後編
ジェレミーは得た情報から考えをまとめていく。本来彼は王宮騎士であるため、このような街の警備騎士がする仕事とは無縁である。しかし、違法薬物が貴族の間で取引されている現在、王宮も関わらなくてはならなくなった。そこで、王宮騎士の中でもそこそこ頭の良くて、かつ侯爵家の次男であり、母親の生まれは公爵家という、どこに顔を出しても相手からナメられないジェレミーが捜査に加わることになったのだ。
それでも、王宮騎士としての演習や、建国祭に向けた雑務によって、この事件に集中できる訳でもない。街の警備騎士に幼馴染のセザールがいたため、指示を出すことは容易であったものの、違法薬物を扱う組織の後手にまわっているという感触が拭えない。ここらで一つ、先手を打たなければならないと感じていた。
「セザール、この紙に書かれた人物達をすぐに集めるように。王宮騎士からの呼び出しだと言っていい。すぐに、ここに書かれた場所へ。時間がない」
セザールは、ジェレミーに手渡された紙を見て、すぐに呼び出しを手配した。
★★★
「リナリア・マートルへ王宮騎士からの呼び出しだ。すぐに来るように」
「かしこまりました」
ドレスショップのオーナーはすぐにショップの奥へ向かい、リナリアを連れて来た。
「何も知りませんよ」
「まだ何も聞いていないのだが」
リナリアはセザールの顔を見て思わず、取調べの時の感覚に戻ってしまった。
「すぐに戻れますか」
「分からない。貴重品などはこちらで預かる」
リナリアの手からセザールは鞄を受け取り、そのまま馬車に乗る。
「今回は縛られないんですね」
「前回は容疑者だったからな。それも現行犯に近い形だったからだ」
リナリアは不機嫌だ。どうしてまたこんなことに。
いい思い出のない騎士との対面は嫌でしかなく、唇をとがらせている。しかしセザールも、リナリアが可哀想だとは思っているのだ。田舎から出て来た女性が、覚えのない犯罪に巻き込まれて捕縛され、容疑者として数日収容所に入れられ、釈放されるも騎士に呼び出されるという、一生に一度もなくていい体験をしているのだ。
「リナリア・マートル、先日はなぜ我が兄の家に?」
「お隣さんを探しにです。私のせいで引っ越したのなら、謝罪しなくてはなりません」
「あの事件よりも前に引っ越しは決まっていたのでは?」
「大家さんもそう言っていました。同情してくれているんでしょうね」
リナリアはため息をつく。この十日間ほど、良いことが全く無い。
「目的地に着いた」
セザールに促されて馬車を降りる。
目の前には、昨日来たばかりの、お隣さんが住んでいるかもしれないアパートメントだ。
「リナリア・マートル。あそこにいるのが、君の隣人だった人物だ。話が終わったら、声を掛けるといい」
アパートメントに入る前の庭に、数名の騎士と、騎士に連れられた人が少しずつ間を開けて並んでいる。リナリアがセザールの指差した方を見ると、確かにお隣さんがいた。容疑者収容所に来たときと、少し印象が違うが、確かに彼女だと思う。
並んでいる中には、このアパートメントを教えてくれた住宅街の管理事務所のおじさんもいる。建国祭前で忙しそうにしていたが、騎士様の呼び出しだから出てきたのだろう。
「ここに来てもらったのは他でもない、とある事件の関係でね。これから少しうるさくするけど、その場から動かないように」
集まった人の前に立って話しているのは、金髪に緑の目をしたお兄さん、捕縛された最初の日に自己紹介をした相手だ。街の騎士達と服が違うと思っていたけれど、王宮騎士だからなんだろうなと、リナリアはぼんやり考える。
「それでは、始めるように」
金髪のお兄さんが片手を上げると、一斉にアパートメントの扉が開けられ、騎士達が中に入っていく。そして、続々と中から住人たちが捕縛されて庭に並べられる。
