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隣人のゆくえ  作者: とこ
1/3

前編

初めての作品です。よろしくお願いします。

頑張って書いてみたけどたぶん誤字もたくさんあるだろうし、改行もわけ分かんなくなりました。温かい目で見て(読んで?)欲しいです。

 「おはようございます」

 「おはようございます」


 「こんにちは。暑いですね」

 「こんにちは。そうですね」


 隣人との会話なんて、どこもこんなもんだろう。リナリア・マートルはドレスショップに勤める二十一歳の女性だ。


 いや、ドレスショップに勤めていると言い張っているが、ドレスショップの奥の奥、生地の入荷や在庫を確認する倉庫が勤め先だ。それでも、ドレスショップの職員に変わりない。接客やコーディネートをする同僚が羨ましいかと聞かれたら、それはやっぱり羨ましい。だけど、この無駄に高い身長に、ウェーブが強めの茶髪、茶色の目。顔立ちもスンッとしていて、ザ・普通。接客をするスタッフに混じったらそれはそれは目立つだろう。悪い意味で。それを十分に理解しているから、倉庫係で良いのだ。背が高いから、踏み台を使わなくても届く棚だってあるし、たまに仕入れのおじさんがお菓子を分けてくれるし、同僚だって、お客様からいただいたお菓子を忘れずに分けてくれる。こんなにいい職場があるだろうか。


 ドレスショップ倉庫係の朝は早い。ドレスショップの開店は朝の十時だが、開店に向けて生地の仕入れや在庫の確認が必要だからだ。リナリアの出勤時間は八時。近くのアパートメントに住んでいるから、朝は早くても六時半起床である。


 パンにハムとレタスをはさんで、コーヒーを飲みながら、ドアポストに突っ込まれていた新聞を持ってきて、パラパラと読む。

 女の子の一人暮らしなんてと両親は心配したけど、実家には兄夫婦が住んでいて、働くタイミングで出るのが一番だと思ったし、街で暮らしてみたかったという夢も叶った。恋人はいないけど、まあ気にしないふりだ。きっと平民なんてこんなかんじよ、きっと。


 コーヒーを飲み終え、新聞を畳む。大きな見出しだけ確認して、気になった記事はお昼休みに読む習慣だ。読み終わった新聞は職場に置きっぱなし。ドレスを運搬するのに箱をフカフカにしないといけないみたいで、古紙をたくさん詰めるらしい。新聞もそれに使うから、皆読み終わった新聞を持ってきているんだって。


 「あれ?」


 畳んだ新聞を鞄に入れると、いつもと何か違う気がした。毎日同じことを繰り返していると、ちょっとした変化に敏感になるものだ。


 「変な折り目が付いてる」


 一度違う向きに折った跡がある。それで、いつも通り畳んだのにちょっとフワッとして、鞄に入りにくくなっていたみたいだ。配達員さんがポストに入れるときに折ったけど上手く入らなくて、折り直したのかな。


 ドアポストも、家の数だけ様々あるから、この折り方だと落ちやすいとかあるのかもしれないな。配達員さんも大変だな。


 リナリアは、会ったこともない配達員にエールを送りながら、簡単に化粧も済ませて、家を出る。

 鍵を閉めて、ちゃんと鍵が掛かったか引いて確かめる。これがリナリアのルーティンだ。そして、週に何回かは隣人の女性と鉢合わせるが、今日はいないらしい。リナリアの部屋は二階の角部屋で、お隣は四十代くらいに見える女性が一人で住んでいる。直接聞いた訳では無いけれど、その女性以外を見たことがないから、きっとそうだ。そもそも、このアパートメントはワンルームだし。


