中編
「隣人が面会に来た日、もしくはその前後の日にいなくなった」
「いなくなった」
いかついお兄さんが取調べに難しい顔をして来たと思ったら、なんとお隣さんは引っ越したらしい。せっかく会いに来たんだからお別れくらい言ってくれたら良かったのに。
「隣人のことで何か知っていることは?」
「出勤の時や帰りにたまに同じ時間になって挨拶するくらいです」
こう考えてみると、お隣さんのことなんて何も知らないなと思う。仕事も趣味も家族のことも。壁一枚隔てているだけなのに、壁の向こうは知らないでいっぱいだ。
「そうだろうな。よし、釈放だ」
「え?」
どうしてこのタイミングなんだろうか。ちょっとびっくりだ。だけど、私は関係無いことが分かったのだろう。見張りのお兄さん達には家から着替えを持ってきてもらったり、色々とお世話になったからちょっと寂しい気持ちもある。
職場に置いてあった私の荷物と、少しの着替えを持って、容疑者収容所を出た。
★★★
「オーナー!皆さん!迷惑かけました!ごめんなさい!」
収容所を出たその足でドレスショップに向かった。
「リナリアちゃん!痩せてない!?何も嫌なことを言われたりしなかった!?」
オーナーを始め、皆から心配されていたらしい。ずっと暇だったと言うと、皆がため息をついた。
「見張りの騎士様とかもいたんでしょう!?イイ男はいなかったの!?」
そんな発想はなかった。確かに、最初は口を聞くのも嫌だったが、何日も経つと、慣れてしまうもので、多少のお話もした。しかし、全員既婚者だったのだ。だから、私の着替えも奥さん達が私の部屋から持ってきてくれた。さすがに下着とかもあるしと言っていた。
皆に和やかに受け入れられてリナリアは安心した。正直なところ、犯罪者だとか、疑われるようなことをしていたとか言って、ドレスショップにいられなくなることも考えていたからだ。
リナリアは挨拶だけして、アパートメントに帰る。
隣の部屋のドアポストは塞がれていて、本当に引っ越してしまったのだと実感する。隣人はリナリアよりも前から住んでいたので、隣が空くのも初めてのことだ。
「隣人が犯罪者だと思ったのかな」
きっとそうだ。容疑者収容所に連れて行かれた人の隣の部屋だなんて、嫌に決まっている。関係無いことは分かったのに、入れ違いになってしまった。
「探そう、お隣さん」
取調べをしていたいかついお兄さんや大家さんも名前を教えてはくれなかった。引っ越しも以前から言っていたことだと大家さんは言っていたけど、私に気を遣ったのだと思う。
まだ日は高い。さっそく聞き込みだ。
お隣さんは、朝も夕方も顔を合わせることがあったし、夜物音がすることもあったから、昼間のお仕事のはずだ。それも、ドレスショップ近くに住んでいる私とタイミングが合うということは、きっと仕事場もこの近辺だろうな。
「トマトのサンドイッチと、チキンとカフェオレをお願いします」
近所の喫茶店だ。いかついお兄さんからもらったスケッチブックは何故かそのままもらった。いい紙だからもったいない気もするが、せっかくだしお隣さんについてまとめてみよう。
「すみません、人を探しているんですけど、四十代くらいの女性で、身長はあの看板の下くらい、いつも黒のぺたんこのパンプスにシャツのきれいな格好をしていて、髪の色はアッシュグレーで一纏めに後ろでまとめている、目の色は薄めの茶色のお姉さん、体型もスラッとしているんですけど、見掛けたことありますか?あの辺りに住んではいたのですけど」
「この辺の飲食業界には居ないね。常連のお客様にも同じ特徴の人はいないし、親戚か何かかい?」
喫茶店のマスターはこの辺りの人をよく知っている。
「近所に住んでいたんですけど、私この前間違いで街の騎士に連れて行かれてしまって。その間に引っ越してしまったので挨拶も出来ていないし、誤解されているのではとも思って」
「ああー、確かにご近所さんがしょっぴかれたら引っ越そうかなって思うよねえ。うーん、その格好でこの辺で働いていたなら書類仕事をしていそうだね。残業はしてた?」