「これで全てだな?例の部屋は?」
金髪のお兄さんが出てきた騎士に聞くと、その騎士は何かを耳打ちして、金髪のお兄さんはにこやかに頷く。
「お集まりいただきありがとう。アパートメントの住人達は窮屈だとは思うけど我慢してくれ」
金髪のお兄さんは少なくとも、このいかついお兄さんよりも優しい。見習ってほしい。
「リナリア・マートル。あそこの部屋を訪ねたことがあるね?」
リナリアはこくりと頷く。
「あそこに住んでいるのは誰かな?君とはどんな関係?」
「カロル・ギルマンさんという三十九歳の女性です。私が住んでいるアパートメントのお隣さんかもしれないと思って訪ねました」
「残念ながら、彼女は今日も留守にしているんだ。非常に残念だ。ところで、そこにいる男に見覚えは?」
金髪のお兄さんが指差した方を見ると、お隣さんの今のお隣さんだ。
「ここに来たときに、声を掛けられました。留守だったカロル・ギルマンさんにお手紙を書いてポストに入れたのですが、泥棒が鍵をこじ開けているのかと思ったようで。私の訪ね先のお隣さんですよね?」
「そうだね。君がお隣さんがいると思った部屋のお隣さんだ。ただ、彼は先程、君が訪ねた部屋から出てきたんだけどね。どういうことかな?話してごらん」
リナリアは困惑する。金髪のお兄さんは、お隣は今日も留守だと言ったけれど、最初から庭にお隣がいるじゃないか。あの部屋にいた人は、違う人だったのかもしれない。きっとそういうことだろう。
それにしても、あの男の人は、訪ね先の隣の部屋に入っていっていたのに。
「隣人とは知り合いだっただけだ。留守にしているから、合鍵をもらっていた。郵便物が溜まると泥棒に入られやすくなるからだ」
男の人は淡々と答えている。リナリアは感心する。初めて騎士に連れて行かれた時、あんなに冷静にはなれなかった。ドレスショップで同僚達から収容所で何を聞かれたのか、根掘り葉掘りの質問攻めにあったときに、自己紹介で就職したときの答えをそのまま使ったと言ったら大爆笑だった。
そもそも、違法薬物が何かさえ分かっていなくて、三日ほど経ってやっとその質問をしたのだ。あんなに緊張しないで答えられるなんて、普段から騎士と関わるような仕事でもしているんじゃないかと思う。
「そうか。知り合いか。それでは、その隣人が以前住んでいた住所は?」
「それは知らない。王都の中心部ということくらいだ」
「合鍵を渡す仲なのに、住所も分からないと」
金髪のお兄さんは、ふうんと言って、また質問を始める。
「郵便物が溜まらないように、定期的にドアを開けて手紙等をまとめていたということだね?」
「そうだ」
「それじゃあ、そこのリナリア・マートルが隣人だと思って入れた手紙はどこかな?」
男の人が黙った。
「騎士達がさっきから部屋の中を捜索しているんだが、見つからないみたいだ。さあ、そこでこの住宅街を管理している人に聞こう。あなたがリナリア・マートルに与えたモノは何だろうか?」
「今月、王都の中心部から引っ越してきた二名の住所をお見せしました。それと、事情を聞いたところ約束していない訪問のようでしたから、便箋と鉛筆も差し上げました」
「そうか。それでは、カルメン・ブロンデル。あなたがこの住宅街に引っ越してきたのはいつだったかな?」
「わ、私が引っ越してきたのは先週です」
お隣さんはカルメンさんというらしい。どうやら、私が訪ねたのは別人だったことが分かった。やはり、一般人が人探しなんて難しい。そのことがよく分かった。
「どうして彼女のことをリナリア・マートルに教えなかったのだろうか?」
「すみません、一ヶ月は記録を遡って見たのですが」
