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異世界ショットバー『ドロップ』 ~店ごと転移したバーテンダーの営業日誌~  作者: 白水廉


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バー ドロップ初の従業員

「……えっ?」


 アーリアからの思いもよらない申し出に、雫は目を白黒させた。


「――私をここで働かせてください!」


 そんな雫にアーリアは繰り返す。


「え、えっと、あの。ビビアンさんのところで雇ってもらえることになったんじゃ……?」


 あのビビアンのことだ。

 誘っておいて、やっぱり無理だったなんて無責任なことはまず言わないだろう。


 それがどうして、ドロップで働きたいということになるのか。

 雫には見当もつかなかった。


「はい。ビビアンさんはそう言ってくれました。でも! 私はここで働きたいんです!!」


 このままでは(らち)が明かなそうだ。

 そう判断した雫は詳しく話を聞くため、アーリアを店の中に入れた。


 そうしてテーブル席に座ってもらったところで、話を続ける。


「えーっと、それではアーリアさん。一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「はいっ!」

「ど、どうしてうちで働きたいと……?」

「昨日マスターを見てて思ったんです。その……素敵だなって!」


 思わぬ言葉に雫の胸がドキンと跳ねる。


 人並みに恋愛経験はあるものの、女性からここまでストレートに好意を伝えられたのは初めてだ。

 それも人形のような美少女からときた。


 突如として訪れた春にドキドキするあまり、雫は二の句を継げないでいた。

 すると、アーリアが続けて口を開く。


「マスターは迷い人だから魔法を使えないですよね。それなのに、あんなに美味しいお酒を作って、みんなを笑顔にしているのを見て本当に素敵だなって! 私もマスターみたいになりたいなって! だから、私はここで働きたいと思ったんです!」

「……そ、そういうことでしたか」


 雫の春は去った。

 アーリアはただバーテンダーという職業に憧れているだけ。


 勘違いしていたことに気付いた雫は途端に恥ずかしくなるものの、一度大きく咳払いをすることで無理やり気持ちを切り替えた。


(それでどうしよう。誰かを雇うなんて考えたこともなかった。……あ、でも最近忙しくなってきたし、人を雇うのもアリかもな)


<バー ドロップ>は、カウンター8席・4人掛けテーブルが2脚・2人掛けテーブルが2脚の計20席。

 両親が遺した店が広かったため、スペースを最大限有効活用した結果、このような席数となった。


 本来、到底一人で捌けるキャパシティーではないが、雫とて満席になるなんてことは夢にも思っていなかった。

 あくまでも客が好きな席を選べるようにと、配慮しただけに過ぎない。


 ところが最近は来てくれる客が日に日に増えており、昨日は一瞬ではあるが満席にもなった。

 これ以上なくありがたいことだが、その状態が連日続くようなら正直一人では身体が持たない。


 幸い、金銭的に余裕が出てきたこともあって、アーリアの申し出を断る理由はどこにもなかった。


(よし、アーリアさんを雇おう! あ、でもその前に)


「あの、もう一つ聞きたいんですが、ビビアンさんにはこのこと――」

「話してます! それで応援してくれました!」


 ビビアンはドロップの常連かつ、雫が異世界に来てから最もお世話になっている人物。

 そのビビアンの厚意を無下(むげ)にしてドロップに来たのであれば色々と問題があるが、その心配はなさそうだ。


「わかりました! それでは、アーリアさん。これからよろしくお願いします!」

「……えっ? あ、あの、本当に私を雇ってくれるんですか?」

「はい! すぐにお酒を作らせるという訳にはいかないので、まずは接客からになりますが」

「あ、ありがとうございます!! 私、一生懸命頑張ります!」


 アーリアはそう言って、頭をペコリと下げた。

 彼女ならその言葉通り、本当に頑張ってくれそうだ。


「はい、一緒に頑張りましょう! それで、いつから働けそうですかね?」

「私はいつからでも大丈夫です! あ、もちろん今からでも!」

「そうですか! じゃあせっかく来てもらったことだし、今日からお願いします! あ、そうだ。ちょっとここで待っててください」


 雫は店を出て、急いで二階の自宅へと戻った。


 そして、そのまま残していた親の部屋のタンスを漁ると、


「あ、あった! やっぱり取っといてくれたんだ」


 予想していた通り、子供の頃に買ってもらったワイシャツを二着見つける。

 母のもったいない精神がこんなところで役に立った。


(ありがとう、母さん)


 それを持った雫は一階のバーに戻り、バックヤードの中へ。


 そこでベストとネクタイを手に取ると、アーリアに手渡した。

 ネクタイは結ばなくていいよう、フック式のものだ。


「あの、これ制服です。ちょっとベストが大きいかもしれないけど」

「わあ! ありがとうございます!」

「いえいえ! それで狭くて申し訳ないんですけど、よかったらそこの物置き部屋で着替えてきてください!」

「はい、わかりましたっ!」


 アーリアは満面の笑みを浮かべながら、バックヤードの中へと入っていった。

 それを確認した雫は、着替えを待つ間に彼女に支払う給料を考えることに。


(うーん、日給で銀貨5枚ってところかな)