 今日は天気がいい。きっとお客様も多いだろう。そして、ショップの方から何回も在庫の生地の確認に来るのだ。晴天を見て、リナリアは気を引き締める。


 数分で到着した職場。スタッフは裏口から入るのだが、リナリアの職場はこの裏口すぐ横の倉庫だ。続々と出勤してくるスタッフに挨拶をしていく。



 リナリアは、まずは帳簿置きにあるメモを取って、帳簿と照らし合わせる。お針子さん達は、急ぎの注文や手直しが入ると、夜遅くまで残業することがあるのだ。その時に倉庫から糸や生地を取っていくのだが、在庫数が合わなくなるので、メモを置いていってくれる。今日もメモがたくさんだ。建国祭が近いため、ここ数週間は大口のお客様がたくさん来ているらしい。帳簿から、メモの数を引いて書いていく。一応、倉庫の在庫も間違えがないか確認して、よし、大丈夫だ。


 「朝の申し送りをしますよー!」


 ショップの方から声が掛けられる。一番遠くのリナリアは待たせてはいけないと、走っていく。


 ショップの中はキラキラとしている。宝石を付けたドレスもあるし、そもそも明かりの数が多い。リナリアはここに来ると、ドレスショップで働いている実感が得られるので、毎朝の申し送りが大好きだ。

 ドレスショップのオーナーが話し始める。


 「おはよう。皆、建国祭が近付いてきて毎日忙しいわね。あと数日だから頑張りましょうね。昨日ドレスの直しをしたご婦人から差し入れがありましたから、後で配りますね。各々で体調管理も忘れないように。お針子さん達も、根を詰め過ぎないようにね」


 オーナーはいつも皆のねぎらいをしてくれる。リナリアはオーナーの言葉を聞くと、ここで働けて良かったなと思う。オーナーは続けて大口契約の確認や、今日すでに入っている予約を言っていく。今日も予約でいっぱいだし、突発的なお願いや手直しが入ることも多いから忙しくなるな。


 「それと、本日は重客がお見えになります。皆、気を引き締めて、いつ見られても良いようにしておくのよ」


 オーナーの最後の言葉に、接客スタッフもお針子さんも、倉庫係のリナリアも思わず背筋を伸ばす。


 重客、というのはこのショップでは王族がお見えになるということだ。警備のことがあるから、予約はオーナーしか知らないし、王族の誰が来るのかもスタッフには一切知らされない。オーナーが付いて回るから直接話すことも無いのだが、護衛の為にといって、ショップの隅々まで侍従や侍女と言うのだろうか、お付きの人々が見て回るのだ。

 倉庫は人を隠すにはもってこいの場所らしく、王族が入店する前に隅々まで見られるし、その後も裏口があるからと言ってずっと護衛みたいな人がいるから、仕事がし難いし、正直邪魔だから仕事の進みが悪い。


 「とにかく在庫確認を急いで、入れ替え作業が先。帳簿は奴らが来てからすればいいから、とにかく動き回るのよリナリア」


 リナリアはブツブツと呟きながら倉庫に戻る。アラ、リナリアちゃんは今日も全力ね、と、オーナー達が見守っているとも知らずに。


 リナリアは頑張った。人が入ってくると邪魔でし難くなる作業を全力でやった。よく使うものは手に取りやすい高さに、仕入れた生地に注文と間違えがないか確認して、決められた棚へ。新しい種類のものは、色の順番通りの場所へ、入れる所がなければ、ずらしていく。


 作業がやっと一段落ついたとき、ショップの方がザワザワし始めた。倉庫からは、ショップと繋がるお針子さん達の作業場しか見えないが、雰囲気が変わった。リナリアは生き物の雰囲気に敏感だ。なんてったって、実家は牛を育てている。ちょっとした雰囲気の変化に気付かなければ、生き物は育たない。特に、山からオオカミが下りてくることもあって、そんな時に山の雰囲気を察知出来なかったら牛がやられて大赤字だ。

 両親からは、リナリアは野生児だねと褒められていたが、その能力はこんな時にも役に立つとは。リナリアはお針子さん達の作業場に、そろそろ来ますね!と声を掛け、深呼吸して帳簿の席に着く。