「それでは、カルメン・ブロンデル。あなたがこの住宅街の事務所で手続きをしたのはいつかな?」
「三ヶ月前です」
「そう。リナリア・マートルの話を聞いて、つい最近引っ越しが決まった人物しか調べなかったのだろう。しかし、カルメン・ブロンデルは三ヶ月も前に引っ越しが決まって手続きも済ませていたからね。見落としても無理はない」
リナリアはほっとした。自分のせいで引っ越した訳では無かったらしい。
「良かったな」
いかついお兄さんが小声で言ってきた。そもそもリナリアを捕縛しなければ、あんなにも悩まなかったのだ。リナリアはいかついお兄さんを無視した。
「カルメン・ブロンデル。あなたは隣人であったリナリア・マートルが先週留守だった理由を知っているかな?」
「いいえ、でも年に数回、留守にしていましたよね?」
「カルメン・ブロンデルは、隣人であるリナリア・マートルの留守の理由を知らなかったと。リナリア・マートル、あなたが最近、この隣人に会ったのはいつかな?」
「え?容疑者収容所の面会に来たのは?」
リナリアは驚く。最近会ったじゃないか。嘘をつく理由でもあるのだろうか。
「リナリア・マートル、カルメン・ブロンデルの近くへ」
リナリアはてくてくとカルメンに近づく。
「あれ?違う人?」
遠くから、と言っても十メートルも離れていないくらいだったが、そこから見るとあの時に面会に来た隣人で間違い無いと思っていたのに、近づくと分かった。別人だ。
「そう。面会に来た人はそこにいる男じゃないかな?さあ、部屋から見つかった物を身に着けてもらおうか」
騎士達が、男にカツラを付けたり服を着替えさせたり、男は抵抗しているようだが、騎士達の方が強い。リナリアは何となく、見ない方がいい気がして目を逸らした。
「さあ、着替え終わったね?リナリア・マートル。カノジョに見覚えは?」
見ると、そこにはあの日面会に来たお隣さんがいた。
「面会に来たのはその人です」
金髪のお兄さんが、よし、それでは捕縛だと言うと、あっという間に面会に来た人が縄でぐるぐる巻にされて連れて行かれた。
「そうだな。本来ならここで終了すべきなんだが、事情が事情なだけに、話しておこう。カルメン・ブロンデル。少しショックな内容だとは思うが、気を確かにね」
金髪のお兄さんは私達へ事件の経緯を語ると、後は街の騎士へと言って、去っていった。
お隣さんだったカルメンさんは、金髪のお兄さんが言ったようにショックを受けたみたいで、今は声を掛けない方が良いのかもしれない。
「カルメン・ブロンデル。ここに、犯罪に巻き込まれた者や被害者、その家族を支援する団体の連絡先がある。連絡してみるといい。話すだけでも楽になるという者もいる」
いかついお兄さんは、カルメンさんに紙を渡した。カルメンさんは会釈をして、付いていた騎士と共に去っていった。
いかついお兄さんは、次に住宅街の管理事務所のおじさんの所へ行く。
「協力ありがとう。渡した便箋と鉛筆は、同じものをすでにこちらで預かっている。アパートメントの大家についても抑えているから問題ない」
管理事務所のおじさんは深く頭を下げて、足早に去っていった。アパートメントから出された住人達も、それぞれ騎士と共に部屋に戻され、庭にはリナリアといかついお兄さんだけだ。
「リナリア・マートル。ドレスショップに送ろう」
このいかついお兄さんには何回名前を呼ばれただろうか。リナリアは馬車の中でそんなことを考えながら、スケッチブックを出した。
「いかついお兄さん、このスケッチブックありがとうございました。もう使うこともないと思うので、お返しします」
何となく、鞄にずっと入れていたスケッチブックをいかついお兄さんに差し出す。いかついお兄さんの顔を見ると、驚いたような顔でこちらを見ている。
「いかつい、お兄さん?」
