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9.愛妾の懇願

 

 程なくして、マルグリットは王太子の執務室に呼ばれた。


「大変だったみたいだな」


 すでに茶会での話は伝わっているのだろう、執務机についたままレアンドルは苦笑を浮かべながらマルグリットを(いた)わった。


「はい…殿下。コンスタンス様は、お城の奥で、大切に、大切に、育てられたお姫様です。ゆっくり、こちらに、馴染んでいただけるのを待ちましょう…?」

「そうだな、配慮が足りなかった」


 会話の間に、マルグリットはさりげなく己の手のひらに視線を誘導し、そこに書いた文字をレアンドルに見せていた。

 レアンドルは立ち上がると、『分かった』というように彼女の手を包むように握りしめた。


「皆、少し席を外してくれ」


 執務室には、王太子付きの官僚が3人いた。

 いずれも、王太子と側妃の経緯(いきさつ)を理解しており、『仕事仲間としてのマルグリット』との仲も良好である。

 3人は、主人(あるじ)とその妻の繋がれた手を見て、『全て了解しました!』、というふうに笑って執務室を後にした。



 二人だけになると、レアンドルは執務机の抽斗(ひきだし)を引き、中から小さい箱を取り出した。

 蓋を開けると、箱の中には、正方形の濃い青い石があった。


「箱を開けると中の魔石の力があふれ、この部屋内で話したことは誰にも聞こえないようになる」


 マルグリッドの手のひらには『絶対に、誰にも聞かれてはいけない話があります』と書いてあった。

 夜まで待っても良かったが、たとえ王太子の寝室であっても、誰かに聞かれる恐れがあったので、昼間に押し掛けたのだ。


「この箱は特別製で、魔石の効力を抑える力があり、登録した人間にしか開けないようになっているんだ」

「もしかしたらと思っていたのだけど、やっぱり『盗聴防止』の魔石もあったのね」


 執務室(こちら)に来て正解だったと、マルグリッドは頷いた。


「あぁ、陛下と宰相も持っている」

「…コンスタンス姫も、持っていたのよ」

「なるほど」


 レアンドルは面白そうに、マルグリッドの緑の目をのぞきこんで、口を開いた。


「つまり、お前は王女と、内緒の話をしたという訳だな」


 察しの良い夫に、マルグリットは頷いた。


「…レン、私は貴方を信用しているの」

「うん?」

「今から話すことを、王妃様にも陛下にも内緒にしてほしいの」

「マルグリッド」


 少し強い声になった王太子に、マルグリッドは懇願した。

 

「国益に触れる事じゃないから、お願い…!」


 滅多にない、マルグリッドの『お願い』に、レアンドルはしばし悩んだ。


「…聞いてから判断する、じゃ駄目なのか?」

「ダメ」


 絶対に、絶対に誰にも言ってほしくないと思いを込めて、マルグリッドはじっとレアンドルの瞳を見つめた。


「聞いた後、もし、私が誰かに話したら…」

「離縁する」


 マルグリッドのきっぱりとした口調に、レアンドルは言葉を失った。


「姫君は、命を賭けて私に話してくれたの。それなら私も、これくらい重いものを賭けないとつり合いがとれないわ…」


 しばらく執務室に沈黙が流れ、やがてレアンドルのふーっと息を吐く音が聞こえた。


「…分かった。誓うよ。国の浮沈に関わらない限り、誰にも言わない」


 マルグリッドも、強張っていた肩の力を抜いた。


「レン、ありがとう…」

「私との縁が、命をかけるに値すると言われたら、応えない訳にはいかない」


 マルグリッドは無言でレアンドルに抱き着き、レアンドルも彼女を軽く抱きしめた。




 執務室に置かれている、小さいソファセットに、二人は隣り合って座った。

 盗聴防止の石はあっても声をひそめ、マルグリッドは、レアンドルに『姫君が1年前、御付きの騎士に汚された』話を、簡潔に伝えた。


 レアンドルは険しい表情になったが、話し終りこちらを伺うマルグリッドと目が合うと、安心させるように頷いた。


「大丈夫だ、マルグリッド。私はそんなことは気にしないし、誰にも言わない」


 それは、『傷物の姫』をこれからも正妃として遇する、ということだった。


「ありがとう…レンを信じて良かった」


 子供の頃から知っていると言っても、それは幼馴染としてだし、友人、夫としてのレアンドルだ。

 王太子としてレアンドルは、また別の存在だと、マルグリッドは分かっている。


 それでも根本は変わらないだろうと。

 ぼろぼろに傷ついた女性を、鞭打つような人ではない事を信じたのだ。


 マルグリッドは心から礼を言って、自分の夫に頭を下げた。

 レアンドルはマルグリッドの肩に手を置き、顔を上げさせると尋ねた。


「それで、お前は何がしたいんだ?」

「レン…」

「私に言わないという選択肢もあったはずだ」


 王太子が、姫君と(しとね)を共にするまで、まだ2年近くある。

 誰にも話さず、ゆっくりと姫君の心が癒されるのを待つことも出来たかもしれない。

 侍女の協力があれば、処女でないことも誤魔化すことは可能だろう。

 だが、マルグリッドは首を振った。


「いいえ、やはり姫君の夫になるレンには、姫君の心の傷を分かってもらえないと、双方に辛い事になると思う」



 ――高校で、幼少の頃の地震で、怖い思いをしたクラスメイトがいた。


 もう何年もたっているのに、その子が、少しの揺れでも全身を震わせていた事を、同じように震えている姫君を抱きしめ、マルグリッドは思い出した。


 前世のマルグリッドは、それをきっかけに『PTSD』という言葉を知った。

 恐ろしい体験が何度も脳内で蘇り、心を傷つけていく病気だ。


 姫君は、国家間の盟約に連なる婚儀に、己が処女でないことが暴露される事に怯えていたが、行為自体を恐れている可能性も高かった。


 時間の経過と共に、記憶は薄れるものだが、同じような場面に直面した時に、恐怖だけが蘇ることもある。

 本来なら、そのような場面を避けるべきかもしれないが、彼女の立場もあり、拒むことは困難だ。

 ならば、相手を理解し、共に向き合える伴侶が必要だった。


「私は、レンを愛しているわ。でもレンなら、傷ついた姫君を包み込んで、愛してくれると思えるの」


 矛盾しているだろうか?


「複雑な心境だ…」


 レアンドルは肯定も否定もせず、ソファに背を預け、天井を見上げた。





…ちょっと王太子殿下が気の毒な回。ちなみに、嫁いで来た姫君の純潔は全く気にしてません(それもどうか…)。

…マルグリッド的には、姫が普通の素敵な女性の場合は嫉妬しますが、嫌な女性や今回のように可哀そうな女性だと嫉妬できません。


…評価、ブクマ等々、有難うございます!

…土日休みます。あと来週はちょっと忙しくなるんで、更新滞るかもしれません(>_<) うう年末、年末っーー


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