24.王様は笑う
レアンドルは、国王と二人きりで対面していた。
今までの、ザミア絡みの話――コンスタンス姫が既に純潔を失っている件は除いて、をレアンドルから聞いた王様はふっと口を開いた。
「成程ね。ザミアの王弟殿がいらした理由は、ちゃんとあったんだね」
現在のエルベ国王は、御年43歳。
柔らかそうな濃いレンガ色の髪と、金色の瞳、優しい顔立ちと暖かい声音は、見る者の心に安らぎを与える仕様になっている。
貴族、平民、老若男女問わず慕われている王様で、どちらかといえば、王妃似の美形なレアンドルの方が、父王と並ぶとキツイ印象があった。
外見的には癒し系の王様だが、本人もそれを知っていて、外交にも内政にも利用している。
見かけの何倍も食えない人物だ。
「裏は取るが、おそらく君の今言った事と現況は、そう離れてはいないだろう」
レアンドルは軽く頭を下げた。
「あの国が、大人しくなるなら、協力するのもやぶさかではないが…」
王は息子に視線を向けた。
「コンスタンス姫をどうするか、だよね?」
「はい」
「出せないね」
国王はあっさりと言った。
「いくら王弟殿下が保証してくれても、ウチとアデニアとの兼ね合いもある」
まぁ、それはそうだろうな、とレアンドルも思う。
だが、王は言葉を続けた。
「出すわけには行かないね…今はまだ」
付け足された言葉の意味を、レアンドルが考える間もなく、国王はレアンドルに向かって尋ねた。
「お前、あのお姫様をどう思っている?」
「それは…美しい姫だと」
王は微笑み、首を上下に振る。
「うんうん、それは僕にも分かるよ。アデニアの王様が、勿体ぶった気持ちも分かるね」
この国で一番身分の高い男は、身も蓋もない言葉で、息子に課せられた『白い結婚』の事をあてこすった。
そして微笑みを浮かべたままで、息子に告げる。
「あの条件を聞いた時、僕は断っても良かったんだよ」
初めて聞く話に、レアンドルが目を見開いた。
「でも宰相がさ、確実にアデニアに恩を売れるからって。それに、君も断らないだろうって言うんでね…。君が断らないっていうのは、何となく僕も予想できたけどさ」
意味深な言葉に、レアンドルはとりあえずアルカイックスマイルで対抗した。
「おかげでエルベは魔石鉱山が手に入ったし、君はマルグリッド嬢を手に入れた。ローランは流石だね」
僕ら親子の欲しい物を良く知ってるよ――そう言って、国王はふうっとため息を吐いた。
「僕も、君が欲しい物は知っていたけど、それを諦めていたのも知っていたんだよ」
レアンドルは、聞き分けの良すぎる子供だった。
頭は柔軟なくせに、ガチガチに『王子の義務』に縛られていた。
『王家に王子は一人しかいない』
…だったら大概のワガママも通るだろう――と思わずに、自分しかいないからこそ、
『自分が王太子としてしっかりしなければ』
と思ってしまう子供だった。
マルグリッドが欲しいなら、そう言えば良かったのだ、と国王は思う。
レアンドルが、『どうしても』と望むなら、今のような面倒くさい形でなく、普通の『正妃』に出来た筈だ。
ただその場合、国の決まりを曲げることになる――それが『模範的な王子』の、レアンドルには出来ずに、屈折していった。
エルベは、王家を頂点とした階級社会だ。
上位貴族にふさわしい令嬢がいたのに、その下の家から『妃』を出すことは、規範に照らせば『ない』ことだった。
それを曲げた前例を作れば、何か起こった場合の非難の口実になるのは、充分に考えられたが…
「君が忌避したのは、自分の治世に傷がつくことじゃないよね」
王がぽつりとつぶやいた言葉に、レアンドルは瞬時に目を吊り上げた。
「…傷なんて! 彼女はむしろ私の誉れです!」
声を荒げ抗議する息子に、王様は父親の顔で苦笑する。
「分かっているよ、僕も王妃も」
(そして、ローランも分かっているから、こんな面倒くさい事をしたんだろうね…)
デフォルトになってしまった宰相の皺を、もっと増やすことになるが、レアンドルの為なら文句は言わないだろうと王は思う。
(いや、文句は言うなぁ。盛大に)
言ってもやってくれるだろうが…――この先に、とても増えたであろう仕事を、押し付ける部下へ思いを馳せながら、名君の誉れ高き男は、口の端を上げてニヤッと笑った。
「ザミアが落ち着いたら、花嫁を出すことを考えても良いよ」
「それは…」
「どうせ君は、あの『美しいお姫様』に、未練は少しもないんだろう」
レアンドルは、図星をつかれて口をつぐむ。
「こうなると、白い結婚で良かったねぇ」
王様は結構本気でつぶやいた。
「あとはマルグリッドだけど…」
幼いレアンドルを狙った侍女の犯罪に、一番早く気づいたのはマルグリッドだった。
以来、国王は、マルグリッドが、ただの貴族令嬢だとは思っていない。
(子供の発想じゃなかったよね…)
その後、たまにポロっと出てくる、社会的な発言なんかも気になったが、レアンドルを慕っているので、国に不利益をもたらすものではないと見逃して来た。
ヴェルデ伯爵家にたまに現れる、現伯爵のような秀才――とも違う気はしたが、血筋による何らかの突然変異だと思うことにしている。
「まぁ、あの子は頭のいい子だから心配はしてないよ。今のうち、実績を作っておくんだね」
まだ、分かったような、分からないような曖昧な顔をしているレアンドルだが、マルグリッドに関する事なら手抜かりはないだろうと、王様はとりあえず信じている。
現時点でも、彼女を正妃にすることに反対する者は左程出ないだろうが、実績があればもっとすんなりと行くだろう。
(秩序を求める者も、国には必要なのだ)
おそらくは、王妃になる時も…
「そうだ」
王様は良い事を思いついた、というように声を上げた。
「できれば、孫の一人でも作っておいてくれれば、僕も嬉しいし彼女も安泰だね!」
はぁー!? と赤面する王太子に、王様はとてもイイ顔で笑った。
…王様は割と『(愛する人達が)幸せならそれでいい』の人です。
…他国に興味はないけど、自国を攻撃するなら容赦はしません。
……実は、『不思議少女マルグリッド』ちゃんの異才が、国にとってよくない方へ向かうなら、神子として神殿に入れちゃおーかなー?とか考えてました。