しまった。思わず、いつも心の内で呼んでいた名前で声を掛けてしまったらしい。
「すみません、騎士様」
「いや、私も名乗っていなかったから仕方ない。それに、それは別に返さなくていい」
いかついお兄さんがそう言うのならと思って、リナリアはスケッチブックを鞄に戻した。
「セザール・モランだ」
リナリアはいかついお兄さんが突然何を言い出したのかと思って顔を上げる。
「私の名前だ。セザール・モラン。モラン子爵家の三男だ」
「リナリア・マートルです。実家は牛を育てています」
「知っている」
突然、自己紹介をしたのはそっちだろうにと思う。
「リナリア・マートル、カルメン・ブロンデルの名前も分かったことだし、しばらくしてから連絡をするつもりでいるだろうか」
セザールの言葉に、リナリアは首を横に振った。
「私が気にしていたことは、お隣さんが私のせいでこの忙しい時期に引っ越しをしたことです。どうやら、元々引っ越しの予定もあったし、私が収容所にいたことも知らないようでした。だから、もういいんです」
リナリアは疲れた。馬車からは建国祭に向けて街が賑やかになっている様子が見える。その中で自分だけ沼の中に沈んでいくようだ。
「着いたな。ここで待ってなさい」
セザールが馬車から降りていった。もうドレスショップに着いたのに。
「リナリア・マートル。君は今日休みになった。部屋に送ろう」
リナリアの疲れた様子を察してオーナーに何か言ってくれたのだろうか。とりあえず、頷くことにした。
「リナリア・マートル。昼前に呼び出したが、昼食は?」
「今日は喫茶店に行くつもりでした。そうだ。アパートメントも近いので、ここで降ろしてもらって大丈夫です」
「そうか、よし、ちょっと行きつけの店があるから行こう」
セザールにはリナリアの言葉の後半は聞こえなかったらしい。
馬車はすぐに目的地に着いたらしい。セザールは、一人で降りて、少しして戻ってきた。
「リナリア・マートル、降りてきてくれ」
セザールに案内されたのは、開店前の食事処だ。食事処と言っても、平民がぞろぞろ入るようなところではなくて、少し高めの、記念日とかに奮発して行くようなお店だ。
仕事中だったから、きれいな服でもないし、と思っていると、セザールに他の客はいないから気にするなと言われた。
「色々と悪かったな。奢りだ。メニューの左側のものであれば用意できるそうだ。何でも好きなものを頼んでくれ」
「牛肉のワイン煮込みと野菜蒸しでお願いします」
「早いな。ここを知っていたのか?」
「ここにオトコと来たらこれを頼むようにと同僚が」
「そういうことか。それでこのメニューか」
セザールはごにょごにょと独り言を呟いている。
リナリアは色々あった出来事を思い返していた。頭の中がごちゃごちゃだ。ふと、思いついたことをセザールに提案することにした。
「ちょっと色々あったので、考えをスケッチブックにまとめても良いですか?」
「ああ、料理が出来るまでいつもよりは時間が掛かるだろうし問題ない」
リナリアはスケッチブックと鉛筆を取り出した。
まずは、カルメンさんがショックを受けたこと。数年前から、あのアパートメントで捕縛された男性はカルメンさんの部屋に入っていた。あの男は、住宅街のアパートメントとカルメンさんのアパートメントを行き来していたらしい。カルメンさんのいない時間に、カルメンさんのアパートメントに居座る。そして、カルメンさんになりすまして生活する。王都の情報収集や違法薬物のルートを探していたのだろうと、金髪のお兄さんが言っていた。
ある日男は、私のドアポストに新聞が溜まっていることに気付いた。大家に伝えたのもカルメンになりすました男だったらしい。
