キーラとロレック
「自警団から革命軍へ」
そう提唱したのは、団長の一番の側近でもあるロレック・シャンベルタンだ。
いつも会議を行うパブ《エンゼルブリッジ》のあらゆる方向から野次が飛ぶ。
パブと言えども、大人30人ほどは裕に着席できるスペースがある。
地区内では一番の大箱だ。
「軍を名乗れば、それこそ国警軍から目を付けられるぞ」
「我々はまだそこまで大それた人数じゃないだろう……」
「俺は賛成だ! 我が国民に反乱の火種の存在を見せつける必要がある」
「名前が広まれば、人も集まりそうね」
彼の唐突な提案に矢のごとく、賛否両論が飛び交っている。
ロレックは冷たい金属の左手で顎をさすった。
しかし皆端々では思っているはずだ。いつまでこの小さい群衆のまま、ちまちまと大国の国力を削いでいけるのか。
実際には皆が思っていても保身からか、口に出せる者はいなかった。
もちろん名が広まれば、我々は《国警軍》から狙われやすくなる。
そして、もしこれで自警団が解体されてしまえば、それは発言者の責任にもなる。
「……何を急いてる? ロレック」
その質問が空間の音を消した。
団長であるキーラ・ゴルゴンゾーラ。
キーラとロレックが中心となって創設した名も無き自警団であるが、最も信頼のおける側近からは何も聞かされていなかったようだ。
しかしそこに不穏な空気はない。
いつか言い出すだろう、そう理解した上で聞いているようにも思える。
「キーラ、勢力が大きくなることで皆が最も危惧しているのは、我々の組織の解体だ」
そう言うと何人かがはっきりと頷く。
「でも、僕が一番危惧しているのは団員たちの組織からの脱退だよ」
別の何人かが下を向いた。
キーラはそれを見ていないように振る舞いつつもさりげなく面々を確認した。
それに唯一気付いた長身黒髪の女部隊長が二人のやり取りに割入る。
「私だって娘を家族に預けているの。終わりが見えなければ、いつ家族のもとへ帰れるかと不安になるわ」
彼女の名はイドリース・ムーン。
自警団の中ではロレックの次点で切れ者である。
その言葉は、彼女なりの遠回しに皆を共感させる発言だろう。
脱退を考えている者たちの言葉をあえて代弁した。
しかし、本人には脱退する意思は毛頭ないと見受けられる。
「発言をありがとう、イドリース。国以上に守りたいものがある者たちは現状に不安を抱えている、キーラ」
ロレックがそう告げると、下を向いていた何人かは顔を上げ、少し救われたような眼をしていた。それまで反対していた者たちも口を噤む。
キーラはそれをまたさりげなく察し、
「言いたいことはわかった。前向きに考えてみようかね……ふー……」
そう言い、咥えていた煙草を一口吸ってパブを後にした。
キーラがパブから出るまで沈黙は続いたが、
「会議は終わりだ!今日も勝利の祝宴をあげようじゃないか!」
という誰かの言葉を一端にパブ《エンゼルブリッジ》は騒がしさを取り戻した。