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卒業パーティで断罪されていますが、何だか様子がおかしいです

作者: 風波 蓮花

「バーノン侯爵令嬢、これまでのアイリスへの無礼の数々、さすがに目に余るものがある。」


 今日は学園の卒業パーティ。

 婚約者が待てど暮らせど迎えに来なかったため、恥を忍んで一人で入場したところ、私は早々にそう声をかけられた。

 

 私の目の前には、私の婚約者でありこの国の第二王子であるカーティス殿下が、憎々しげな表情でこちらを睨んでいる。そして、その腕の中にしっかりと抱きしめられているのは、平民から貴族入りをしたとかいうアイリス。


 カーティス殿下は金髪の髪と、アメジスト色の瞳をした眉目秀麗な王子様である。学園での成績は常にトップで、卒業後にはすぐに外交政策の長になると噂されていた。

 そのカーティス殿下の腕に守られているアイリスはピンクブロンドの髪にすみれ色の瞳をした愛らしい女性だ。子どもの頃にどこかの貴族家から攫われたらしく、今から四年前に、持っていたペンダントの紋章から貴族であることが分かったとかなんとか。当時は社交界でかなりの噂になっていたが、興味がなかったので詳しい話は全く知らない。


 そして、私。私はリリアナ・バーノン。バーノン侯爵家の一人娘であり、カーティス殿下の婚約者である。

 私とカーティス殿下との出会いは、私たちが五歳のとき。母に連れていかれた高位貴族のお茶会で、同じく王妃殿下に連れてこられていたカーティス殿下と出会った。当時から類稀なる美貌を持っていたカーティス殿下に、私は一目ぼれをした。

 他にも何人か高位貴族の子息子女たちがいて、みんなで遊んだはずだけれど、私にはカーティス殿下がいたということしか覚えていない。


 そのときにカーティス殿下は、庭園に咲いていた薔薇の花を見て私に似合うと言って薔薇を手折り、そして私の髪に挿してくださって……!!!


 はあ、はあ。少々興奮してしまった。


 まあ、そういうことで、私はその頃からカーティス殿下に夢中なわけだ。

 そして、彼も私にいつも優しくしてくれた。

 

 財務大臣を務めていた父の力を存分に使って、カーティス殿下と一緒に過ごす時間を設け、そしてついに八歳の頃に婚約を結ぶに至ったのだ。


「僕も君みたいな真っ直ぐな子が妻だったら幸せだと思うよ」と言ってくれたカーティス殿下の笑顔は忘れない。あの時は天にも昇るような気持ちだった。


 それから十年。あんなにも順風満帆だったはずなのに、今日のカーティス殿下はどうしてしまったのだろうか。


 カーティス殿下は、私がアイリスに無礼を働いたと仰っていた。しかし、私には全く身に覚えのないことだ。


「カーティス殿下、仰っている意味が全く分からないのですが……。」

 

 訳が分からずに首を傾げてみると、カーティス殿下は苦虫を潰したような顔をされた。


「本気で、言っているのかい?」

「ええっと……はい。教えていただけますか?」


 困惑のままにそう告げると、カーティス殿下はひとつため息をついた。隣にいるアイリスは不安そうな顔でカーティス殿下と私を交互に見ている。


「そうか。残念だ。」


 カーティス殿下は苦々しい声で言うと、周りに立っている側近たちに何かを命じた。すぐさま一人が書類を持ってやって来る。あれはたしか、宰相の息子である侯爵令息のはずだ。


「これは、バーノン侯爵令嬢がアイリスに対して行った事柄をまとめた報告書だ。まず、バーノン侯爵令嬢は廊下でアイリスとすれ違う際に挨拶をせず、廊下の真ん中を歩いていたとある。」


 カーティス殿下はここで言葉を切って、私の方を見た。たしかに、そうだ。しかし、それに何の問題が?高位貴族に下位貴族が道を譲るのは当然のことだ。


 私は王族とその縁戚にあたる公爵家に次いで三番目に位が高い侯爵家の娘。そして、学園の中に限れば王族であるカーティス殿下の次である。せいぜい侯爵家同士で鉢合わせてしまったときに、どちらが道を譲るかで牽制する程度だ。


