12.異国の騎士
「陛下…というか、父上もキレていた」
レアンドルがため息を吐いた。
「ザミアの王弟、母上にも色目を使っていたそうだ…」
その息子はどこか遠い目をしてる。
この国の王妃は、そろそろ40だが…
「まだまだお美しいですから…」
多少下駄を履かせれば、マルグリッドの姉でも通じるだろう、国民から敬愛されている義母である。
「私は、母上の容姿は言及しない。余所の国の王太子妃に会いに来て、王妃に色目を使う王族に驚いているだけだ」
レアンドルの主張に、マルグリッドも口元を歪めた。
本当に何しに来たんだろう…と言いたいところだが
「で……聞いたな?」
念を押すレアンドルに、マルグリッドも重々しく頷いた。
「はい」
王弟は、さんざん『姫に会わせろ』と懇願した後に、自分の面会が叶わないなら、せめて従者に姫の安否を確かめさせてほしいと言ってきた。
『私が今回、随行させた者の中に、以前コンスタンス姫に仕えていたという騎士が、偶然いるのです』
そんな偶然在ってたまるか、とマルグリッドは思う。
『姫がこちらに嫁ぐ際に、お側を離れたそうですが、骨休みに我が国を訪れていたところを、私と親しい友人が引き合わせてくれましてね…今回、こちらへ訪問することが決まった時には、運命だと思いましたよ』
その場にいた書記官の記録を、確かめさせてもらったマルグリッドは、嫣然と微笑んだ。
「随分、仕込まれた『運命』ですこと」
その声を聞いたレアンドルの背筋に、少し冷たい物が走ったが、彼も口の端を上げた。
「これはあくまで、あちらの勝手な要請だ。断っても、厄介なお客人の滞在が、多少延びるくらいだが…どうする?」
この件に関しては、レアンドルが王から一任されていた。
「そうですね…私は」
次の日の昼下がり、マルグリッドはコンスタンス姫の居室にいた。
侍女の姿で。
「…本当によろしいのですか? まだ断れますよ」
マルグリッドの問いに、サラも泣きそうな顔で両手を組んで頷いている。
姫は口元に儚い笑みを浮かべていたが、きっぱりと答えた。
「私はマルグリッド様にすべてお話しした時、一度死んだものと思っております」
その私に、今更何の怖いものがありましょうか?――逆に問いかけられ、マルグリッドは深々頭を下げた。
「分かりました。お供します」
「ご迷惑をお掛けします…参りましょう」
姫君は立ち上がり、歩き始めた。
マルグリッドはその先導を務め、姫の後にサラが続いた。
王宮内には応接室が幾つもあり、客のレベルや人数で宛がわれる部屋が決まる。
少人数で使うにしては広々とした部屋の、重厚で優雅なレリーフの入った長テーブルには一人の青年が座っていた。
騎士の恰好をした彼は、扉が開き、侍女に続いて、現れた貴人を見て立ち上がった。
「姫っ…!」
コンスタンス妃はそちらを一瞥しただけで、優雅な仕草で進み、侍女の引いた椅子に腰かけた。
そうして対面に立つ騎士に、ゆっくりと声をかけた。
「久しぶりね、セドリック」
青年が座り直すと、扉からワゴンを押した侍女が現れ、素早くされど優雅に、二人の前でお茶を淹れると出て行った。
二人の距離は、机を挟んで大体2M弱。
周囲には侍女二人、少し離れた扉の両脇には、王宮の兵士が立っている。
「…健やかなご様子で、安堵いたしました」
「そう…?」
曖昧に返すと、元アデニアの姫君は、己の元騎士を冷静なまなざしで見つめた。
「…セドリックは、ザミアに仕官したのですね」
「違います!」
「ではなぜ、王弟殿下の供に?」
「こちらの国へ伺うという王弟殿下に、私が頼んだのです」
少し顔をしかめた元主人に、セドリックは懇願するように口を開いた。
「心配だったのです、姫君が。倒れられたとお聞きして、居ても立っても居られなくなり…」
青の瞳、くせのある暗灰色の髪を後ろに撫でつけた、セドリック・マイヤールの見た目は、確かにクールなイイ男だった。
騎士だけあって、体のバランスもいい。
(深窓の姫君の目にも、理想の騎士様だったんだろうなー)
納得はするものの、
「コンスタンス姫…」
既に他所の国の王子に嫁いだ姫君に、その甘い声はいかがなものかとマルグリッドは冷めた思考で思った。
「共に過ごした時間に免じて、私に今しばし、お時間をいただけないでしょうか?」
姫は、しばしの沈黙の後、サラにチラっと視線を送った。
サラは頷くと、マルグリッドと目線を合わせ、二人は姫君から少し離れた位置に移動した。
盗聴防止の石を使う合図だった。
『セドリックは、私がこの魔石を持っているのを知っています』
おそらく使うように要求してくるでしょう――サラも頷いていたが、マルグリッドも賛同した。
わざわざこんな場所までやってきたのだ。
こんな便利な石があるのを知っていて、使わない訳がない。
(むしろ、内緒で話せると思ったから、のこのこやって来たんだろうねー)
騎士とどんな時に使っていたかは、あまり想像したくないマルグリッドだった。
「…姫、もう大丈夫でしょうか?」
「えぇ」
ふっと、セドリックはひと息吐き、それまでとは違う、親しみを込めた声音で話し出した。
「本当に心配したのですよ? 姫が倒れたと聞いて」
「倒れた訳ではありません。疲れが出て、休んでいただけです」
「長旅でお疲れだったのでしょう。私がお側にいれば気をつけられたのですが…」
姫はクスッと笑った。
「私の側を離れたのは、貴方の方だと記憶しておりますが?」
そうだ、そうだと、マルグリッドも心の中で応援する。
『魔石を起動させる場合、セドリックには、自分達以外誰も聞いていないと思わせます…が』
事前に姫に説明されていた通り、現在二人の会話は、マルグリッドにもサラにも聞こえている状態だった。
…感極まっていても、身分の低い方から声を掛けるのはアウトです。マルグリッドの中で騎士のマイナスポイントがどんどん貯まっています。
…年内にもう1回くらい更新したいです(◎_◎;)