「あまり遅くなってはいなかったですね」
「じゃあ、繁忙期があったとしても、追加で雇える大きな職場か、繁忙期の少ない業界だろうね」
マスターは、この辺りのいくつかのお店を教えてくれた。
書類仕事の代行屋など初めて聞く。この街に三年も住んでいるのに、知らない仕事もあるものだ。
「すみません、人を探しているのですが」
大きな建物の中は、いくつかのエリアに分かれていて色んな会社やお店の事務所部分が入っているらしい。この建物の管理をしている所に来てみたのだ。
人探しは実は頻繁にあるらしい。親戚と連絡が取れなくなったと田舎から訪ねてくることが多いそうだ。
「その見た目の人なら、この会社と、この事務所に一人ずついるから、訪ねてみてください」
この大きな建物に出入りしている人の名簿を確認してくれて、すぐに教えてくれた。もちろん、こちらが名前を知らないので、教えてはくれないが。
「失礼します。人探しをしているのですが」
二階の会社をまずは訪ねる。この会社は流通関係の税金なんかの計算や書類を作っている所らしい。計算機の音がカチカチとしている。
「人探し?田舎から出て来た兄弟でも探してるのかい?」
出入り口の近くにいた眼鏡のお兄さんが来てくれた。事情を話し、お隣さんの特徴を伝えると、職場の奥の方へ行き、すぐに帰ってきた。
「うちの人じゃないって。通勤に三十分以上かかるし、持ち家でそこに五年は住んでいるから」
「そうですか。お手間を取らせてすみません。失礼します」
もう一つの事務所でも結果は同じ、アパートメント暮らしではないとのことだった。
「まあ、この辺にお勤めだから、急いで探す必要は無いものね」
そう思っていたが、次の休日も丸一日掛けても手がかり一つ見つからなかった。ドレスショップも建国祭前で忙しく、生地の仕入れも増えていて、仕事もヘトヘトだ。
「リナリアちゃん、最近お休みの日に街でよく見掛けるわ。デートかしら?」
「喫茶店のマスターから聞いたんだけど、人探ししてるんだって」
「なんで?誰を?」
「この前連れてかれた間に近所の人が引っ越しちゃって、気にしてるみたいよ」
「そんなの街じゃよくある話だけど、リナリアちゃんは田舎の生まれ育ちだから気にしてるのね」
「まあ、気が済むまで見守るしかないけど、その間にイイ出会いもあるかもしれないし?」
「そこから私達も紹介してもらえるかも?」
「ちょっと、私も知り合いに聞いてみよ。その人の特徴何てったっけ?」
リナリアの知らないところで、リナリアが人探しをしている情報が回っていく。田舎から出て来て何もかもに目をキラキラさせる子はかわいいと、街で生まれ育った同僚たちはリナリアを可愛がっているのだが、リナリアはあまり気付いていない。
「リナリアちゃん、人探しはどう?」
ある日の昼休みに、交代で休憩しているお針子のお姉さんからそんな話をされた。
お針子さん達は繁忙期になると交代で休憩をするようになる。一人一着を仕上げるのではなく、休みなく二人で一着を仕上げるらしい。そのため、お針子さん達の職場ではお昼御飯が食べられないため、お針子さん達は外で食べるか、この倉庫の一角に食べに来るのだ。
「何で知ってるんですか!?」
「喫茶店のマスターが言ってたのよー」
「そうだったんですか。もうそれが全く手がかりも無く」
お針子さんはそうねえと言って、サンドイッチを頬張る。そのサンドイッチは、あの喫茶店の。このお姉さんは常連さんなのだろう。
「勤務時間的にはこの辺なんだろうけど、あんまりにも手がかりが無いのもおかしな話ね。むしろ、休みの日に一日外にいたらすれ違ってもおかしくないじゃない」
「そうですよね。もしかしたら仕事も辞めたのか、それとももっと遠くで働いていたのかもしれません」
「仕事を辞めてたとしたら、辞めた人がそんなかんじの人だったよって話が出てくるハズじゃないかしら。短い勤務時間で、街から少し出たところで働いていたのかもね」
「なるほど。馬車の停留所で聞き込んでみます」
善は急げ。リナリアはその日の仕事終わりに、最寄りの停留所で馬車を待つおじさんに声を掛けた。