「さらに、アイリスからの茶会の誘いを全て断っていて、謝罪もなかったとある。」


 これもその通りだ。しかし、それはカーティス殿下との時間を取ろうとしたからこそ。それに、高位貴族が下位貴族の申し出を断ることは失礼には当たらない。もちろん謝罪も必要ない。


「それに、これは報告書にはないが……今日着ているそのドレス。それは『王家の色』である紫のドレスではないのか?」


 それもその通りである。デビュタントこそ十五歳でおこなうが、貴族子息子女は王立学園への入学が義務だ。だからこそ、本格的な社交は卒業後。今日の卒業パーティはデビュタント後、はじめての本格的なパーティといえる。

 しかし学園の慣習で、卒業パーティのドレスは自分で選ぶ必要がある。普通のパーティは婚約者や夫からドレスが贈られるものだが、婚約者のいない者への配慮のためらしい。

 だからと言って、貴族の慣習に則らないというわけでもない。王族は王族の正装を。だからこそ私は準王族として紫のドレスを用意したのだ。これもおかしいことではない。過去の婚約者たちの服装を調べ、皆が紫のドレスを着ていたからこその判断である。


 領地の父に、カーティス殿下のエスコートを受けるからと伝えると、嬉々として準備してくれたものだ。それのどこがマズかったというのか……?カーティス殿下がなぜ怒っているのか全く分からない。


 むしろなぜカーティス殿下は私を迎えに来なかったのかを問いたい。彼は私に恥をかかせるために、この様な場所を設けたのだろうか……?


「カーティス殿下、私は……私は、貴方様の婚約者として恥ずかしくない行動をと思って……」

「それが間違っているのだ。」


 首を左右に振ってため息を吐くと、カーティス殿下はこちらを厳しい目で見つめた。その鋭さたるや、まるで刃の如く、私は身体をぴしりと強張らせた。


「学園内では不敬罪を問うことはできないが、君の評判はあっという間に社交界に広がるだろう。ここからは、もう少し考えて発言した方がいい。まあ、もう手遅れかもしれないが。」


 カーティス殿下の声は酷く冷たい。凍えるような声に私はふるりと肩を揺らした。


「カーティス殿下……、」

「同年代の侯爵令嬢が自分しかいないからと言って、勝手に婚約者として振る舞うなど、許されないことだ。」


 勝手に振る舞う?一体どういうことだろう?


「カーティス殿下は……私と婚約を結んでいらっしゃいますでしょう?」

「……は?」

「……え?」


 カーティス殿下は呆然とした面持ちでこちらを見つめた。私もカーティス殿下の反応があまりにも予想と違ったため、呆けてしまう。


「え、と……、バーノン侯爵令嬢。なぜそのような発想に?」

「なぜって……、酷いですわ!八歳のお誕生日会のとき、私が『カーティス殿下のお嫁さんになりたい』と申し上げたら、『僕も君みたいな真っ直ぐな子が妻だったら幸せだと思うよ』って仰ったではありませんか!!私からのプロポーズを受けてくださったのでしょう!?」

「えええ…………。」


 涙ながらに訴えるも、カーティス殿下はこめかみに手を当ててしゃがみ込んでしまった。その肩を隣にいたアイリスもしゃがみ込んでそっと支える。

 なんて馴れ馴れしい態度だろう?もしかしてカーティス殿下はあの女と婚約を!?まさか!!


「殿下……、もしやそちらの女性と婚約を?」


 名前を呼ぶのも忌々しく、しかし震える声で伝えると、カーティス殿下は驚いたような顔でばっとこちらを凝視する。しばらく驚愕の表情のままこちらを見つめていたが……。


「まさか、ここまでとは。」


 カーティス殿下はガックリと肩を落とした。その姿を思い遣るように、アイリスが背中を撫でている。その様子はかなり親しい仲のように見える。学園内では一緒にいるところを見たことがなかったが、一体どこでそんな仲になったのか?