 実は、お針子さん達はいつもこのリナリアの声で重客の到来を知るのだが、リナリアはそれを知らない。


 ショップからぞろぞろと人が入ってくる音がする。お針子さん達の作業場から声が聞こえるので、盗み聞きする。


 「王族の来店ゆえ、針を置いてもらえないだろうか」


 そう、王族の来店時には、針や鋏を持つことは許されないのである。可哀想なお針子さん達。きっと、さっさとドレスを決めて帰ってほしいだろうに。

 足音がどんどん大きくなり、倉庫にきれいな格好をしたお兄さん達が入ってくる。一応、リナリアはお辞儀をした。


 「王族の来店ゆえ、倉庫内を改めても?」


 リナリアはどうぞ、と言ってコクコク頷く。そして鉛筆を持ち直して、帳簿仕事の続きをする。


 「これは!おい!お前!これは誰の物だ!」


 いきなり、リナリアの肩が掴まれた。目の前には、今朝持ってきた新聞が突き出されている。


 「わ、わたしが、今朝持ってきた新聞です」


 「こいつを捕まえろー!」


 ええーとも、うそーとも、なんでーと言う暇もなく、リナリアは縄で腕を縛り上げられた。痛い。


 そのままズルズルと引きずられてお針子さん達の前を通り、ショップの方へ。皆に見られて恥ずかしい。ただの倉庫係に何の用だろうか。新聞に王族に対して良くない記事でもあったのだろうか。


 ショップではオーナーが心配そうな顔で見ている。こんな倉庫係が店を騒がせてごめんなさいと言いたいけど、口にも縄が巻き付けられて喋られない。


 リナリアはそのままショップの外にあった馬車に乗せられた。ちらっと見えたかんじで、王族が入るような馬車ではなかったから、きっと荷物とか警備の人を乗せる馬車だろうなとか考えていると、中の椅子に座らされた。


 「で!?お前は運び屋か?それとも実行犯か?」


 縄を掴んでいるいかつい男がそんなことを言っているが、縄のせいで話せないし、運び屋も実行犯も覚えがない。とりあえず、首を横に振り続けることにした。


 「何も知らないぶりやがって。とりあえず、お前には容疑が掛けられている。これから然るべき場所へ連れて行く」


 訳が分からないが、リナリアはどこかへ連れて行かれるらしい。馬車が動き始めた。馬車の中は窓も閉められて、どこに向かっているのかも分からない。そのうち、馬車が止まった。リナリアは頭から布を被せられて、縄を引っ張られる。その縄に連れられるようにして歩いていく。


 「ここに座れ、リナリア・マートル」


 言われるがままに座ると、頭から被った布が取られる。

 石造りの部屋で、目の前には騎士のような格好をした男の人が椅子に座っている。金髪に緑の目をしていて、絵本から出てきたみたいなお兄さんだ。私が座っている椅子は木で出来たボロ椅子だが、お兄さんが座っているのは装飾がされた布張りの上品な椅子だ。

 ちなみに私の隣にはいかついお兄さんが立っていて、縄を椅子に結んだりしている。

 いかついお兄さんは、縄を結び終わったらしく、立ち上がると私の口に掛けていた縄を取ってくれた。

 うわ、口の周りがヨダレでベタベタしてる。服の裾でいいから拭きたい。でも縄で手も動かせないな。


 「さあ、自己紹介をしてくれるかな?」


 金髪のお兄さんは、お構い無しに質問をしてきた。自己紹介って、就職試験の時に考えた内容でいいかな。もう三年前のことだけど、夢の街暮らしに向けて暗記したから、言葉の端々は違うかもしれないけど、多分言えるはず。


 「山間で牛飼いをしているコックローニ村というところから来ました、リナリア・マートルといいます。特技はオオカミの気配を察して牛を避難させることと、牧草ロールを上手に転がすことです。そのため、体力には自信があります。身長も高いので、高いところにも手が届きます。街で暮らすことが夢で、実家は兄がお嫁さんを連れて帰ってきたので、家を出たいと思いました。ドレスショップに就職したいと思ったのは、街で一番キラキラしていると思ったからです」


