プロローグ ~とあるショットバーのありふれた風景~
「マスター、お代わりっ!」
「かしこまりました、少々お待ちください!」
ワイシャツに赤のネクタイをキュッと締め、その上にベストを羽織った黒髪の好青年。
バーのマスター――坂月雫はカウンター席に座った筋骨隆々な男からの注文に、はきはきとした口調で答えた。
直後、雫はカクテル作りに使う道具の一つ――シェーカーに次々と材料を量り入れていく。
続いて氷をたっぷりと詰め、しっかりとパーツを被せた後、手首のスナップを効かせて胸の前で激しく前後に振り出した。
カラカラと小気味いい音が数秒間、店中に響く。
これでカクテルは完成だ。
そのまま雫は冷凍庫から取り出した、逆三角形で長い脚の付いたグラス――カクテルグラスを客の前に置き、目の前で酒を注ぎ入れる。
「お待たせいたしました。ギムレットです」
「おう! ――かぁーっ、うめえ! ウイスキーもいいが、やっぱりカクテルもいいもんだな」
満足そうな顔を浮かべながら言う男を見て、雫も顔を綻ばせた。
「んで、こいつは何て言ったっけ? ギ、ギブ……」
「それはギムレットというカクテルです。ジンというお酒とライムジュース、それにほんの少しの砂糖で出来ているんですよ」
「ギムレットだな。よし、覚えた! あいつらにも教えてやらねえとな。あっ、そういや昨日さ――」
どこにでもある普通のバーのありふれた風景。
ただ一つ、この店<バー ドロップ>は他のバーと大きく異なる点がある。
それは地球とは異なる世界、異世界で営業していることだ。