1.最悪のプロポーズ
とりあえず、最後まで決まっているお話です。
…できるだけ早めの更新を目指してます(色々申し訳ない…)
マルグリッド・ヴェルデは伯爵令嬢である。
漆黒の巻き毛、碧玉の瞳。
物心ついた頃、鏡を見ていて思わず「白雪姫みたいだ」、とつぶやいた。
彼女には、おぼろげながら前世の記憶が残っていたが、生活が変わるほどではなかった。
侯爵家出身の母が、同じく侯爵家出身の王太子妃(現・皇后)と友人であった為、マルグリッドは幼い時から母に連れられて王城へ通い、2つ上の王子、レアンドルと幼馴染的立場で育った。
レアンドルは、夕陽のような赤みがかった金髪と同色の瞳をした、顔立ちの整った子供だった。
国王の唯一の子として、大事に大事にされていたが、教育係が良かったのか、本人の性格か、そこそこのワガママを言うものの、根は素直で優しくやんちゃな少年だった。
剣も扱い、頭も良い。
誰もが夢見る『王子様』に成長したレアンドルに、マルグリッドも恋をしていたが、立場もわきまえていたので、王子の婚約者には公爵、侯爵家の令嬢がなるものと分かっていた。
王子やマルグリッドと同年代には、公爵令嬢が1人、侯爵令嬢が2人いた。
3人共に美しく、賢く、誰が王太子妃になってもふさわしい令嬢達であったので、中々1人には絞られなかった。
だが、レアンドルが17、マルグリッドが15の時、王太子に隣国の第二王女との縁談が持ち上がった。
両国の友好の証として、三代前に、こちらの姫君が嫁いでいったので、今度はそのお返しとのことだった。
隣国は資源が豊富で、国内も落ち着いている。
断る理由もなかったので、王とその重臣たちはこれを了承。
第二王女はその時、まだ11だったので、挙式は5年後と決まった。
マルグリッドは、これで諦めがついたと密かに涙して、父に自分の婚約者を探してほしいと頼んだ。
母は3年前に病で他界、ヴェルデ伯爵家にはマルグリッドしか子供がいなかった。
入り婿にふさわしい相手を探すのは難航したが、2年後、ようやく同じ伯爵家の三男に決まりかけた時、王宮からSTOPがかかった。
あわてて王宮に上がったヴェルデ伯爵と、マルグリッドを待っていたのは、国の宰相だった。
「レアンドル王太子殿下のご結婚が早まったと? そ、それはおめでとうございます…?」
伯爵は、宰相から告げられたそれと娘の結婚に、何の関係があるのか、さっぱり分からなかった。
マルグリッドも同じで、首を捻った。
「ついては…」
「いいよ、そこから先は私が伝えるから」
宰相の言葉を遮ったのは、その場に現れたレアンドルだった。
「マルグリッド、ちょっと…」
王子の手招きに、マルグリッドは不審に思いつつも、幼馴染の気安さで、その後について行った。
通されたのは、王妃と母がいつも話をしていた、薔薇園の見える部屋のテラス席だった。
「懐かしいわ…」
マルグリッドが目を細めて庭園を眺めると、レアンドルも微笑み、おもむろに口を開いた。
「隣国から第二王女、コンスタンス姫が、来年嫁いでくることになった」
未だ残る心の痛みを押し隠し、マルグリッドは頭を下げ言祝いだ。
「それは、おめでとうございます…でも、何で2年も早まったの?」
王子と2人きりなので、マルグリットは率直に聞いた。
「姫に、他国から縁談が入ったらしい」
「はぁ?」
「すでにこちらと婚約しているのを、知っているにも関わらず、ねじ込んできたんだから、常識なんてある訳はない」
「みたいね」
「力関係で、はっきりと断るにも触る相手とのことで、悠長に3年も国で待っていられないらしい」
「あらあら、大変ね。コンスタンス姫はまだ13、4よね…」
マルグリッドの表情が憂いで曇った。
こちらの標準成人年齢は大体16。つまり、姫の成人を待ってからの輿入れの予定だったのだ。
それだって、18歳で成人する国の記憶があるマルグリッドにしてみれば、少し早いと思っていた。
「大切にしてあげないとダメよ、レン…いえ、レアンドル殿下」
自分も結婚するし、もうこんな風に向かい合って話すことも出来なくなるだろう。
(言葉も改めないとね…)
郷愁を込めて、マルグリッドは静かに微笑んだ。
「マルグリッドには、ずっとレンと呼んでほしい」
「ダメよ」
「ダメか」
「当たり前じゃない」
笑いながらも、マルグリッドは少しおかしく思った。
いくら幼馴染とはいっても、もう子供ではないのだ。
結婚した王太子を他の女が愛称で呼ぶなど、ダメに決まってる。
そんなことが分からない相手ではないのに。
訝しむマルグリッドに、レアンドルはさらっと爆弾を投げた。
「…実は、姫が16になるまで、『白い結婚』にすべきだという意見が出た」
マルグリッドは心の中で、ええぇーーー!と叫んだ。
『白い結婚』とは、いわゆる『初夜』や、その他、性的関係のない結婚のことだ。
国内外の諍いの多かった昔は、体のいい人質としての政略結婚が多く、10歳やそれ以下の歳で嫁いだり別れたりする事があったため、そんな言葉が作られたという。
「…それは、隣国から?」
「あちらの大使が微妙に口ごもりながら、王の希望で出来れば…と。それに加えて、結婚が早まった事に対しての持参金の追加として、北部鉱山の採掘権の半分譲渡が提案された」
「…うわあ」
隣国との境にある北部鉱山では、石炭や鉄鉱石の他、稀少な『魔石』と呼ばれる石が取れることがある。
魔石は、マルグリッドの以前いた場所でいえば、天然の『電池』で、この世界の古代文明が遺した魔導具を動かすことが出来る。
迷宮内を照らす明かりや、大掛かりな浄水装置。
あまり数はないが、貴重な物が多く、研究の為にも是非手に入れたい物だった。
また採られた魔石の特性によっては、それのみで色々な力を発揮するものがあるという。
(そういうのは国宝クラスだから、私が拝んだりすることはないけど…)
今までは隣国の占有であったが、その半分を寄越すとは、いくらお詫びとしても破格の申し出だった。
「つまり、ソレ込みという事だろう」
マルグリッドもそう思った。
驚いたし、隣国の過保護さに少し呆れもしたが、幼い姫を想う気持ちも分からないでもない。
ただ、レアンドルが少し不憫かもしれない…と思ったところで、おかしなことに気づいた。
『なぜ、私がそれを知らされたの?』
普通、白い結婚は、厳重に秘するべき情報だろう。
恐る恐る相手を伺うと、こちらを見ていたレアンドルと目が合う。
「マルグリッド」
名を呼ばれて、背筋がぞくっとした。
何の根拠もなく、今すぐ逃げるべきだという気がしたが、遅かった。
「私の…側妃になってくれ」
頭が一瞬真っ白になり、次にボッと真っ赤になり、最後に正気が戻って来て、マルグリットの口を開かせた。
「でっきるわけないでしょう!」
…最悪のプロポーズだったと、マルグリッドは後に友人達に語った。