 一体、私の何がどうでここに連れて来られたのかは分からないが、きっとこの自己紹介で、私は田舎で生まれ育ち、街に憧れて出てきた一般人という印象は与えられただろう。

 金髪のお兄さんは、私の顔をじーっと見ている。ここで目を泳がせたりしたらまた何か疑われるかもしれないから、私もお兄さんの目を見ることにしよう。


 「君、いや、リナリア・マートル。貴女が持っていた新聞、これはどこで手に入れたモノかな?」


 そういえば、新聞が私のだと言ったら連れて来られたんだった。


 「今朝、ドアポストに」


 金髪のお兄さんは眉間にしわを寄せた。綺麗な顔の人はこんな顔しても絵になるんだなと感心する。


 「起床してからの動きを全て言うように」

 「はい。今朝は六時四十分に起きました。顔を洗って、髪をまとめて、パンにハムとレタスを挟んで、お湯を沸かして、コーヒーを入れてから、玄関のドアポストに入っていたその新聞を出して朝食を摂りながらパラーっと見て、食べた後の片付けをしてから、新聞を鞄に入れて、お化粧をしてから家を出ました。寄り道しないで職場に行ってからは」

 「そこまででいい。仕事場でのことは同僚達へ聞くから、後で他の行動をしていないか確認させてもらう」


 ところで、この金髪のお兄さんは何者なのだろう。両隣のいかついお兄さん達は街の警備をしている騎士と同じ服だけど、この人はなんか服がカッチリしている。騎士っぽくはあるけど、動きにくそうな生地だ。


 「先程、新聞をパラーっと見たと言っていたが、内容を覚えている範囲で言いなさい」

 「ええー。すみません。いつも朝は見出しだけしか見ません。気になった記事だけをお昼休みに読むので」


 思わず、ええーとか言ってしまった。


 「覚えている範囲でかまいません」

 「ええっと、今年も豊作トマト王家へ献上かっていうのと、建国祭の目玉は誰だというのと、アパートメントでの犯罪が相次ぐというのは、見ました。見出しだけ」


 金髪のお兄さんはハアとため息をついている。どうして。言われたことに答えただけなのに。平民の気になる記事なんてこんなもんなのよ。


 「これがいつの新聞か、確認したか?」


 今朝ドアポストにあったじゃない。いつの新聞とは。


 「そうだな、見出しだけしか見ていないんだろう。これは、三年前の新聞だ。何かおかしいことに気付かなかったか?」


 知らない。おかしいこと。知らない。そうだ、そういえば。


 「いつもと、違う折り目が付いていました。でも、配達員さんの入れ方の問題だと思って。それ以外は何も気付きませんでした」


 金髪お兄さんはまたため息をつく。幸せが逃げちゃう。でも、お前のせいだと言われそうだから、黙っておこう。


 「まあ、この時期の新聞なんて、作物や建国祭の話題が出やすいから、気が付かなかったのも無理はないか」


 そもそも、私は何を疑われているんだろうか。聞いても良いのかな。


 「そうそう、君には違法薬物の取引きに関与した疑いが掛かっているからね、しばらくこの容疑者収容施設にいてもらうからね」


 えええええ、何で。


 「この新聞が全てさ。まあ、疑いが晴れるまで、ここでゆっくり過ごすといい。面会も見張りが記録するけど自由だし、急ぎの用があるなら、一先ず今言ってもらっても構わないけど」

 「わたし!仕事があります。倉庫係は私だけなので、一日や二日いなくても何とかなると思うのですが、そうでない場合とか。それに、今は建国祭前なので忙しいです。とっても、とっても」


 私のせいで、皆が困るのは嫌だと思って一生懸命伝えたら、金髪のお兄さんは、頭をぐしぐし搔いている。


 「君、容疑者なんだよ?うーん、とりあえずオーナーを呼ぼうか、君の仕事の引き継ぎに必要な書類とか分かるようになっているか」

 「倉庫の机に帳簿があります。それがあれば、説明出来ます」



 しばらくすると、オーナーがやってきた。


 「リナリアちゃん、乱暴はされてない?ちゃんとご飯もらえてる?」


 オーナーは心配そうにしてくるけど、騒ぎを起こしたとか言ってクビにならないか心配だ。


 「すみません、オーナー。それで、ヨウギシャになっているので、何日仕事に行けないか分からないんです」

 「仕事のことは心配しないでちょうだい。あなたのきれいに付けてくれている帳簿のおかげで、だいたいのことは把握出来ているから。これ、今朝言ってた差し入れよ。皆、あなたが犯罪になんて関わっていないことは知っているわ。容疑が晴れるまで、辛いかもしれないけれど、頑張るのよ。間違っても、嘘を言ったりしたらダメよ。わかった?」


