19.過ぎ去った時間
セドリックが、コンスタンスをザミアに誘うことは、想定の一つにあった。
(でなければ、わざわざ王弟もコレを連れてこないだろうし)
だが何で、王弟妃なのだ。
詭弁だとしても、姫の気持ちを…
(…考える訳ないか。それができる男なら、今この国にいないよね…二人とも)
自分が、この最低男に、少しは期待していたらしいことが分かって、マルグリッドはやるせなくなった。
(謝るとか…謝るとか!まずは誠心誠意、謝罪するのが先でしょう!!)
その後に自分の気持ちを告白して、姫の心を少しでも癒してくれれば…なんて、状況を1%でも考えていた自分を殴りたかった。
マルグリッドが気持ちを立て直した頃、姫も口を開いた。
「セドリック」
「はい!」
「ザミアへお帰りなさい」
「え?」
「そして二度と、私の前に姿を見せる事は許しません」
「なぜですか!?」
慌てるセドリックに、姫は嫣然と微笑んだ。
「我が身は既にこの国の物。故国にも、ましてやザミアには一切関わるつもりはありません」
コンスタンスはきっぱりと言い放つ。
生まれながらの王族が持つ、毅然としたオーラに気圧されたように、セドリックはひるんだ。
「貴方との会見を了承したのは、幼き時より我が身を守って来た、その『時間』に謝意を示しただけ。これ以上の空言は、エルベ国王太子妃として許容することは出来ません」
「ひ、姫…わたしは…!」
一片の未練もなく拒絶され、うろたえるセドリックに、コンスタンスは一瞬だけ、元の、彼の姫のように笑った。
「…もう『姫』はいないのよ、セドリック」
小さな、哀しい声だった。
『貴方が私に触れた日から…』
続けられた言葉は、声にならなかったが、口の動きで伝わったのだろう。
セドリックが手を握りしめ、震えながらうつむいた。
コンスタンスはおもむろに、盗聴防止の魔石を解除した。
「このお茶は、私がこの国で一番気に入っているものです」
コンスタンスの視線がマルグリッドに流れ、マルグリッドは恭しく一礼した。
セドリックはのろのろとティーカップに手を伸ばしたが、ただその色を見つめるだけだった。
コンスタンスは、優雅な仕草でお茶を飲み干すと、静かに席を立った。
扉に向かって歩き始めた彼女に、ためらいがちな声がかかる。
「姫……コンスタンス様」
コンスタンスは、振り返ることなく告げた。
「さようなら、セドリック」
そして、思い出したようにつぶやく。
「あぁ…貴方に別れを告げるのは初めてね」
祖国でこの元騎士は、主に別れも告げずに、黙っていなくなった。
コンスタンスの口元に笑みが浮かんだのを、マルグリッドは見た。
それが自嘲でも皮肉でもなく、ただ単に、この状況を『面白い』と思える事が出来た、あかしであればいいとマルグリッドは思う。
近づいてくるコンスタンスに、マルグリッドはサラと共に深々と頭を下げた。
部屋に戻ると、今度は逆に、コンスタンスがマルグリッドに深々と頭を下げた。
「…え、止めてくださいませ!」
「いえ、本当に有難うございました。セドリックに会うことが出来て、ようやくこれまでの全てを、過去に出来た気がします…」
コンスタンスの水色の瞳は、どこか遠くの空を映しているようだった。
「…ずっと、あの日の続きを演じているようで、自分が自分でない気がしていたのです」
確かにコンスタンスは、今までもとても美しくはあったが、妖精めいた、この世ならざる儚げな印象だった。
だけど今は、頬に赤みも差し、銀色の髪がキラキラと美しい顔を飾っているように見えた。
マルグリッドは、しみじみと胸をなでおろした。
「…それは、良かったですね」
本当に。
「マルグリッド様には、感謝の言葉もございません」
そう言って、コンスタンスが再び頭を下げようとするのを、マルグリッドはその肩に手を当てて押し留めた。
「私は何もしていませんよ。すべてコンスタンス様が、ご自身で為された事です」
これは本当だ。
お膳立てはしたが、マルグリッドが出来たのはそこまでだ。
セドリックを振り切ったのも、別れを告げたのも、全部コンスタンス自身が行った事だ。
何かあったら口を挟もう(あわよくば騎士を殴りたい…)と思って一緒に行ったのだが、その必要は全くなかった。
「…ありがとう、ございます」
伏せられたので顔は見られなかったが、声が少し震えていたので、マルグリッドはそのまま背に手を回して、安心させるようにさすった。
『すべてを、過去に…』
言葉で言うほど、簡単な事ではないのだろう。
長年側にいて、恋心を抱いた相手だ。
手痛い裏切りに遭ったことで、刻まれた想いもあっただろう。
だが今日現れたのは、外見はそれなりに整っているが、己の事しか考えていない男だった。
(コンスタンス姫にも、それが分かったから、別れを告げられたんだよね)
美しい思い出にならなかったが、それはいい事なんだ、とマルグリッドは己の中で頷いた。
「さあ、お茶でも飲んで、ひと休みしましょう」
マルグリッドが明るく言うと、侍女として唯一この場に残っていたサラが、目をうるませたまま力強く頷いた。
「…はい!ただいま用意します」
コンスタンスの手を取って、マルグリッドはテーブルへと導いた。
「本日お持ちした菓子は、城下町でも評判の物なんですよ」
「まぁ、それは楽しみです!」
コンスタンスが初めて見せる、素直な喜びを示す様子に、彼女が 本来、お化粧よりお菓子の似合う歳なのを思い出し切なくなる。
自分の出来る範囲で、なるべく甘やかしてあげたいとマルグリッドは思った。
…会見中、部屋の中のドア前に兵士がいたので、マルグリッドが元騎士に殴り掛かるような事態は起こせなかったと思います。
…次は王弟殿下のターンかなー
 




