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こちら亜人相談事務所  作者: 井田薫
亜人の人質、亜人質と呼ぶべきか?
13/86

立てこもりには相談事務所?

 我らが主人公にして亜人相談事務所の主、ラムロン。彼はまともな人間なら働きに出ている真っ昼間、事務所の椅子にふんぞり返ってテーブルに足を乗せ、鼻をほじりながらマンガを読んでいた。


「ん~ビビッとくるマンガがねえな~。大体、最近はどんな形のヤツでも斬新ざんしんなのがねんだよ斬新なのが。もっとこう、これまで見たことなかったタイプだ、みたいなのはないのかねぇ~」


 一体どこの誰からの目線でこんな偉そうなことを口走れるのだろうか。ラムロンは自分の他に誰もいないのをいいことに、事務所で勝手な言葉を吐き散らしていた。

 と、そんな時だ。突如、事務所のインターホンが鳴る。


「ん? はいどうぞ~」


 ラムロンはマンガをデスクの引き出しに入れ、最低限の体裁ていさいだけ整えた。それとほぼ同時に、事務所の出入り口が勢いよく開き、外から一人の男が転がり込んでくる。


「すみません! ここが亜人に関することなら違法なことでも何でもしてくれる亜人相談事務所で間違いないですかッ!!?」

「いや違法なことなんてして……ッ! な、ないですよ。それで、今回はどういったご用件で?」


 ついこの間に違法なことをしたばっかりに、胸を張って否定することができない。

 とまあそんなことは置いておいて、ラムロンは来客を迎えようと顔を上げ、その時になって初めて気付く。


「ん、おたく人間じゃないですか」


 事務所を訪れたのは人間の男性だった。よわいは四十過ぎといったところだろうか。だいぶ焦っていたのか、額には玉のような汗が浮かび、着ている白シャツにはしわが刻まれていた。


「デカデカ書かれてるように、ウチは亜人に関する問題を扱ってまして……」

「ですから、亜人の問題を解決したく、ここに来ました。私自身というより、問題を起こしている亜人の件を片付けて欲しいのです」

「ふむ、なるほど。あなたのお名前は?」

「イルオです。建設会社で部長をつとめています」

「分かりました。どうぞ座ってください」


 ラムロンがソファを示すと、イルオは会社員らしく小さく一礼した後、腰を下ろして額にハンカチを当てる。


「それで、具体的にはどんな問題が発生したんですか?」

「ウチの会社では、亜人……獣人達を労働力として雇っているんですが、彼らが問題を起こしまして」


 イルオは眉間みけんに深いしわを刻み、深刻そうな表情で自分達の置かれた状況について語る。


「一人の亜人の労働者が、同僚、しかも同じ獣人を人質にとって身代みのしろ金を要求しているんです。500万幣まんへい、渡すまで現場で立てこもる、と。あなたにはそれを解決していただきたいのです」

「はい、ええ……ん、アレ? 立てこもり? 身代金?」


 想像と大きく離れた説明に、思わずラムロンはかけられた言葉を反復する。とても一相談事務所に依頼するような内容ではない。


「あ~お言葉なんですけども、それ、ウチに相談することですかね? 警察に行くことをおすすめしますが」

私事わたくしごとで申し訳ないのですが、事件が起こっているのが私の管理しているプロジェクトで重要な現場でして……あまり、その作業を遅らせたくないのです。警察の介入は進行を遅らせますから」

「そう、なんですか……」


 これまでとは一風変わった珍妙ちんみょうな依頼が舞い込んできたと、ラムロンは目を白黒させた。その彼の様子を見たイルオは、妥協だきょうの方向を探るような言葉を口にする。


「もちろん、この亜人相談事務所で解決できないという事でしたら、警察に届け出ることにします。事態が悪化してプロジェクトそのものが頓挫とんざするよりはマシですから……」

「……いえ、問題ありません」

「え?」


 予想外の展開に、イルオはうつむきかけていた顔を持ち上げる。彼の視線の先では、ラムロンが既に立ち上がり、外に出る支度したくを整え始めていた。


「その依頼、引き受けました。私が何とかしましょう」

「本当ですか!?」

「ええ。ただ、無理そうだったらやはり警察に任せる形になります。それと、イルオさんにも現場についてきてもらいますよ」

「はい、分かりました」


 ハッキリとした条件を明示めいじするラムロンに、イルオはうなずいてみせた。彼からすれば元より考慮こうりょしていた条件、状況だろう。

 とりあえずの対応がうまくいったのに安堵あんどしたイルオは息をつく。そんな彼に、ラムロンは髪をあらく整えながら質問する。


「それで、えと……いくらでしたっけ」

「え、身代金ですか? 500万幣ですが……」

「あざす。ちっと待っててくださいね……」


 人質をとった立てこもりに対応する以上、犯人の提示している金額はそこまで重要ではないはず。妙なことを聞かれたとは思いながらも、イルオは答えを返す。

 金額を聞いたラムロンは、身だしなみを本当に最低限だけ整えると、奥の部屋へと引っ込んでいく。その後、何度か引き出しを開け閉めする音が響くと、彼は改めてイルオの前に戻ってきた。


「お待たせしました。行きましょう、案内してください」

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