 オーナーは、この街でリナリアのお母さんみたいだ。田舎の母ちゃんは朝から番まで騒がしいから、全然人としてのタイプは違うけど。でも、二人とも私を見る目が同じだ。オーナーがいなかったら、私は一年くらいで仕事を辞めていたかもしれない。


 「ありがとうございます。私は精霊に誓って嘘をつきません」


 この国では精霊をとても大切にしている。精霊が見える人もいるし、そういう人は精霊から力を借りて特別な力を手にすることが出来るらしい。でも、そういう人達は騎士になったりするから、田舎にはいなかったし、関わることもなかった。だけど、精霊は生き物を支えているらしいから、ご飯が美味しいのも、ドレスの生地がきれいなのも、きっと精霊がいるおかげだと思う。だから、私達は精霊に誓う。


 オーナーはお菓子の入った紙袋を渡してくれた。見張りの人が、オーナーを連れ出して、私は寂しくて泣きそうだったけど、心配させたくないから、堪えた。

 多分、この紙袋もまだ開けない方が良いんだろうなと思っていたら、見張りの人と入れ代わりで入ってきた人が、紙袋を取り上げてしまった。


 「これはいったん預からせてもらうからな」


 仕方ないよね。でもあまりこの人と喋る気にならなかったから、頷く。

 その人は部屋を出て、一人になった。トイレはカーテンで仕切られた所にあって、色々まる聞こえになりそうだったから我慢していた。今のうちだ。


★★★


 容疑者生活は暇だ。本でも買ってきてもらおうかな。幸いなことに三食ちゃんと出てくるし、見張りの人も休憩なのか、退室することがあるから、トイレもその間に済ませられるし、シャワーも使わせてもらってるし、うん、困っていることはない。


 「すみません、本か何か暇つぶしのものってありますか?無かったら、私の鞄にお財布が入っているので、適当に買ってきてもらってもいいんですけど」


 暇すぎる。もう三日も食べて寝るだけの生活だ。意を決して見張りの人に話しかけたはいいものの、見張りの人はゴミを見るような目で睨みつけてきた。ひどい。


 「何か容疑に関わることを思い出したか?」


 言葉のキャッチボールが上手く行かないってこういうことなんだろうな。でもイホウヤクブツなんて初めて聞いたし、三年前の新聞というのも分からない。とりあえず、首を横に振る。


 「あの、そもそもイホウヤクブツって何ですか?私、新聞もよく分からない記事は読まないので知らないのですが、ヤクブツってお薬のことですかね?イホウってどういう意味でしょうか?お腹の胃の方の薬ってことですか?」


 詳しく知りたくもないが、知ることで何か私が関わったことがある何かに引っかかっているのかも。知らぬ存ぜぬでこの三日を過ごしたが、協力する気はあるんだよとここらで示した方が良いかもしれない。


 「お前!違法薬物が何かも知らないのか!?」


 見張りの人が急に大きな声を出すからびっくりした。そうですよ、ずっとそれは分かりません知りませんって言ってるのに。毎日一応午前と午後に、取調べというのを受けてはいるが、正直に分かりませんって言っているのに。


