ドリンク作りの練習 その3
時は流れて、閉店後。
「アーリアちゃん、お疲れ様! それで何種類くらいになったかな?」
「はい、お疲れ様でした! えっと、50種類くらいですね!」
客が途切れたタイミングでレシピを口頭で伝え、それをメモしてもらっていった結果、50を超えるカクテルのレシピが紙に書かれていた。
「そっか! 他のはまた明日にして、今から一緒に一杯作ってみようか!」
「え、いいんですかっ!?」
「うん、僕のやり方を真似しながら作ってみて!」
「わかりました、頑張ります!」
「それじゃあ、今日はジントニックにしよう。使うのはこのグラス」
雫はコリンズグラスを二つ取り、一つを自分、もう一つをアーリアの前に置く。
さらにメジャーカップとバースプーンも併せて手渡した。
「ありがとうございます!」
「いえいえ。じゃあさっきの紙を見て、ジントニックのところを読んでみて」
「ジントニック、ジントニック……。あった! ライム、ジン45ml、トニックウォーターって書いてます!」
「うん。その順番の通り材料を入れていけば、ジントニックができるんだ。よし、実際にやっていこう。まずはこう、ライムを絞って」
「は、はい!」
雫はグラスの中にくし切りにしたライムを絞り入れた。
アーリアもそれを真似るように、ライムを絞る。
その様子を見ると、緊張しているのか手が小刻みに震えている。
(最初は僕もこうだったな)
駆け出しの頃の自分とアーリアの姿が重なり、雫は思わず顔を綻ばせた。
「できました!」
「うん、次は氷! レモンやライムを絞り入れる場合は、先に果物を絞ってから氷って覚えておいて!」
これはレモンやライムが浮いてくるのを避ける工夫。
氷と違い、果物が唇に当たると不快感を覚えてしまうので、それを避けるためである。
「はい、先に果物ですね! じゃあ氷を入れます!」
雫と同じように、アーリアは冷凍庫から取り出したゴルフボール大の丸氷を3つ取り、トングを用いてグラスの中に入れた。
「よし。この後、ジンを入れるんだけど、どれかわかる?」
「ジン……これですよね!」
言いながら手に取ったのは、ボンベイサファイアと書かれた青い四角形のボトル。
ジンの銘柄の一つだ。
さすがはアーリア、一度教えたことはしっかりと覚えている。
「正解! ジントニックはジンを45ml使うんだ。メジャーカップの大きいほうで一杯分だね」
言いながら雫はジンをグラスに量り入れる。
「やってみます!」
雫に続き、アーリアも左手にメジャーカップを持ち、そこにジンをゆっくりと注ぐ。
大きいカップがなみなみ満たされたところで、グラスに移した。
まだぎこちなさはあるが、まあそのうち慣れるだろう。
「ふぅ……」
「後はトニックウォーターを7分目まで入れれば完成!」
「はい! ……って、あれ? トニックウォーターはメジャーカップで量らなくていいんですか?」
「うん! 7分目まで入れれば丁度いい比率になるように、ジンを45mlにしてるから!」
店にもよるが、基本的にジントニックの比率はジンが1に対し、トニックウォーターが4。
グラスの容量から逆算して、ジンや氷を入れた上で7分目までトニックウォーターを注げば、自然と1:4の比率になるようにしてある。
これは手順を減らすため。
それと繰り返し注ぐと炭酸が抜けてしまうので、それを避けるためである。
「それで入れ方なんだけど炭酸が抜けないように、こう静かに入れてあげるのがコツ!」
雫はグラスを傾け、内側に沿わせるようにゆっくりとトニックウォーターを注いだ。
アーリアも同じようにしてみるものの、勢いが強かったのか、泡立ってしまっている。
「あれ? す、すみません!」
「練習だから全然大丈夫! 味の違いがわかるからむしろよかったかも! 後はバースプーンで軽く混ぜてあげれば完成だよ」