そして、男は私が仕事場に新聞を持って行っていることや、ドレスショップで働いていることを知った。仕事に向かうところを尾行したり、すれ違った時に鞄の中身を覗き込んだらしい。
「セザールさん、あの男の人はどうしてわざわざ引越し前に面会に来たんですか」
「ああ、恐らくだが、彼は隣人が引っ越すことを知らなかったのだろう。以前あなたの部屋のドアポストに新聞が溜まった時に大家に伝えた隣人は、あの男だった。同じ事が起きた場合、カルメン・ブロンデルが大家に伝えてしまうと、大家から前も同じ事があったという話になるだろう。身に覚えのない話にカルメンは街の騎士に相談等をするかもしれないな。そうすると、彼の存在がバレてしまう。そのことを恐れて、行動に出たのだろうな」
三年前、初めて王都から田舎に帰った時だ。田舎から戻ってきた時に、ドアポストに大家さんから新聞を止めているとの手紙が入っていた。お隣さんが大家さんに言ってくれたのかもと思って大家さんに聞いたけど、お礼もいらないという伝言付きで、人との繋がりを苦手とする人もいるし、アパートメントで一人暮らしをしている人の中にはそういう人も多いのよと言われ、声を掛けることもしなかった。
もしも、あの後すぐ、すれ違った時にでも声を掛けていたら、何か変わったのかもしれない。
「そう気に病むな。と言っても無理か」
セザールは暗い顔をするリナリアに一枚の紙を差し出した。
「犯罪に巻き込まれた者の相談所だ」
リナリアは紙を受け取る。犯罪被害者やその家族、犯罪に巻き込まれたあなたへ、と書かれている。
「この住所は」
「ああ、あなたがこの前訪ねてきた、私の兄の家だ」
「背は平均より低めで、すらりとした、アッシュグレーの髪をしている、貴族邸の侍従」
「そうだ」
正直、セザールの見た目とは逆の体格だ。
「兄は母親似なんだ。私は父親似。兄は頭が良くてな。親戚の貴族邸に侍従として所属はしているが、医者なんだ。あの住宅街ですぐ医者に見てもらおうと思ったら、兄を呼んだらいいというふうに、往診というのだろうか。それがメインの仕事だ」
「そのお医者様が被害者のお話を聞くお仕事を?」
「そうだ。なんでも、話してみるだけでも物事の整理がついたり、納得したり出来るそうだ。演習帰りの騎士等も来ることがあるらしいな。仕事に手がつかないくらい、思い悩むようなら、話を聞いてもらうだけでも行ってみるといい」
リナリアはセザールの言葉に頷く。
スケッチブックには、三年前の出来事から、今に至るまでの経緯が並べられている。
「こちらとしては、感謝している。三年前に、あなたがうっかり新聞をドアポストに溜めたおかげで、あの男は面会に来ることになったんだからな。それも、元々の住人が偶然にも引っ越す直前のタイミングで。探してくださいと言っているようなものだったからな」
そうか、街の警備騎士達にとっては、捕まえるきっかけとなったのか。
「よく考えてみろ。隣人があなただったから、三年前にドアポストに新聞を溜めたし、引っ越した隣人を探そうとしたんだ」
リナリアは、セザールにそう言われて、少し心が軽くなった気がする。
いい匂いがしてきた。リナリアはスケッチブックと鉛筆を鞄に仕舞い、料理が来るのを待つ。
「お待たせしました。どうぞごゆっくり」
感じの良い料理人が、料理を並べてくれる。リナリアは美味しく食べることができた。
「ご馳走様でした」
リナリアはアパートメントまでセザールに送ってもらった。部屋に入り、ベッドへどさりと座る。そのまま横になる。明日は建国祭だ。
★★★
「おはようございます!」
リナリアは元気良く挨拶をする。同僚達から、昨日はどうしたと質問攻めだ。
「それで!?あそこで二人でお食事を!?」
「はい!お姉さん達に言われたメニューを頂きました!とっても美味しかったです!」