「ああ、そんなかんじの女性なら、ここでよく降りていたよ。私はここで乗るから、彼女が降りるのを待つからね、よく覚えているよ」
「そうだったんですか!最近は見ていないですよね?」
「そうだね、一週間前くらいからパッタリ見なくなったね。引っ越したんだろうけど、建国祭前のバタバタする時期に引っ越しだなんて大変だなと思っていたんだよ」
そのおじさんに事情を説明すると、馬車の行先を丁寧に説明してくれた。
リナリアは帰宅すると、スケッチブックに書いていく。
「この停留所で降りてくるから、こっち方面が仕事場ね。それで、街から通うような職場があるとしたら、この辺りかなと」
馬車は住宅街からこの街に来る。住宅街には貴族の邸宅も多い。ここは王都だから、いわゆるタウンハウスというものらしい。その貴族の邸宅の掃除婦だったり、使用人として働いているのではというのが、停留所のおじさんの推理だ。
お隣さんの服装を考えると、あのシャツの上にエプロンを着たら、確かに使用人に思えてくる。たまに、ドレスショップで生地の質感を触って確認したいという依頼があると、倉庫から生地を持って行くことがある。その時に貴族の奥様やお嬢様の後ろに控えている女性の使用人、侍女というのだろうか。そういう仕事をしていそうな雰囲気である。
建国祭の前々日。リナリアは休みだ。建国祭の為に注文されたドレスはすべて発送済み。ちらほら、裾や飾りの直しに訪れる人がいるけど、リナリアの仕事は落ち着いた。ちなみに、建国祭当日はドレスの一部が破れたとか言って駆け込みのお客様が来るから、ドレスショップで待機の予定だ。
建国祭は、街は朝からお祭り騒ぎ。王宮では国中の貴族が集まる大夜会が行われ、夜会と言っても貴族達は社交?の為だとかで昼間から王宮の庭園でのパーティーや、この街のお祭りに参加したりと大忙しらしい。昼と夜とでドレスも替えるから二着は必要だし、どこかに引っ掛けて破れたりというハプニングも付いてくる。
リナリアは、馬車に乗って住宅街へ向かった。
「すみません、人探しをしているのですが」
住宅街を管理している事務所に行くと、事務所内はバタバタとしていた。どこの邸宅にいくつの馬車が乗り付けているだとか、この道は一方通行の看板がいるだとか大騒ぎだ。
「お嬢さん、人探し!?こんな忙しい時に…」
露骨に嫌そうな顔をされたが、椅子に掛けるよう促された。
「すみません、建国祭前って忙しいんですね」
「馬車がたくさん通るからねえ。場所や馬車の大きさによっては、すれ違えない道もあるから看板を立てたり、お知らせしたりとあるんだよ。まあ、知らない人も多いから仕方ないよ。それで、人探し?どんな人?」
リナリアはお隣さんの説明をする。もうすっかり慣れた説明だ。
「一応この住宅街は貴族邸も多いからある程度、住んでいる人は把握しているんだけれども、さすがに雇われている人までは分からないんだよね」
「そうですか。お手数お掛けしました」
「だけどね、住んでいる人は分かるし、その人がもしもこの住宅街に引っ越していたら記録も新しいからね。ちょっと待ってなさい」
諦めかけたが、親切にもここ一ヶ月くらいの転入届を見てくれた。建国祭前にわざわざ引っ越してくる人は少ないらしい。
「お嬢さんのいた街からは二人、引っ越して来ているね。一人は男性で、髪はアッシュグレーで背は平均よりも低く、貴族邸で侍従をしている人だ。すらりとした人だけど、男性だからね。もう一人は女性で三十九歳。黒髪で背は平均的。仕事は掃除婦さんだそうだ。一人暮らしで、この住宅街の隅の方のアパートメントに来たとある。髪の色なんて、光の加減で見え方が変わるものだし、この女性の可能性が高いかな?」
二人の転入届を見せてもらうと、確かにこの女性かもしれないと思えてきた。掃除婦さんなら、掃除が終わり次第帰られるし、季節によっても庭掃除などあったりして、少し帰宅時間や出勤時間が前後することもあるだろう。住宅街の地図を見せてもらい、訪ねてみることにした。
「そうそう、もし居なければお手紙でもポストに入れるといい」