雫はバースプーンをさっと二周ほど回すと、静かに引き抜いた。
「炭酸を使っている時は、今みたいにバースプーンでかき混ぜる時も軽くするようにしてね。ぐるぐるとかき混ぜると炭酸が抜けちゃうから」
「はい! 軽く、軽く……」
念仏のように呟きながら、アーリアもグラスの中でバースプーンを二周させる。
練習の甲斐あって、ステアは上出来だ。
「これでジントニックの完成!」
「わぁ……!」
アーリアは嬉しそうに声を漏らした。
自分が初めて作ったカクテル。思い入れのある一杯になるだろう。
「じゃあ、乾杯!」
「はい、乾杯です!!」
二人はグラスを打ち付け、口へと運んだ。
ライムの酸味にトニックウォーターの甘味と苦味。
それに炭酸のシュワシュワ感が調和して、一気に爽やかな気分になる。
やはり美味い。思わずゴクゴクと喉を鳴らして飲んでしまう。
「ううー、美味しい! ほろ苦くてさっぱり!」
アーリアも上手くできたようだ。
「アーリアちゃん、ちょっと味見させてもらっていい?」
美味しく作れたどうか、正しい味を覚えてもらうためにもしっかりと確認しなければならない。
雫はバースプーンを手に取りながら、彼女に尋ねた。
「はい、もちろんです! あ、じゃあ私はマスターの飲ませてもらっていいですか?」
「うん、どうぞ!」
そう言うと、アーリアはグラスを両手で掴んでそのまま口にした。
(あ……。い、いいんだ)
間接キスを気にしていたのは自分だけだったようだ。
急に恥ずかしくなった雫は、それを誤魔化すようにアーリアのジントニックに口をつけた。
その瞬間、雫は衝撃を覚える。
(こ、これは……)
感じたのはライムのエグ味。
果皮にそのまま齧り付いたような苦味が口に広がる。
恐らく、ライムを絞った時に力を入れ過ぎて、薄皮の部分まで絞ってしまったせいだろう。
一方で炭酸はあまり感じられない。
やはり勢いよく注いだせいで、炭酸が飛んでしまったようだ。
「全然違う……」
先ほどまで、明るく笑顔でいたアーリアもどこか落ち込んでいる様子。
彼女も味の違いに気付いたのだろう。
しかし、それは当然のこと。
何せ今日初めて作ったのだ、4年の経験がある雫と全く同じものを作れるはずはない。
むしろ――
「アーリアちゃん、初めてでこれなら上出来だよ! 練習すればもっと上手になるから、これから頑張ろう!」
「……はい! 私、頑張ります!」
「うん、その意気だ! じゃあ今日はそろそろ帰ろっか!」
「あの、マスター。今日も練習……いいですか?」
アーリアは本当に向上心のある娘だ。
体力的に付き添うのは難しいが、一人で残っていくことに反対する理由はない。
「うん! 僕はもう限界だから帰っちゃうけど、戸締りしてくれるなら大丈夫だよ」
「やった、ありがとうございます!」
そう告げると、アーリアは嬉しそうに言葉を返した。
(むしろ、一人のほうが気楽かもしれないしな。じゃ、僕はそろそろ……っと、そうだ!)
「アーリアちゃん。残って練習していくなら、お酒や材料は好きに使ってくれていいよ! よかったら教えたカクテルとか色々試してみて!」
「え、いいんですか!?」
「もちろん! あ、でも酔い潰れない程度にね」
実際に何度か作れば技術も上達するし、味も覚える。
それに何より、ただひたすらステアの練習をするのよりもアーリアも楽しいだろう。
出費にはなるが、可愛い従業員のためなら全く惜しくはない。
「ありがとうございますっ! お言葉に甘えて、色々と作ってみようと思います!」
「うん、無理しない程度にね。それじゃ、アーリアちゃん、お疲れ様!」
「はい、お疲れ様でした! おやすみなさい!」
雫は店から出て、二階の自宅へと戻った。
その頃、一階では、
「よーし、頑張るぞーっ!」
気合いの入った可愛らしい掛け声が響いたのであった。