「その後は!?もちろん、彼の連絡先を聞いたんでしょうね!?」
「え?どうしてですか?そうだ!あの騎士様のお兄様がしている、犯罪の被害者や巻き込まれた人が相談できる場所は教えてもらいました」
「ちがーーーう!!もう!」
同僚達は残念そうにしているが、どうしてだろうか。
★★★
「リナリアちゃん!ちょっと来て!」
ドレスショップの方から声が掛けられる。リナリアは走ってショップの方に向かう。
「リナリアちゃん!この生地と同じの、ある!?」
「見てきますね!イエローの五番?いや、その前後くらい?ちょっと近そうなのを持ってきます!」
ドレスの一部が破れたらしい、お嬢様は半泣きだ。リナリアは倉庫で似た色の生地を探す。
どうも質感が違う。おそらく、母親のドレスをリメイクしたとかで、最近の生地ではないのかもしれない。少し高いところにある、最近使われていない生地を探すと、似たようなものが出てきた。
リナリアはいくつかの生地を持ってショップに戻る。もちろんダッシュだ。
「最近の生地で色が近いのはこの辺りです。こっちは少し前のものですがよく似た質感だと思います」
「ありがとう。そうね、この生地を使おうかしら。もうこの辺ざっと重ねてアクセントにしましょう。同じ生地で飾りも作って胸に添えれば問題無いわ」
デザイナーさんの指示でお針子さん達が数人がかりで生地を切ったり縫ったりしていく。リナリアは切り終わった生地と使わなかった生地を倉庫に戻す。
建国祭当日は、この繰り返しだ。
ざわり、とショップの方が騒がしい雰囲気がする。重客が来たときのような。
「王族の来店ゆえ、針を置いてもらえないだろうか」
このタイミングでー。もちろん、倉庫にも王族のお付きの人が入ってくる。
「リナリアちゃーん!来てー!」
そうだ。ドレスを作りに来る来店ではない。この日に来たということは、ドレスに何かトラブルがあっての来店だ。リナリアは走ってショップに行く。
何人もの騎士が見守る中、デザイナーさんの元へ向かう。デザイナーと向き合うのは、きれいな、本当にきれいとしか言えないお嬢様だ。王女様はまだ若かったはずだ。誰か分からないし、田舎育ちのリナリアは礼儀作法なんかも全く知らない。とりあえずお辞儀をして、デザイナーさんに助けを求める視線を送る。
「リナリアちゃん、この生地と近いものはあるかしら?」
デザイナーさんも緊張している。デザイナーさんが手にしている、お嬢様のドレスのスカート部分には、赤いシミが出来ていた。飲み物のようだ。専用の洗剤で落とそうとした形跡があるが、落ちなかったらしい。
「この生地は、生地自体は薄いパープルですから、近いものか、もしかしたら同じものがあるかもしれません。ただ、このキラキラしたものが元々付いた生地はありません」
お嬢様のドレスは、おそらく宝石を散りばめたものだ。しかし、王族であれば王宮の専属のお針子さんがいるはずだが、そちらでは対応出来ず、ここに来たということだろうか。宝石商から宝石を取り寄せ、ひと粒ずつ縫い付けるには、時間が無さすぎる。
「王族御用達のドレスショップでも、難しいのかしら」
お嬢様は、つんとした態度でそんなことを言っている。
しかし、扇を持つ手は震えていて、リナリアはこのお嬢様はドレスが汚れて悲しい気持ちを我慢しているんだなと思った。
「とりあえず、近い生地を持ってきてみますね」
リナリアは倉庫から生地を持って来たが、デザイナーさんは困り顔だ。
リナリアはふと、お嬢様の手元の扇が目に入った。その扇にもドレスと同じような宝石が付けられている。もし、開いたところにも同じ飾りがあるのならば、使えるのでは?お針子さん全員で縫い付ければ、夜会の時間に間に合うかもしれない。