なんだかんだ、面倒見が良い事務所のおじさんは、便箋と鉛筆をくれた。鉛筆は持っていたから大丈夫と断ったが、住宅街の名前の入った鉛筆が余っているから宣伝にと言って頂いてしまった。
住宅街は一軒一軒が大きい。裕福な平民も、貴族邸と同じ住宅街に家を持つことが多い。どの家も庭が綺麗に整えられている。庭の緑を見て田舎を思い出したが、ここに牛はいない。
しばらく歩くと、目的のアパートメントに到着した。カロル・ギルマンと、ドアに書いてある。見せてもらった転入届と同じだ。
コンコンコン
コンコンコン
ノックをしても返事がない。どうやら留守のようで、物音一つ無い。もらった便箋で手紙を書く。お隣さんでも無い可能性もあるため、どう書こうか悩む。
『こんにちは。私はリナリア・マートルと言います。あなたがもし、前に住んでいたアパートメントのお隣さんでしたらと思い、お手紙を書かせていただきました。とある事件の容疑者となってしまいましたが、この度疑いも晴れ、無事にアパートメントへ戻っています。心配を掛けてしまってごめんなさいと伝えたかったのです。そして、私が捕まったことが原因でお引っ越しされたのでしたら、お引っ越しに掛かったお金を負担させてください。追伸、人違いでしたらごめんなさい。その際にはこちらの住宅街の事務所の方に伝えてくださいね。私は定期的に連絡をしに来るつもりですから』
これで大丈夫だ。ドアポストに、便箋を入れて帰ろう。
「そこで何をしている!?」
突然、大きな声がした。思わず鞄を落としてしまい、中身が散らばる。
「すみません!お手紙をポストに入れていただけです!すぐに帰りますので!」
散らばった物を鞄にかき集め、立ち上がる。アパートメントの廊下に、一人の男性が立っていた。
「なんだ。どこかの小間使いか?ドアの前にしゃがみ込んでいたから、泥棒が鍵をこじ開けてんのかと思ったんだ」
その男性は、お隣さんだったかもしれないカロルさんの、今のお隣さんらしく、隣の部屋の鍵を開けて入っていった。リナリアも長居する必要は無い。アパートメントの階段を急いで下りる。
馬車の停留所に向かおうと思ったが、一つだけ気になることがあった。もう一人のこの住宅街へ転入してきた男性だ。髪はアッシュグレーで、背が低めですらりとした体型ということはもしかすると女性に見えてもおかしくないのではと。ずっとお隣さんは女性だと思っていたけれど、性別を聞いたわけでもない。世の中には、男性に生まれたが女性でありたいと思う人もいると、新聞で読んだ。容疑者になってから、新聞を細部までよく見るようになった。そして日付の確認も怠らない。
ちょうど、その男性の住んでいる家も停留所に行く道中にある。見開きで二人分の転入届を見せてもらったから覚えていたのだ。
小さな一軒家だ。男性の一人暮らしということは、それなりにお金を持っている人だ。貴族家の次男や三男が長男が家を継ぐタイミングで外に家を買って出ることが多いと聞く。アパートメントからこんな住宅街の一軒家なんて、考えられないが、何となく、気になったのだ。
ドアをノックする。
コンコンコン
中から足音がする。
「はい、どちら様でしょう」
ドアのすぐ内側から声が聞こえる。
「こんにちは。リナリア・マートルと言います。人探しをしていまして」
性別だけ伏せて、お隣さんのことを話すと、扉が開いた。
「お前、何をしている?」
そこには容疑者収容所で取調べをしていた、いかついお兄さんがいた。
「アッシュグレーの髪の、背が低めの方は?」
「それは私の兄だ。私は打ち合わせの為に訪れている」
「お兄様は、私のお隣さんではない、ですよね?」
「そうだな」
「帰ります。失礼しました」
会釈して、そそくさとドアから離れる。
「セザール、どうしたの?お客様?」
恐らく、いかついお兄さんのお兄さんだろうけど、恥ずかしくなってきたので、何回も会釈をしながらドアから離れて行き、道に出たと同時に走り出す。あのお兄さんに、いい思い出はない。
馬車の停留所に着き、呼吸を整える。田舎生まれをなめるな。かけっこで負けたことはない。