 「お前!ちょっと待っていろ!」


 バタバタと走って出て行ったけど、この建物の中って広いのかな。



 しばらくすると、初日に私の隣にいたいかついお兄さんが入ってきた。


 「とりあえず、椅子に座って」


 この部屋に唯一ある家具は椅子と机だ。突っ立ってたって仕方ないもんね。座ろう。


 「それで、そもそも違法薬物を知らないと聞いた」

 「はい。取調べの時もずっとそう伝えているんですけどね」


 思わず、イヤミっぽく言ってしまった。よく、ドレスショップの接客スタッフさんたちが、オンナはイヤミを言って戦うのよと言っていた。


 「そういう意味だったのか」


 どういう意味で私の話を聞いていたんだろう。いかついお兄さんは、本当は持ち込めないのだが、仕方ないとか言って、スケッチブックと鉛筆を出していた。


 「知らないことがたくさんあるかもしれないから、ここにメモを取っていきなさい」


 親切だった。いかついお兄さんには会っていきなり運び屋かとかすごい剣幕で詰め寄られたから本当に嫌なヤツとしか思っていなかったけど、ほんの少しだけ見直した。


 「まず、ヤクブツというのは、お薬だ。薬にも色んな種類があるのは知っているだろう」


 うんうんと頷くが、いかついお兄さんは眉間にしわを寄せている。


 「例えば、どんな薬があるか知っているのを言ってみなさい」

 「お腹が痛い時には胃薬を飲みます。熱が出たときには解熱剤、あとは血行を良くするのとか、女性が体調を崩した時にはハーブの薬湯を飲みます」


 いかついお兄さんは満足そうに頷いた。


 「そうだ。ちなみに、その薬はどこで手に入れる?」

 「体調が悪い時にはお医者様に診察してもらって、お薬をもらいます。田舎の母は、月に一回来る行商人から、ハーブの薬湯をもらっていました。この街にはお薬屋さんがいるので、もしもの時の解熱剤とか、怪我したときの塗り薬は、そこで買っています」


 「それ以外は?他に知っている薬は?」

 「ええと、あ!お酒とか?よくおじさん達が言ってます。酒は少しだけ飲むのは良いんだって。飲み過ぎたら死ぬけど、ちょびっと飲むのは薬だとか言ってます」


 いかついお兄さんは、それなら話が早いとか呟いているけど意味が分からない。


 「薬というものはな、医者が量を決めて出したものだったり、ハーブのように劇的な効果があるわけでもないが、ちょっと体調を整えたりするものがあるが、中にはお酒のように簡単に手に入れられて、飲む人のさじ加減で体に良いものにも、悪い影響を出すものにもなるという物がある」


 ほうほう。お酒のようなもの。


 「違法薬物というものはな、医者や薬師が薬として厳密に量を決めて出さなければならない薬の素のようなものを、医者でも何でもない人が、体にいいよと言って勝手に売っているものだ。これは、れっきとした法律違反。法に違犯している薬。分かったか?」

 「違法薬物!分かりました」


 なるほどなるほど。リナリアはスケッチブックにメモをしていく。それを見ていかついお兄さんはうんうんと頷いている。


 「それで、最近問題になっている違法薬物というものは、薬に使われているとある植物を原材料とした物だ。少量でも人体への影響が大きく、幻覚を見たりしてしまう」

 「ゲンカク」


 リナリアの手が止まり、いかついお兄さんはこれもかと呟いている。


 「幻覚というのは、目の前にないモノが見えてしまうことだ。起きているのに、夢を見ているように実際には無いものが目の前に現れる」

 「めちゃくちゃ怖いのでは」


 目の前にいないオオカミが目の前に現れたらと考えただけで鳥肌が立つ。逃げても逃げても目の前にオオカミ。怖い怖い。


 「それが、とてもいい気分になってしまうらしく、一度その薬を飲んだものは何度もそれを飲みたくなってしまう。これを依存という。しかし、それほど人の体に影響が出る物だ。これを飲んだ者は、文字が書けなくなったり、記憶を失ったり、歩けなくなったりと、まあ今までの生活は出来なくなる」


 いかついお兄さんが怖い顔をしている。そんな恐ろしい違法薬物に、何がどうして私が関わっているのだろうか。


 「お前の持っていた新聞、気付かなかったのだろうが、あの新聞紙にはその違法薬物が染み込まれている。最近見つかった違法薬物は、なぜか三年前の新聞に染み込ませて裏で取引きされている。お前の持っていた新聞も、調べたところ違法薬物が染み込ませてあった。どういうことか、よく考えてみろ」