「デザイナーさん、このお嬢様の扇はドレスと一緒に仕立てたものでは?」
その扇の宝石使っちゃえとは言えなかったが、デザイナーさんは、リナリアの言いたいことに気付いたようだ。
「お嬢様、ドレスに合う扇を用意いたしますので、お持ちの扇の宝石をドレスに使わせていただけませんか?」
「嫌よ。この扇は大切なものだもの」
お嬢様はつんと言い放つ。王族であれば、替えのドレスも用意はあるはずだが、おそらく他のドレスを着たくないから、このお嬢様は来店したのだろう。
「お嬢様、この汚れた位置から下を切り落とします。そして、これに合う色の質の良い生地でわざと切り替えているようなデザインにします。このようになりますが、良いでしょうか?」
デザイナーさんがこの短時間で考え抜いたデザイン画を見せる。
「良いわ。そうしてちょうだい」
デザイナーさんから指定された生地を取りに倉庫に行く。生地をお針子さんとデザイナーさんが話している所に持って行くと、お嬢様の着替えを手伝うように言われた。
ドレスを脱ぐのは大変だ。それも、これからまた着なくてはならないし、髪型も完成しているから、触らないように気を付けなければならない。その辺りはショップの店員さん達がやってくれる。リナリアは、外した装飾品を置いておく専用のケースを持つ係だ。
手袋や扇、ネックレスが置かれたケースを貴重品入れに持って行こうとした時、リナリアは扇を見てふと気が付いた。
「デザイナーさん、この扇、ドレスとお揃いなら手直しするんですか?」
「そうね。ドレスに追加した生地をそこにも入れないとね。開いて、ドレスを置くところの隣に開いて並べておいてくれる?」
リナリアは、貴重品入れにケースを置き、貴重品を触る専用の手袋をして扇を持った。
そして、お針子さん達の作業場に向かう。まだドレスを脱いでいる最中らしく、ドレスは置かれていない。
お針子さん達は、許可が出るまで針も鋏も持てないため、扇の元へ集まってきた。
「この扇、仕上げたの私だわー。どこに直しを入れるかしらね」
「とりあえず、デザイナーさんが開いて並べてと言っていたので、ここに置いておきますね」
リナリアが、パチパチっと扇を開く。
「何これ?なんでこんなものが挟まっているの」
扇を開くと、一枚の紙。新聞紙が出てきた。
リナリアは嫌な予感がしながら、その新聞紙を見る。
『今年も豊作トマト王家へ献上か』
そして発行日を見ると、三年前のものだ。
「騎士様か誰か!来てください!」
リナリアが咄嗟に声を出すと、お嬢様と共に来店した騎士が近寄ってきた。
「どうした!?」
「お嬢様の扇の中から、三年前の新聞が。違法薬物かもしれません」
その騎士は新聞紙を確認し、他の騎士も呼び、新聞紙を袋に入れる。ショップの方からはお嬢様の声が聞こえてくるが、騎士によって扉も閉められているので何を言っているのかは分からない。
しばらく、ざわざわとしていた。リナリアはお針子さん達と手を取り合って、おとなしく待つしかない。
ショップの方も静かになると、扉が開けられた。
「リナリア・マートル。久しぶりだね。覚えているかな?」
現れたのは、金髪の騎士だった。
リナリアが頷くと、その騎士の後ろからセザールが出てきた。
「事件へのご協力ありがとう。とりあえず、今日あったことについては口外しないように。後で一人ずつ聴取をするが、疑いが掛かることはない」
リナリアもお針子さん達もこくこくと頷くしかない。
その後、騎士達から話を聞かれたが、リナリアも預かった扇を開いただけであるし、扇にぴったりと新聞紙を入れるには、リナリアが運んでいた時間は短すぎたとのことで、話しただけで何も疑われることはなかった。
★★★
リナリアは新聞を読む。