馬車が来た。乗り込んで座ると、少し安心した。
そしてぐちゃぐちゃになった鞄に気が付く。中身をゴソゴソと整理することにした。ちょうど、馬車の中も老夫婦がうとうとしながら乗っているだけだ。
ポーチやお財布をいつもの場所に詰める。そしてあ、と気付いた。事務所で頂いた鉛筆が無い。きっと、鞄を落としてしまった時に転がったのだろう。せっかく頂いたのに、申し訳ないことをしてしまった。
★★★
「この手紙は」
アパートメントの一室。ドアポストから抜き取った手紙を見て、男は震えた。
「この便箋、緊急事態ということか。そして廊下にあった鉛筆は王都を指していた。もしかしてあいつは本当に?いや、ちゃんと調査したはず。偶然か?」
男は焦る。鳥の模様の入った便箋は、緊急で退路を探せという意味だ。そしてアパートメントの廊下には王都方向へ先を向けた鉛筆が置いてあった。王都にいる組織に何かトラブルが起き、急ぎ身を隠せということだ。
「あの女、本当にこっちの人間だったのか?しかも捕まった上に釈放されているとは」
三年前に田舎から引っ越して来た女。物音に怪しさも無い、ただの倉庫係の女。引っ越して来てしばらく経つと、数日ぱったりと姿が見えなくなった。新聞がドアポストに溜まったため、大家に伝えると、田舎に帰省したのだと言う。
その後も、年に数回の帰省をする他は怪しい点は無かった。元々田舎者っぽい雰囲気であるし、帰省は本当だろうと考えた。しかし、新聞を取っているのにゴミに新聞が無い。出勤時に居合わせ、鞄の中身を覗き込むと、どうやら職場に新聞を持って行っているようだった。これは使えると思ったのだ。
「おい、鳥の便箋がポストに。鉛筆は王都を指していた」
急ぎ、仲間に伝える。
もしかしたら偶然かもしれないと思ったが、偶然でなかった場合が恐ろしい。ただの一般人の隣人だと思って利用した人間が、実は組織内の人間で、爪が甘かったのか捕まった。しかし、潔白を証明し釈放され、組織には危険を知らせた。
★★★
「釈放した女が、カルメン・ブロンデルを探しているようです」
「え?何で?」
「昨日、兄の家に行っていたんですが、いきなり訪ねてきて、人探しをしていると言って、カルメン・ブロンデルの外見を伝えてきました」
「どうして君のお兄さんのところに?」
セザールは、ジェレミーに調べてきたことを報告する。
「調べたところ、住宅街の管理事務所に人探しをしていると言って訪れたようです。それで、管理事務所の男が、最近この街から越してきた二人を紹介したと。おそらく、兄の外見の髪の色や身長から寄ってみたのでしょう。本命はもう一人の女性だったようです」
「その本命の女は調べたか?」
「いや、転入届を見ましたが、他人でした。家を確認しましたが留守でした。おそらくそれで、兄の家も訪ねてみたのかと」
ジェレミーは考える。ドレスショップはほとんど白だった。
「それで、セザールが調べたカルメン・ブロンデルはどうだった?」
「どうやら、貴族邸に使用人として住み込みで入り込んでいるようです。カルメン・ブロンデルが組織の人間であれば、その貴族家が違法薬物を扱う組織の隠れ蓑と考えても良いかと」
「よし、そこを訪ねるしかないな」
「騎士のジェレミー・ネルヴァルという。調査の為、聞き込みに来た」
貴族邸の門が使用人によって開かれる。そのまま、邸内の客間に通される。
「騎士様、お待たせ致しました。すみません、建国祭前で立て込んでおりまして」
「いや、こちらこそ忙しい時に悪いな。フォルジェ伯爵で間違い無いだろうか?」
「はい。そうでございます」
ジェレミーは控えていたセザールに目配せをして資料を出す。
「ここに、カルメン・ブロンデルという女性が住み込みで働いているのは確かか?」
フォルジェ伯爵は控えていた侍従の方を見ると、その侍従は頷く。
「すまないが、その女性をここに呼んでくれ」
侍従が部屋を出る。フォルジェ伯爵は彼女が何か、と言っているが、下手にここで情報を出すわけにはいかない。