 営業前後の準備・片付けを含めた約11時間で、およそ10食分の賃金。

 まだ、この国での金銭感覚をよく理解できていないが、まあ妥当な金額だろう。


 安すぎるようであれば反応を見ればわかるため、まずは銀貨5枚を提示してみることにした。



 その数分後。


「あの、お待たせしました……。ど、どうでしょうか」


 バックヤードから制服姿になったアーリアがモジモジとしながら出てきた。


 肩下まで伸びた淡い青色の髪。

 同じく青色のぱっちりと開かれた大きな目に、真っ白でキメが整った美肌。


 まだあどけなさが残る容姿に、白と黒で構成されたシックな衣装がギャップを生み出している。

 その風貌が何とも愛らしい。


「おお! 凄く似合ってますよ!」

「ほんとですかっ! それならよかったです! それとマスター、一つお願いがあるんですけど……」

「はい、何でしょう?」

「よければ敬語は辞めてください! その、何だかお客さんみたいな感じがしてしまって……。あ、無理でしたら、全然今のままでもいいんですけど」


 アーリアにそう言われて、雫は確かに他人行儀だなと自認。

 距離を縮めるためにも、もう少しフランクに接することにした。


「……わかった、それじゃあこれからはアーリアちゃんで! それと僕からも話があるんだけどいいかな?」

「ありがとうございます! はい、何でも言ってください!」

「お給料のことなんだけど――」


 雫は勤務時間と賃金、それと自由に出勤してくれていいという旨をアーリアに伝えた。

 本音を言えば毎日でも来てほしいところだが、今までの冒険者とはまるで仕事の内容が違う以上、ひとまずは無理のない範囲で出勤してもらうことにしたのだ。


 すると、アーリアは提示した銀貨5枚という金額に大層満足そうな表情を見せた。

 これで取り敢えず、条件面は纏まった。



 そうこうしている内に時刻はもう12時半。

 もうそろそろ開店の時間だ。


 雫は最初の仕事として、アーリアにカウンターやテーブルの拭き掃除を任せる。

 自身は氷をカットしようと冷凍庫を開けたところ――


「あっ!!」


 残り僅かな氷を見て、大切なことを忘れていたのを思い出した。


(そうだった……。どうしよう、もう間に合わないしなぁ……)


「あの、どうしたんですか?」


 声に反応したアーリアが首を(かし)げながら尋ねてくる。


「いや、氷の在庫が少なくてね。今日一日で、ギリギリ足りるか足りないかくらいだと思うんだけど」

「氷……ああ、お酒に入っていた氷ですね! それなら私に任せてください!」


 アーリアの言葉を聞いて雫はハッとする。

 そうだ、今はもう一人ではない。彼女にお願いして、調達してきてもらえばいい。


 そう考えた雫は金庫から金を取り出し、アーリアに手渡そうとしたその時――


「――えいっ!」


 いつの間にか、カウンターの中に入ってきていたアーリアから可愛らしい掛け声が飛び出る。

 それと同時にまな板の上に、サッカーボール大の巨大な丸い氷が出現した。


「……えっ?」

「ど、どうでしょう? これで大丈夫そうですか?」


 虚空から突如として現れた氷に言葉を失っていた雫は、アーリアからの問いかけにハッと我に返る。


「え、あ、うん。あの、これってまさか魔法……?」

「はい、そうですよ! 私でも、さすがにこの程度の魔法なら使えるので」


(す、凄いんだな、異世界って……)


 アーリアは自覚していないようだが、雫にとってはまさに奇跡の所業。

 特に無から氷を生み出すなんて能力は、バーテンダーである雫からしてみれば喉から手が出るほど欲しい代物だ。


「……アーリアちゃん、もしかしてこれって小さくできたりする? えっと、このグラスに入るくらいに」

「やってみます! ――えいっ!」


 物は試しにと、二種類のグラスを手にした雫が言ってみると、ゴルフボール大とテニスボール大の氷がまな板の上に出現した。


「アーリアちゃん! 凄い、凄いよ! おかげで氷はなんとかなる。本当にありがとう!」

「え、えっと、どういたしまして。氷魔法に適性があれば誰でもできる簡単なことですけど……」


 見事なまでの完璧な球体。

 バーで提供される丸氷よりも断然綺麗で、その美しさはもはや芸術の域である。

 手間をかけずにこの氷を使えるのは、雫にとっては大助かりだ。



 その後、雫はアーリアにいくつか氷を作ってもらい、冷凍庫に保管。

 問題が解消されたこともあって、13時を迎えたと同時に本日の営業を開始した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 氷の仕込みが実質ゼロコストはバーテンダー垂涎ですな!
[一言] 綺麗に角が落とされた氷は見ていてうっとりしますね 宝石のような多面体カットも煌びやかで好きです
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