違法薬物組織の逮捕、王宮騎士が活躍。新聞によると、ドレスショップに来たお嬢様は伯爵令嬢で、第一王子の婚約内定者だったらしい。婚約内定者という微妙な立場だったために、王宮に専属のお針子さんもまだ付いていなかった。だから、ドレスショップに来るしかなかったらしい。
お嬢様は、夜会で扇を他の貴族へ渡す予定だったらしい。その貴族も逮捕された。
「あのお隣に住んでいた、男の人の方はどうなったんですか?」
リナリアは、目の前に座る男に話しかける。
「あの男も少しばかり手間は掛かったが、色々教えてくれた。そうだな、リナリアさんが訪ねたカロル・ギルマンは、男が変装して作り上げた者だった。リナリアさんの新聞の件があって、実在の人物と共同生活をすることを避けたらしい」
新聞には、その男の件についても書かれている。
「届いた手紙を勘違いして仲間たちを動かしたため、組織を一網打尽できた、とは。手紙ってもしかして私が書いたものですか?」
「そうそう。組織内の決まり事として、鳥の便箋は退路を探せの合図、その合図と共に鉛筆を避けるべき場所を示すんだそうだ」
「鉛筆。あ。私が落とした鉛筆」
「その通り。組織の人間が一斉に王都から離れた。この建国祭の時に王都に来るのは分かるが、離れるのはとても目立ったからな。とても分かりやすかった」
リナリアは、ふうとため息をついた。自分がお隣さんのことを思って行動したことが、こんな王国規模の犯罪組織の逮捕に繋がるなんて思ってもいなかったのだ。
「これ以上の情報は言えないからな。もうその新聞を仕舞ってもらっても?」
リナリアは、広げた新聞を几帳面に畳んで鞄に入れた。
「セザールさん、それで。このお食事は逮捕貢献へのご褒美でしょうか」
リナリアは、セザールに食事に誘われたのである。今日は建国祭も終わり、ドレスショップの定休日だった。ゆっくりと起きて、新聞を読もうとしたところ、セザールが訪ねてきたのである。事件が解決したお礼だからと言って連れ出された。
しかし、リナリアはまだ新聞を読んでいなかったため、こうして食事前に新聞を読んで、セザールに質問をしていたのである。
ちなみに、セザールはリナリア・マートルと、フルネームで呼んできたため、リナリアは容疑者みたいだからやめてほしいと言った。そのため、リナリアさんと呼ぶことにしたらしい。
「ご褒美、ということにしておこうか、今日は」
なんだか勿体ぶったような言い方をされたが、前にも来た食事処だ。メニューは色々あるが、前回は味わう余裕があまり無かったため、同じメニューを頼むことにした。
「リナリアさん、そのメニューの組み合わせ、街でどういう意味で知られているか分かっているだろうか」
「え?同僚のお姉さん達のおすすめメニューとしか」
「そうだろうと思った。煮込み料理と蒸し料理の組み合わせは、私を連れて帰ってという意味だそうだ」
「連れて帰って?家まで送って欲しいという意味ですか?」
セザールは深く、深くため息をついた。
「男の家に連れて帰れという意味だ。ここまで言えば分かるだろう」
リナリアの顔が赤くなる。と、同時にセザールを睨みつける。
「そんなっ、知らなかった!ですよ!」
「そうだろうと思ったから心配するな。おい、俺をそんな目で見るな!」
リナリアは、お隣さん探しで気付いたことがある。考えることが多いのは疲れると。通勤時間や移動時間、たくさん考えて聞いてまわって。そして、こんなメニューにも裏の意味があってと。しかしいざ、それを体験すると、なんとも疲れる。リナリアは、郊外に引っ越そうと決意する。
そして、リナリアの引っ越しと入れ違いでアパートメントの隣にセザールが引っ越して来て、リナリアを探すことになるのだが、それは少し後の話。
読んでいただきありがとうございました。