しばらくすると、ドアがノックされ、侍従が一人の女性を連れて入ってきた。
「お前は誰だ?」
セザールが思わず声を漏らす。
「カルメン・ブロンデルと申します。ここで使用人として働いているのですが」
「カルメン・ブロンデル。この住所に覚えは?セザール、面会の日の資料も出せ」
「この住所は先週まで住んでいた所です」
「それでは、この面会簿に覚えは?」
「面会?どこの誰にでしょう?」
ジェレミーとセザールの額に冷や汗が流れる。
「カルメン・ブロンデル。それでは、あなたはなぜこの忙しい時期に引っ越しを?」
「三ヶ月前に、住み込みで働いていた先輩使用人が田舎の母の体調が悪いということで退職することになりました。体調が悪いと言っても、今すぐに助けが要る訳では無いということでしたから、三ヶ月間で私に仕事を引き継ぐことになったのです。私は元々街の方に住んでいたのですが、先輩のしていた仕事もするとなると、勤務時間も長くなりますので、先輩の住んでいたお部屋に引っ越すことにしたのです。引っ越しは建国祭が終わってからでも良かったのですが、通勤に時間がかかるのも、私も四十代ですので辛いところでして、この建国祭直前というタイミングになりました」
「私は街の警備騎士をしている、セザール・モランという。先日、あなたの住んでいたアパートの隣人である、リナリア・マートルが違法薬物への関与の疑いで捕縛されたが、それについて何か知っているだろうか?」
カルメンは、一瞬驚いた顔をしていた。
「そうだったのですか。引っ越しの挨拶をしようと思い、部屋を訪ねたのですが、留守にされていたので、挨拶できないままでした。お隣さんは、たまにすれ違った時に挨拶を交わす程度しか接点がありませんでした」
嘘をついているようには見えないカルメンの様子に、セザールは肩を落とす。
「カルメン・ブロンデル、私は王宮騎士団のジェレミー・コルトという。違法薬物については国の問題でもあるため、街の警備騎士だけでなく、私も調査に加わっている。精霊に誓って、嘘を言わずに答えてほしいことがいくつかあるが、良いか」
「はい、もちろん。精霊に誓って嘘は言いません」
カルメンだけでなく、フォルジェ伯爵も王宮騎士という言葉を聞いて背筋を伸ばしている。この国では王宮騎士は特別な存在だ。騎士になれる資格が限られているため、単に剣の技術や身分や財力、頭脳があれば入れるというものでないためである。
「まずは、隣人であるリナリアがどこで働いていたか知っているだろうか?」
「本人に職場を聞いたことはありません。しかし、暑い日に職場が近いから汗が出る前に着くからここに住んで良かったと言っていましたので、近場であることは知っています」
「普段のリナリアから、職場は予想できるだろうか」
「夏は水筒を二つ持っていましたので、事務作業等ではないことくらいでしょうか。正直、そこまで考えたことはありません」
「それでは、リナリアについての印象は?」
「田舎から王都に憧れて出て来た女の子、という印象です」
「リナリアについての交友関係で知っている、分かっていることは?」
「彼女以外がお部屋に出入りしているようではありませんでした。物音も気になることがありませんでしたので、誰かを家に招待するタイプでは無いのかな?というくらいです」
「なるほど。典型的な、王都のアパートメント内の接点に留まる範囲だ」
カルメンは、そうですねと言って頷く。
「カルメン・ブロンデル。すまないが、あなたの名前を使った、あなたに見た目を似せた人物が、容疑者収容所にいたリナリア・マートルを訪ねてきたことがあった。その件で、何度か騎士が質問等をしに来ることがあると思うが、その際は協力を頼む。フォルジェ伯爵も、良いだろうか」
「もちろん、騎士様方の調査には必ず協力いたします」
ジェレミーは、さてどうしたものか、と考えを巡らせながら、伯爵家を後にした。
「セザール、恐らくだが、可哀想なことにカルメン・ブロンデルは一つの部屋を知らない間に誰かと共有していたのではと思う」
「共有ですか?」
「そうだ。それも、随分長い間」