 そう言うと、いかついお兄さんは部屋を出て行った。



 手元に残ったスケッチブックと鉛筆で、とりあえず知っていることをまとめてみることにした。

 朝の新聞が三年前のものだったこと、その新聞には違法薬物が染み込ませてあったこと。


 そういえば、配達員さんは間違いなく私の部屋のポストにその日の新聞を入れたらしい。偶然にも、新人へ仕事を教える為に二人で配達をしていたから、そのことは確認が出来ていると前の取調べで聞いた。


 「あ!新聞!止めていない!」


 大変。新聞は止めてもらわないと毎日ポストに入れられ続けてしまう。


 「見張りのお兄さん、家の新聞を止めてもらいたいのですが」

 「それは出来ない。貴女と向こうの繋がりの可能性がある」


 そうかそうか。


 「おい、面会だ」


 誰だろう。オーナーかな。そう思っていたが、入ってきたのは四十代くらいの女性。見覚えはあるが、誰だったかなとリナリアは再び考える。


 「急に来てしまってすみません。あの、アパートメントで隣に住んでいる者です」

 「ああ!お隣の!ごめんなさい、一瞬思い出せなくて」


 どう見ても一瞬ではなかったが、その女性は不快そうにもしていない。良かった良かったとリナリアは胸をなでおろす。


 「ごめんなさいね、アパートメントの大家さんが、実は私とお友達なのですけど、あなたが帰ってきていないようだと聞いて、それでたまにアパートメントに騎士が出入りするようになったので、あなたが何かに巻き込まれて収容されているのではと。大家さんも心配していたけれど忙しい人だから、様子を見てきてほしいって言われてあなたのお名前を教えてもらってここに来たの」


 お隣さんは申し訳無さそうに話している。確かに、急に私がいなくなって騎士がうろつき始めたら何かあったと思われてもおかしくないだろう。


 「心配をかけてしまってすみません。ちょっと、事件に巻き込まれてしまって」


 お隣さんはそうだったのね、と眉を下げて同情的な目を向けてくれる。そうです、私はどうしてか巻き込まれてここにいるだけです。


 「あのね、大家さんが、家賃とかの支払日に間に合うかしらっていうのも気にしていて、あと新聞とかの支払いも大丈夫かしらって」

 「あ」


 そう言えば、もうすぐ家賃の支払日だ。月末には家賃とか水道料金、新聞の支払いをしなくてはならない。多分、大家さんはお金が回収出来るかを心配して、でも直接聞くのは申し訳なくて、このお隣さんに頼んだのだ。


 「大丈夫です。支払います」


 見張りのお兄さんの方を一応見ると、僅かに頷いてくれている。


 「そうなのね。良かったわ。では、大家さんに伝えておくわね。大変だと思うけど頑張ってね」


 お隣さんも安心した顔をしている。それじゃあ、と言って部屋を出て行った。本当に家賃とかの心配を聞きに来ただけだったらしい。


 見張りのお兄さんに、月末の支払いは何があるのか、どこに支払いに行っているのかを一応伝えた。支払いまでにここを出られることを願いながら。



★★★


 ジェレミーは久しぶりに違法薬物事件の資料へ目を通す。ここ数日は他の仕事で全く目を通せなかった。


 「セザール、あの捕まえた女は……なんだこれ?違法薬物についてそもそも違法薬物が何か知らなかった!?三日いてやっとそれを話した!?」

 「そうです。まさか、本人の言う『知らない』『分からない』というのが、その違法薬物のことだとは思わず」


 鍛え上げられた体が自慢のセザールも、体を小さくして答える。確かに、この女は『違法薬物について何か知っているか』という質問に『全く知りません、分かりません』と答えている。全く知らないとはそういう、存在自体を知らないという意味だったのだろう。


 「これまでに面会はオーナーと大家から家賃のことを聞くために来た隣人か。この隣人には初日に聞き込みで、この女が普段からおかしな様子は無かったか確認済みだったな」

 「オーナーや従業員にも話は聞いていますが、何も」


 ジェレミーは捕縛当日を思い出す。護衛が倉庫まで行ったと思ったら、例の新聞が置いてあったと。そしてこの街の警備騎士をしていて、元々俺の友人でもあるセザールが、鬼の形相で奥から連れて来た女を縄でぐるぐる巻に。

