23.妃の役割
「コンスタンス姫の処遇ねぇ…」
部屋に残されたマルグリッドは、少々乱暴にソファへ腰を下ろした。
ある意味、考える余地もない話だ。
現在、評判が悪く、この先も動乱が起こる可能性の高い国の宮廷に、14の少女を送るなんて冗談ではない。
それが分かっていて『考えておいて』と言われたのは、『考えて欲しい』と言われたのだろうと、マルグリッドは受け取った。
なら考える。
マルグリッドは、レアンドルの『愛妾』なのだから。
このまま、この国にいた場合、コンスタンス姫は王妃になる。
エルベは、今のところ安定している。
国内は王家と貴族のバランスが取れ、自国の産業や、他国との貿易も順調なおかげで国庫も潤っている。
(…あえて難を上げれば、王妃様のお子が王太子だけってことなのよね)
さすがにレアンドルに何かあったら困るので、いざという時は外戚の公爵家から養子を取る手筈になっている。
他国なら大問題になりそうだが、エルベ王家の特徴の一つに、愛国心はあるが王位に対する執着心の薄さがある。
今の王様は昔、目の前で恐縮する幼き日のマルグリッドに
『先祖が王位を押し付けられただけだ。偉くとも何ともないぞー!』
と笑いながら豪語して、高い高いーと抱き上げた。
(あれにはさすがに驚いたっけ)
公爵家も王家の血を引いているだけあって、『国家の危機ならやむを得ないが、なるべくこちらに持ってくるな!』と公言している。
王太子妃問題でも、『年が近いなら仕方ない』と娘を候補にしたが、隣国から姫との婚儀の申し出があった時も、余計な口は一切挟み込んで来なかった。
ちなみに、マルグリッドがすんなり『側妃』の位置に収まったのも、このような状況があったからである。
(本来ならもっと大騒ぎして、側妃でもいいからウチの娘を!とか言ってきそうだもんね)
マルグリッドの知る、世界の歴史はそんな話であふれている。
国外に目を向けても、接する領土が一番多い、コンスタンス姫の国であるアデニアとの仲は良好である。
その他の近隣諸国は小国が多く、自国の守りが手一杯で、エルベに向かって来るような軍隊を所有している国はない。
(もちろん、これらは代々の王や民の努力の証なんだけど、大陸の位置的にも恵まれた国だと思う)
つまりエルベの王妃という座は、姫君にとって、まずまず幸せな位置にいると言えるだろう。
側妃とはいえ王家に嫁いだ事で、マルグリッドは今、福祉の充実の一端を手がけていた。
具体的に言えば、庶民の識字率の向上と、衛生意識を広める事だ。
歴史的に見れば、2、30年に一度は起こる、流行り病による死者を少しでも減らすのが目標だ。
(文字が読めれば、政府の出す告示なんかも読んでもらえるし、手を洗うことがなぜ有効かも浸透させることができる)
街の子供は、教会や私塾で、ある程度の読み書きを習っている。
地方でも、裕福な子供は同様だが、それを義務化して、どんな貧しい子でも読み書きと簡単な計算ができる様にしたい。
(その上で優秀な子を推薦させ、奨励金を出して各州都で学ばせる)
エルベの貴族は家庭教師に学ぶのが基本のため、いわゆる『貴族学校』はなかったが、各分野の専門の研究機関が存在しており、優秀な子弟を集めていた。
マルグリッドの父であるヴェルデ伯爵は、この機関の研究者の一人であり、名誉顧問も務めている。
最終的にはこの機関にも、庶民が入れるようにするのが、マルグリッドの野望であった。
コンスタンス姫や、いずれ嫁いでくる第二妃の仕事は多岐に渡る。
外交や社交、王家の一員として表に出る事が多くなるだろう。
だからマルグリッドは、裏方の仕事を引き受けるつもりだった。
もちろん乞われれば手伝いもし、国の内向きのことに興味があれば、そちらにも顔出ししてもらい…と、王族の女性と政府の調整役になれればと思っている。
嫁いでくる姫が、『妾』風情と付き合うつもりはない、という人物だったら、極力『陰』に徹するつもりだったが、現在の所、正妃と側妃の仲は『非常に良好である』と言っていいだろう。
(もし、その良好である『姫君』を手放し、再び他国から正妃を取るとしたら…)
次に嫁いでくる姫や令嬢が、愛妾に口を出されたくない、と考える女性である可能性は、おそらく高い。
(まぁ、その場合はアントワーヌ、エリザ、クリスティンの誰かが来てくれるまでの辛抱だよね)
マルグリッドは、自分の親友たちの中の誰かが、第二妃に入ると信じていた。
コンスタンス姫が去るなら、彼女たち自身が次の王妃になることも考えられる。
「それならそれでもいいか…」
思わず口に出して言ったが、マルグリッドとしては、やはりコンスタンス姫を今、ザミアに出すのは賛成できなかった。
もし、ザミアの政権交代が成就した後なら、考えてもいいとは思う。
新しい国王が描く地図が、それまでのザミアからの脱却なら、兄弟国からの花嫁は大切にされるだろう。
またアデニアとしても、新ザミアへの援助その他が、しやすくなる。
(だが、それが二年以内に…という訳には、さすがに行かないだろうなぁ)
二年すれば、姫は成人する。
成人すれば、『白い結婚』という訳にはいかず、レアンドルの子を望まれるようになるだろう。
「さすがに…それ以降は、無理だわ」
子が出来ようが出来まいが、きちんと義務を果たしている正妃を、右から左へと送り出すなどさせるつもりはない。
(ただでさえ、心に深い傷を負っても、エルベに嫁いで来てくれたと言うのに…)
マルグリッドは、深いため息をついて、ソファに身を持たせた。
…マルグリッドさんは、『妃』を役目として考えているので、レアンドルさんとの相性とかは殆ど考えてません(少しは考えてあげて…(-_-;))
…もしレアンドルさんが嫌いなタイプの嫁が来ても、『自分がいれば(彼の心は)大丈夫』と思ってるのかもしれません(それはそれでちょっと…(-_-;))
 




