4.姫君のお輿入れ
隣国から、第二王女を乗せた馬車が出たという連絡が王城に入ると、城内の忙しさは限界まで高まった。
馬で駆ければ3、4日。
今回は馬車、しかも中身が姫君なので、休み休み来るとしても、7日あればこちらへたどり着くだろう。
しばらくはレアンドルも、式典の用意や本番や、その後の配慮で、マルグリッドと過ごす時間は無くなる。
ならば…と、忙しい様子の女官長に、マルグリッドは侍女の服を着て『お手伝い』を申し出た。
最初は固辞していた女官長も、自分が本宮にいるなら、王太子宮にいる侍女たちの手も使えるからと、プレゼンするマルグリッドに押し切られた。
「おそれいります、マルグリッド様」
「大丈夫! 体を動かしている方が楽なんです」
恐縮する女官長に、マルグリッドは明るく笑った。
城の奥向きを統括する、女官長のミリアは、元々は王妃が嫁ぐ際、侍女として一緒に城へ上がった女性だった。
レアンドル殿下と遊ぶ、小さなマルグリッドの姿を近くで見て来た彼女は、このような形ではあるが、二人が想いを成就させたことに涙していた。
正妃の登場に揺れているであろうマルグリッドの心が、少しでも晴れるなら…と、ミリアは彼女に仕事を頼む事にしたのだ。
―――ただ、実際のところ、マルグリッドはめちゃめちゃ有能だった。
隣国や、他の国々についても学んでいたマルグリッドは、他国からの来賓に対し、部屋の調度やお茶、お菓子の種類など、細やかな気遣いが求めらる場で大変役に立った。
また子供の頃から、父の付き添いや、王太子との学びの一環で通っていた、城の『蔵書室』にも詳しかったので、既に前回から20年近くたっている祭事の手順や、道具の配置の参考になる書物を探し出し、関係諸氏から多大な感謝を受けていた。
いよいよ、姫君の馬車が王城のある都へ入ったと、城中に連絡が入った。
マルグリッドもさすがに潮時だと思って、自分の部屋へ戻った。
服を着替えて、一息つくと、外から歓声が聞こえ始めた。
どんどん近く、大きくなってくる音に、そわそわしている若い侍女たちを見て、マルグリッドは優しく声を掛けた。
「少しなら、のぞきに行っても大丈夫よ?」
高い場所に登れば、この宮からも外の様子が見えるだろう。
自分付きになってしまったので、このお祭りに参加できない彼女らを、気の毒に思った一言だったが、年かさの侍女頭が進み出て、マルグリットに頭を下げるときっぱりと言った。
「私共の喜びは、奥様のお側に侍ることです」
侍女頭のイネスは、女官長に次ぐ地位にいた側仕えだった。
本来なら、自分は次の王妃になる、他国から来るという姫に仕えるのが、筋だと思っていた。
それなのに『愛妾』ふぜいに付けられたことで、最初は反発を隠せなかった。
だが、程なくしてマルグリッドの人柄、王太子や王妃のマルグリッドへの愛情の深さを知り、思い悩むことになる。
マルグリッドが王宮の仕事をしていた時も、片時も側を離れず、『何か事を起こしたらすぐ宰相に告げねば!』と、疑いの目を持って監視していたが、却ってマルグリッドの類まれな賢さを思い知ることになった。
ここに至って彼女は、思考を切り替えることにした。
――マルグリッドを守ることは、王太子を、すなわち次代の王を守ることだ、と。
そうと決まれば、さすがに女官長に認められた女性は優秀だった。
宰相には、マルグリッドの為した功績を細かく伝え、心無い噂や讒言がマルグリッドの耳に届かないように差配し、浮き足立つ使用人たちを窘めた。
そんなイネスの言葉に、他の侍女達も頷き、次々に口を開いた。
「その通りです!」
「私共は、奥様のお側を離れたり致しません」
「厨房から奥様にぜひにと、珍しいお菓子が届いております」
「只今、お茶をお淹れしますね!」
マルグリッドは困ったように微笑んで、礼を言った。
外の歓声が落ち着いてきた。
徐々に儀式が始まるんだろうなと、絢爛豪華な式に思いを馳せて、マルグリッドはふっと息を吐いた。
(他の女のものになるにしても…花婿姿のレアンドルを、ひとめ見たかったなぁ)
礼服は軍服に似ているのよね、レアンドルはプロポーションイイし、超絶にカッコイイんだろうな…等とアレコレ妄想していたが、ふと、外がざわついているのに気がついた。
イネスも何事かと、警戒を露わにし扉をにらんでいる。
部屋の外には、どんな時でもきちんと衛兵が複数いる。
その兵が、床に杖を打ち付け、侵入者を誰何する声が聞こえた。
「そこで止まれ! 何者だ?」
「本宮の者です! 今、女官長様が参ります。マルグリッド様に至急お取次ぎを!」
イネスがマルグリッドを見る。
マルグリッドは立ち上がり、イネスに『確かめて』と目配せを送った。
イネスは頷き、扉を開ける。
「あぁイネス様! 詳しくは女官長様から…」
の声とほぼ同時に、女官長が到着した。
取り乱した様子はなかったが、急ぎ足で部屋に入って来た女官長に、マルグリッドは戸惑いを隠せなかった。
「ミリア、何かあったの? もしかして、式典で不明な点でも…?」
何か不手際があったかしら?と記憶をたどるマルグリッドを前に、女官長は膝を折った。
「マルグリッド様、レアンドル殿下がお呼びございます。急ぎ、私と共にお出で下さい」
「…分かったわ!」
レアンドルが呼んでいるなら、行かねばならない。
自室でくつろいでいたマルグリッドには、本来なら着替えが必要だったが、それは許されそうにない。
侍女たちが素早く、マルグリッドの身なりを整えた。
…王宮の侍女たちは、皆有能です。
マルグリッドの無茶ぶり(しばらく本宮で働くわよ!)に動揺しつつも、キチンと応じてます。撤収する際もやり残しのない事を確認して、速やかに行って王太子宮に戻ってます。
…王子の婚儀に、『マルグリッド様のお心が曇らないように頑張る!』決意もしてます。
正妃として入って来たのが、同じ国の令嬢なら少し揺れたかもしれませんが、他国の姫なので、ストレートに優しくてキレイなご主人様が一番です。
あちらの姫とは、しばらくの間『白い結婚』だとは知りません。
(イネスも多分知らない、女官長はさすがに知ってます)