 正確にいうと、学園内では常にカーティス殿下に女性が近寄らないように気を配っていたので、他の女子生徒が近寄れるはずもないのだが。


 あまりの悔しさに唇を噛んでいると、アイリスがすっと顔を上げた。すみれ色の瞳が私を射抜く。


「リリアナ様、発言をお許しいただけますか?」


 鈴を転がすような愛らしい声が響いて、私はさらにキツく唇を噛んだ。きっと勝ったと思っているのだろう。平民上がりのくせに。ちょっと可愛いからといって、カーティス殿下に見初められて。悔しい悔しい悔しい。

 睨みつけたままでいると、私が許可を出す前にアイリスは話し始めた。


「お兄様と私は兄妹でございますから、婚約を結ぶことはできませんよ。」

「…………え?」

「やはりご存知ありませんでしたか。私は、幼少期に王家から拐われた第二王女なのです。カーティスお兄様と私は双子ですのよ。」

「はああああああ???」


 淑女らしからぬ声を上げてしまったが、どうか許してほしい。まさかの、王族である。


「うふふふふ。リリアナ様は、カーティスお兄様しか眼中にありませんでしたから、私のこと……というか、その他全てのことにご興味がないだろうとは思っておりましたわ。」


 そう言って口元を扇で覆いながらアイリス……アイリス殿下は、楽しげに笑った。たしかに、よく見ればカーティス殿下とアイリス殿下は顔立ちがよく似ている。色彩もアイリス殿下の方が淡い色合いをしているが、たしかに王家のそれであった。そして、今日の彼女は腰にリボンの付いた可愛らしい紫のドレスを着ている。


 なぜ、気が付かなかったのだろう。

 アイリス殿下が言うように、私はカーティス殿下以外のあらゆるものに興味がなかった。さすがに高位貴族の名前と顔くらいは一致させるようにはしていたが、途中編入のアイリス殿下のことはノーマークだった。どうせ下位貴族のご令嬢だろうと、勝手に決めつけてしまったのだ。


 何という失態。今ならば、カーティス殿下が私に告げた言葉の重さが分かる。王女に対して、侯爵令嬢如きが盾突いたと思われても仕方のないことをしてしまった……。私は自分の顔が青褪めるのを感じた。


 し、しかし、婚約については?それとこれとは、また別の話だ。これだけは聞いておかなければならない。


「アイリス殿下、このたびはとんだご無礼を。知らなかったとは言える失態でございます。しかし、カーティス殿下と私の婚約については……?」

「うふふ。私は全く気にしておりませんのよ。心配性の兄が、ちょっと過保護だっただけですの。それと、そうねぇ……私から言えるのは、あなたとお兄様は婚約関係にはないということですわ。」


 何ということだろう。婚約関係になかっただなんて!では、あのカーティス殿下からのプロポーズは?あれは何だったのか?

 私の思考は混乱に混乱を極めた。


 そんな中、のろのろとカーティス殿下が立ち上がる。


「バーノン侯爵令嬢。あなたが仰っている八歳の時の言葉だが、あれは、申し訳ないが社交辞令だ。」

「しゃこう、じれい……。」

「それに、私は第二王子。無駄な諍いを避けるためにも第一王子である兄上が婚姻を結ぶまでは、私は婚約をしないことになっている。」

「そん、な……。」

「君が勘違いをしていたとはいえ、アイリスへの無礼な態度、本日のドレス、どれをとっても君が私の婚約者になることはないだろうね。君はマナーも学業も素晴らしいが、視野が狭すぎる。残念ながら王家として君を妻に迎えることはできない。」


 私が信じていた全てのものがガラガラと音を立てて崩れていく。カーティス殿下の目は憐れみに満ちていて、嘲りの色がなかっただけ救われたかもしれない。私は立っていることができずに、その場で崩れ落ちた。