 そして、ここで取調べをするために自己紹介をしてもらったら、まさかの就職試験みたいな自己紹介を始めて。思い出しても笑えてくる。


 「ジェレミー様、笑い事ではありません」

 「ああ、セザール。そうだな。でもこの子面白すぎ」


 毎日の取調べや面会者との会話を辿る。


 「このオーナーからの差し入れは?」

 「取ってあります。中身は研究所に確認させて、何も検出されていません」

 「そうだね、彼女が仕事で抜けた穴を埋めているのは?」

 「帳簿付けに女性一人と、倉庫の入れ替え作業で男性を一人、オーナーの親戚で確認済みです。学園生で今は春休みなのでアルバイトという形で雇っていました」


 最近、貴族達の間で流通した違法薬物。ドレスショップから出て来たということは、ドレスに紛れさせてという手段ではないかと睨んでいる。彼女の読んだ新聞は、梱包のクッション材として使う予定となる物だった。ドレスの梱包に三年前の新聞があったら、それが商品だと言って流通している可能性だ。あまり新聞を読まなそうなドレスショップに勤める独身の者の家へ新聞を入れれば、勝手にショップまで運んでくれる。梱包を担当する場所の新聞の山。目当ての家にちょうどその新聞を使うようにその新聞を重ねればいい。


 ジェレミーは、隣人と容疑者の会話を見て、ふと気付いた。


 「どうして隣人は、彼女が新聞を取っていることを知っている?」

 「以前、リナリアが実家に帰省した際に新聞がポストから溢れてしまったことがあったらしく、それで知っていたと」

 「でも、わざわざ家賃の次に出てくるだろうか。住むために必要な最低限の料金は家賃と水道だろう。去年から新聞屋は先払いになったはずだから払わなかったとしても、家に届かなくなるだけだ」


 ジェレミーはこの隣人には話を聞く必要があると感じて外出することにした。


★★★


 「引っ越した?」

 「ええ、昨日引っ越しの挨拶に来ましたよ」


 アパートメントを訪ねると、そこは誰もいない。大家に話を聞くと、昨日引っ越したという。


 「引っ越しはいつから予定されていた?」

 「三ヶ月前には言われましたよ。すぐに契約書のサインをもらったから、ほらこれに」


 大家は契約書を取り出す。そこには確かに三ヶ月前の日付で部屋を出ることが記されていた。

 そして、リナリアの面会の際に言っていた、大家と友達ということは無いということ、リナリアへの伝言や家賃支払いの確認をお願いしたこともないということが分かった。もちろん、リナリアが捕まってから今までの間でこの隣人とは会ったことがないということも確認出来た。


 「それでは、あなたはこのリナリア・マートルの隣人であるカルメン・ブロンデルとは何の接点も無いと。そして昨日引っ越しの挨拶に来て去ったと」


 大家はその通りですと言う。とりあえず、リナリアと同様に事件に巻き込まれている可能性があるため、部屋を調査させてもらう。幸いなことに、建国祭前ということもあり、次の契約者はまだいないという。



 「さあ、いよいよ隣人が怪しいな。隣人であれば、一週間も張り込めばリナリアの生活は分かるだろう。そして仕事もだいたい見当が付く。ドレスショップの倉庫係、新聞を毎日職場に持って行っているということは、読み返したりはしていない。仕事が忙しく休み時間が取れないこともあるとはオーナーが言っていたが、そんな時に読めなくても気にしない程度の読み方をしている。つまり、リナリアは日付までは確認していない。そして耳をすませば、朝のどのくらいの時間に起き、新聞をドアポストから引き抜いているかも分かるだろう。すり替えれば良いだけだ」


 ただ、彼女がわざわざ面会に来た目的が不明だ。それも、引っ越しの前日に。追ってくれと言っているようなものだ。


 「隣人とドレスショップの両方を詳しく探ろう」

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