25.王家の子供
…そろそろ大詰めです。
その後、適当に余暇を満喫した様子で、王弟殿下は自国へ帰った。
マルグリッドは遠目で一度だけ、その姿を目にすることが出来た。
外観はともかく、人品卑しからぬ様子に、少しだけ安心する。
「もしかしたら…って思ったの」
「そうか」
もしかしたら、コンスタンス姫の夫になった人かもしれない…マルグリッドは、その可能性はもう殆どないと思っていたが、レアンドルには、それがほぼ確定路線である。
だが、まだその道筋は殆ど付いてないので、軽く流した。
ザミアに戻ったルカスは、きっかり一年後、それまでにないスピードで国内を片付け始めた。
「元々、下地は出来ていたんだろう」
「エルベとアデニアの後援もありますしね」
エルベでのルカスとの繋ぎは、すべて王太子と宰相に任された。
王太子の側近たちは、頭と体が忙しすぎて地獄を見たが、おかげで経験値が爆上がりしたので、国としてはウィンウィンだった。
マルグリッドは忙しい王太子に成り代わり、せめて国内では憂いないように奔走することになった。
また、王妃教育を兼ねてコンスタンス姫も、執務に巻き込んだ。
それまでと打って変わって忙しくなった姫は、最初は呆然としていたが、泣き言等を一切もらさず、果敢に動き始めマルグリッドを支えた。
「体を動かすことが、こんなに楽しいとは思いませんでしたわ…!」
長く美しい銀髪を、惜しげもなく一つに編み込んで背に垂らし、精霊のような美しい姫は、美しさはそのままに、どんどん血が通ってきて人間らしくなった。
「良かったです。でも何かあったらすぐ言って下さいね?」
コンスタンス姫は、マルグリッドを軽く睨んで、本や書類の積まれた彼女の執務机に手を突く。
「それは私の台詞です。お姉様こそ、もう少し休んでください!」
いつの頃からか、姫はマルグリッドを『お姉様』と呼ぶようになった。
マルグリッドが再三再四、『おやめください!』と諫めたものの、それは継続され、なし崩しに認められていった。
その呼び方に首を傾げる者もいたが、おおむね微笑ましい情景として周囲は受け取った。
レアンドルも苦笑していたが、止めなかった。
「分かっているわ。これが終わったら…」
「ダメです! 昨日もそう言って、お休みが遅くなったと聞きました」
壁際に立つ、侍女頭のイネスが、深く頷いているのが見えた。
「皆、心配性なんだから…」
溜息を吐くマルグリッドに、姫が形の良い目を吊り上げる。
「当たり前です!お姉様は、身重の体なんですよ」
マルグリッドは城に入って1年後に妊娠し、翌年元気な男の赤ちゃんが生まれた。
レアンドルも国王夫妻もとても喜んだが、それ以上に歓喜したのがマルグリッドの実父、ヴェルデ伯爵だった。
「立派なヴェルデ伯爵家の跡継ぎができた。マルグリッド、有難う!」
妾妃としての最初の取り決めで、マルグリッドの産んだ子供は、王位継承権を放棄して伯爵家の子として育てる事になっていた。
「あー、その事だが…伯爵、ちょっと」
ベビーベッドに横たわる孫を、満面の笑みで見守っていたヴェルデ伯爵は、さりげなく、背後から現れた国王陛下に肩を抱かれて、どこかに連れていかれた。
「陛下は、どうかされたのかしら?」
「祖父同士の話し合いがあるんじゃないか…?」
レアンドルはうすうす察しているが、すっとぼけて微笑み、自分の子を産んでくれた愛しい人の額に恭しく口付けた。
ヴェルデ伯爵はその晩、屋敷に帰れなかった。
次の日の夕方、渋面で現れた父親に、マルグリッドは驚いた。
「どうされたのです、お父様!?」
「…今、王室には人が少なすぎる」
「はぁ、確かに」
今、エルベ王家の人間と言えるのは、国王夫妻とレアンドル、それに王太子妃のコンスタンス姫のみである。
「せめて、コンスタンス姫が子を産むまで、この子を王家として借り受けたいと言われたのだ」
「借り受け…ですか?」
「どうせマルグリッドは王宮にいるのだから、母親としての義務を果たす間位構わないだろうと…」
――母親としての義務?
えらく曖昧な言葉だとマルグリッドは思った。
授乳は乳母に頼らず、マルグリッド自ら行えそうなので、その間は勿論王宮に置いておくつもりだったが、せいぜい1、2歳までだろう。
(あ、そうか。そろそろ、コンスタンス姫も16歳になるから…)
『白い結婚』の期限がくる。
「…そうですね。来年には、コンスタンス姫の子供も生まれているかも知れませんね」
陛下はそれを見越しているのだろう、とマルグリッドは考えた。
「マルグリッド…」
気づかわしげに、眉を寄せてこちらを見ている父親に、マルグリッドはあわてて首を振った。
「大丈夫です、お父様。私はあくまで妾妃、その辺りは割り切ってます」
この先、コンスタンス姫だけでなく、他の正妃を迎えたらレアンドルの『正式の子』は増えていくだろう。
自分の選んだ道だ。その事にいちいち落ち込んでもいられない。
ヴェルデ伯爵は、優しくマルグリッドを抱きしめた。
「マルグリッド…いつでも、この子と一緒に家へ戻ってきなさい。お前には帰れる家があることを忘れないでおくれ」
「お父様…有難うございます」
とても、感動的な場面だった。
控えていた侍女の中には、妾妃の儚い立場と親子の情愛を想い、涙を浮かべている者もいた。
そして、ドアの向こうでは…レアンドルが胸に手をあてて、胃やら、良心やらの痛みと戦っていた。
…王太子の部屋とマルグリッドの部屋はドア一つで繋がってます。
…陛下とヴェルデ伯爵のツーショットに、心の中で悶えている侍女(複数)もいます。
…薄い本はありませんが、絵姿は出回ってるとかないとか。
…次回、おそらく最終回です。
(多分、その後、番外編が入るかな…)




