7.昼下がりのお茶会
本宮のテラス席で待っていたのは、気が強いどころか、風にも手折られそうな儚い風情のお姫様だった。
ウェーブのかかった銀色の長い髪、水色の瞳。
誰もが認めるであろう美少女は、マルグリッドを見てにこりと微笑んだ。
「わざわざお越しいただいて、有難うございます。コンスタンスと申します」
座ったままであったが、丁寧に礼を告げられ、マルグリッドは驚きながらもドレスをつまみひざを折る。
「とんでもございません。こちらこそ、挨拶が遅れて失礼いたしました。マルグリッドと申します」
席を勧められ腰かけると、コンスタンス姫の侍女が、二人のティーカップにお茶を注いだ。
供をしてきたイネスは、他の側仕えと一緒に、後方に控えている。
主催者として、最初に姫が口をつけ、その後にマルグリッドもティーカップに手をつけた。
一口で分かる、芳醇な味にマルグリッドは『ほっ』と息をつく。
「気に入っていただけましたか? 我が国の高地で採れる、王家秘蔵の品です」
「そのような貴重な物を…!」
優雅に微笑んでいる姫君に、他意は感じられない。
だが、替え玉の件があるにせよ、正妃から愛妾が、こんなに厚遇を受ける理由が分からず、マルグリッドは密かに困惑していた。
(口留め? いや、しゃべったら困るのはこっちだよね…)
偽りの花嫁として宣誓した罪もあるが、例え姫君に原因があっても、その名を騙り式をあげた罪の方が多分重い。
(隣国にバレたら、王女の名を汚し、王家に泥を塗ったとして秘密裏に処分…とかもありえるわ)
国と家の蔵書から『歴史の闇』を、幾らも掘り返してしまった事のあるマルグリッドだった。
王太子宮に入った時、レアンドルから『常に付けておくように』と、王家秘蔵の『毒を無効にする魔石』をはめたピアスを渡された。
これをしっかり装備しているので、毒見なしにお茶を飲めるのである。
(同じポットから注がれたお茶でも、片方に毒入れる方法なんて幾つもあるものねー)
「先日は、ご迷惑をお掛けしました」
「いえ、お元気になられて安心致しました」
「皆様のお心遣いのおかげです」
「恐れ入ります」
会話が弾んだとは言えないが、一息ついたところで、姫君はおもむろに自分の手首にしていた腕輪を外し、テーブルの上にコトリと置いた。
腕輪は金色で、吸い込まれそうな深い蒼い石がはめ込まれていた。
「この『魔石』には、会話が外に伝わりにくくなる効果があります」
姫君はそっと囁いた。
あまりにもサラッと言われたので、聞き流してしまいそうだが、結構大事である。
「それは…とても貴重な物では」
とりあえずマルグリッドがそう言うと、姫はまた微笑み
「マルグリッド様の、お耳の石ほどではございません」
と告げ、ため息のようにつぶやいた。
「…愛されておられますのね」
マルグリットは、毒消しの魔石を見破られたことより、
(え、レアンドルに失望させてしまった…?)
と心配になった。
もしかすると、姫君は『愛妾』とは、姫君が成長するまでのソレ専用の女とでも聞いていたのかしら…自分も最初はそんな感じを受けたから、無理はない。
何とか言い訳をせねば!と口を開いたマルグリットを、姫君は静かに制した。
「良いのです。レアンドル様に愛する人がいることは、私にとっても救いなのです」
「は…?」
(えーと…)
…『正妃と側妃のお茶会にしては、何かが根本的におかしいのでは?』と、マルグリットはようやく察した。
「…先ほど、『会話が伝わりにくくなる』と、おっしゃいましたよね?」
「はい、このテーブルからサラ…私の侍女のいる場所までは、何を話そうと完全に外には漏れません」
大体半径2Mくらいだろうか。
外には、何も聞こえないのでなく、会話のようなただし意味のない雑音が聞こえるようになっているのだと、姫君は説明した。
毒殺防止の魔石を渡された時も驚いたが、そんなものがあるのなら、盗聴防止の魔石もあるんだろう。
仕組みが知りたいような、知りたくないような世界である。
父親は、各魔石は、太古にこの辺りを支配していたという『魔導王国』の遺物だと言っていた。
隣国では魔石が定期的に採れるため、その研究がこちらより進んでいる筈だった。
古代王国なんてロマン…!と、子供の頃から密かにマルグリッドは萌えを感じている。
(それはそれとして…)
「コンスタンス様はレアンドル殿下が、その…お気に召しませんでしたか?」
「…そういう事ではないのです」
姫君は静かに首を振る。
「初めてお目にかかったレアンドル様は、眉目秀麗で堂々とした、誰の目から見ても眩い王子様でした。大変な時に倒れてしまった私を、一度たりとも責めず、体をいとうよう優しくお声をかけてくださいました。…お人柄の良さも知っております」
自分の身内が褒められるこそばゆさを感じながら、マルグリットは黙って聞いていた。
「私が…悪いのです」
「え?」
「私には、あのような素晴らしい方に、娶っていただける資格がないのです…!」
「は?」
悲壮感が漂いだした姫君に、さりげなく侍女が傍に寄り、お茶を交換した。
侍女の姫君に対する視線が、とても苦し気で気になる。
「…失礼いたしました」
落ち着きを取り戻した様子の姫君に、マルグリッドは尋ねた。
「私の目から見えるコンスタンス様は、とてもお美しくお優しい、理想の姫君ですが…?」
何が足りないというのだろう…脳裏にレアンドルと姫君を並べると、あまりに完璧なロイヤルカップルで、少なからずツライ気分になるマルグリッドである。
(いや王子様とお姫様のカップル…これが世界の公式よね)
自分はあくまで愛妾なんだから、自国の王子が美しい他国の姫君を娶れることを喜ぶべきなのだ…と自戒するマルグリットだったが、姫君は悲し気に口の端を上げた。
「…お褒めいただき、有り難うございます。ですが、私には、王太子妃となる資格が…もうないのです」
資格…さっきもそう言っていたなぁ、とマルグリットは思い返す。
(王太子妃になる資格って…)
一瞬、マルグリッドの頭を過ったのは、とても不快な想像だった。
頭を微かに振り、さりげなく姫君を見る。
(気品があって、とってもキレイ。かわいいというより、深い青いドレスのせいか、達観した表情のせいか、大人っぽい…でもまだ14なんだよね。だから、あと2年待つんだし…)
まさかね…マルグリッドが頭の中で嫌な予感を打ち消していると、姫君が静かに語り出した。
…『毒消しの魔石』の稀少性もそうですが、その色がレアンドルの髪と瞳の色だったので『愛されているのですね』発言になったかと。
…魔石の色が変えられるのを知っている、隣国のお姫様ゆえの言葉ですね。
(連載終ったら裏話やりたい)
…評価、いいね!等、有難うございます('ω')ノ 毎回めっちゃ嬉しいです!
…佳境に入ってまいりましたが、明日ともしかすると明後日も休むかもしれません。
(クリスマスまでには終らせたい)