 きっと、今日のことはすぐに世間に知れ渡るだろう。そうなれば、私は破滅だ。私だけではない。もしかしたら父や母にも迷惑がかかるかもしれない。


 泣き叫びたい気分だったが、これまでの淑女教育がそれを許してはくれず、私はカーティス殿下の側近の一人である騎士団長の次男に抱えられて、パーティ会場を後にしたのだった。






 それから数年後。


「リリアナ、今日はハーフアップにして編み込みして欲しいわ。」

「かしこまりました、アイリス様。」


 私はアイリス殿下……今は宰相を務める侯爵家に降嫁し、侯爵夫人となったアイリス様の侍女として仕えている。


 あの騒動の後、事態を重く見たお父様から謹慎を命じられ、家に引きこもっていた私のところにアイリス様からお手紙が届いた。曰く、ずっと私と友達になりたいと思っていたと。だからこそ何度もお茶会に誘ってしまったのだと。あんな公衆の面前で断罪するようなことになってしまって申し訳なかったと。そして、自分の友人兼侍女としてそばにいてくれないかと綴ってあった。

 

 私はすぐにアイリス様に承諾のお返事を書いた。今まで失礼な態度を取ってきたというのに、寛大な心を持ったアイリス様に忠誠を誓おうと思った。それに、あんな騒動をおこした娘など、たとえ侯爵令嬢であってもまともな縁談が結べるとは思えない。お仕事をいただけるのは素直に有難かった。


 このことを父と母にも伝えると、二人は涙を流してアイリス様に感謝をした。そして、私はすぐに王宮で働くことになった。


 騒動のことを知っている王宮勤めの侍女達からの多少の嫌がらせはあったが、アイリス様がすぐに私を専属侍女にしてくれたことや、私のマナーや知識がある程度の域にあることが分かってからは、周囲の侍女仲間達の態度も軟化していった。

 これは、偏に自分が王子の婚約者だと勘違いしていたからこそ必死に身に付けたものだったので、個人的には複雑な気分だったが。


 そして、現在私には婚約者がいる。もちろん、カーティス殿下ではない。あの騒動の日、すぐに私を控室へ運んでくれた騎士団長の次男だ。ギャルフという。

 彼は、側近としてカーティス殿下のそばにいたため、私の姿を見ることも多かったらしい。当時はカーティス殿下に夢中だったので私は気が付かなかったのだけれど……。


 侍女の仕事も慣れてきた頃、当時から惹かれていたのだと言って、ギャルフはプロポーズをしてくれた。見た目はカーティス殿下のように派手ではないが、優しく思い遣りのある素敵な男性だ。すぐには返事ができないと伝えた私に、いくらでも待つからと根気強く付き合ってくれた。来年には、婚姻式を執り行う予定である。


「リリアナも来年には一旦領地に戻ってしまうでしょう?早く戻ってきてね。」

「はい、もちろんですわ。」


 私は侯爵家の一人娘。そしてギャルフは伯爵家の次男である。そのため、ギャルフが侯爵家に婿入りすることになっているので、婚姻とともに領地経営についてお父様とお母様から手ほどきを受けることになっているのだ。

 おそらく一年くらいはお休みをいただくことになるだろう。



 恋は盲目。

 当時の私はあまりにも周りが見えていなかった。しかし、今は素敵な主人と素敵な婚約者がいてくれる。


 もし、あの時アイリス様が助けてくれなかったら。もし、ギャルフが根気強く待ってくれなかったら。私はこうして心から笑うことはできなかっただろう。


 たくさんの幸せをくれた人達に、これから少しずつでも返していけたらいい。

 そんな風に思いながら、私はアイリス様の髪に美しい紫のリボンを結んだのだった。


おしまい。

最後までお読みいただきありがとうございます!


恋もシスコンも、何かに夢中になると周りが見えなくなるんだなぁと書きながら考えてました。


もし「面白い!」「いいね!」と思っていただけたら

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よろしくお願いいたします!

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[気になる点] これ、紫のドレスの意味を知っていて許した侯爵にも問題あるよね。
[一言] 壮大な勘違い!(笑) ある意味突き抜けてますね〜 ま、幸せになったんで良しとしましょうね〜(笑)
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