシーが心配そうな目でこちらを見つめてきていた。自分達の進退しんたいがかかったことだから当然と言えば当然だろう。そんな不安そうな彼らに、ラムロンは歯を見せて笑い、親指を立てて順調であると示すのだった。

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