14.王弟と王太子
「頭がおかしいのかと思ったが、どうやらあれで常態らしい」
肩までのウェーブのかかった金髪を揺らしながら、異国の扮装をした美男は優雅な仕草で、右手に持ったゴブレットを揺らした。
「本気で、コンスタンス姫が、まだ自分を慕っていると思っているんだよ」
笑えるだろう?と言われて、レアンドルは渋い顔をした。
あまり笑える話ではなかった。
マルグリッドが元姫と元騎士の、血管の切れそうな会話を聞いている頃、レアンドルはザミアの王弟を接待していた。
本来なら、王弟が自国へ帰るまで姿を現す予定はなかったが、侍従を通じて名指しで渡された紙片に
『面白い話を聞かせてやる』
と書かれており、興味を持ったレアンドルが会見の場を設けたのだ。
「ザミアで、何か探していただろう?」
互いに挨拶を交わし、人払いをした途端に、王弟――ルカスは挑発するよう訊いた。
「さあ、どうでしたか」
薄い笑みを唇に浮かべ、レアンドルは軽くいなした。
ルカスは機嫌が良さそうに笑っていた。
「まぁいいさ。あの『騎士擬』を、放置出来ぬのは分かる。むしろ、よくザミアまで来れたものよ」
問題の子爵次男を、『騎士擬』=騎士のまがい物という表現は、中々秀逸だとレアンドルは思った。
「隣国とザミアの境界は、結構曖昧だと伺ってます」
「もともと兄弟国だからな」
「仲の悪い兄弟もいましょう」
レアンドルの言葉に、ルカスは笑みを崩さず言い放った。
「表向き、仲は良いのだよ。これでも」
それが何を指すのかは指摘せず、レアンドルは本題に入った。
「殿下と、『騎士擬』殿の御関係は?」
「聞いて驚け。無関係だ」
「我が国まで連れて来て、それは通らないでしょう?」
「それが通ってしまったのだよ…まぁ、先祖がどっかで繋がってるらしいがな」
それは充分『関係』していると、レアンドルは口にはしなかった。
王弟配下の貴族に、突然、『自分はザミアの王の血を引いている』とセドリック・マイヤール子爵家次男が、ねじ込んできた事から話は始まった。
「調べたら、マイヤール子爵家は、ザミアの家臣だった頃は『ロクサーヌ男爵家』を名乗っていてね、初代は王家の庶子が起こした家だったんだ」
身分の低い妾の産んだ子だったが、王に寵愛を受けた彼女の名を家名にしたとのことだった。
「我が先祖は、中々ロマンチストだったのだなぁ」
どうでも良さそうな口調のルカスに、レアンドルも淡々と尋ねる。
「それが裏切り、アデニアへ?」
「男爵の地位しか与えられなかった事を考えれば、家名の由来ほど厚遇された訳でも、重要視された訳でもなかったんだろ」
しかも領地は、国境付近だ。
「大昔の話だ。何の遺恨もない…筈だったんだが、まさかその子孫が、今頃私の前に現れるとはなぁ」
こうして子爵次男は、王弟殿下の興味を引くことに成功した。
「退屈していたしな。アデニアで近衛騎士をしていたという経歴も面白かった」
自分が求愛した、コンスタンス姫付きだったというのは、会った後に聞いた。
「これには、さすがに驚いたな」
セドリックが訪ねた貴族は、ルカスが婚約を打診するために、アデニアに送った使者役だった。
その時に顔見知りになったのだろう。
「…殿下はまだ、コンスタンス姫に?」
「姫に未練があるのは、兄上だな」
王弟の兄は、ザミア国王ただ一人だった。
「元々、求愛は陛下の命令だ。私は子供に興味はない」
きっぱりとした口調に、『そういえば、母上を口説こうとしたんだったな』と思い当たるレアンドルだった。
「では、ザミアの国王陛下が」
「なぜかなんて聞くなよ」
ルカスはニヤッと口の端を上げた。
「兄上…だけじゃないな。歴代のザミア国王は殆ど、常に、少しでも、国を広げたいのさ」
王弟殿下は、一つ一つ言葉を区切って強調した。
王太子として、近隣諸国の歴史的状況をレアンドルは叩きこまれている
この雑な説明で、納得せざるを得ないほど、代々のザミアの国是は明瞭だった。
「元々、隙あれば狙っていた兄弟国だ。しかもすでに相手が決まっているのを知っていての、ほぼ嫌がらせのような求婚だったから、諦めも早い」
だが、と王弟は続けた。
「アデニアは姫の持参金として、あの鉱山を持たせただろう? あれがまたしゃくに触ったらしくてなぁ」
再燃した、と王弟は投げやりに言い、ゴブレットの中の葡萄酒を呷った。
「…あれは、そちらがこちらとの婚約に横やりを入れてきた為、婚儀が早まり、そのせいで上乗せされたようなものですよ」
レアンドルは、自業自得だと言いたげに、ため息をついた。
横やりがなければ、最初の取り決め通り、姫の成人を待っての輿入れで、当然、『白い結婚』を条件にされることもなかった。
もしそうだったら、魔石の出る鉱山の採掘権も譲られることはなく…
(…マルグリッドを、側妃にすることは叶わなかっただろうな)
ザミアの横やりに、周囲から深く同情された自分が、実は現在、一番利益を享受しているのを、レアンドルは皮肉だなと思った。
…王弟は濃イイけど、美形です。
…正統派イケメンのレアンドルさんと並べると結構眼福で、マルグリッドさんが見たら悶えているでしょう。
…あけましておめでとうございます。
…今年もお立ち寄りいただけると幸いです<(_ _)>




