1 竹林で拾う
今年の目標の一つ。全10話をコンスタントに挙げていきたいと思います。
男女のラブストーリーにしようかと友人に相談したら勢いよく「絶対ボーイズラブでしょ!!!」と言われたので頑張りました。よろしくお願いいたします。
腐れ縁の友人の誘いで、たまには付き合わないと逆に煩わしいからついていった会場だった。乗り気はもちろんまったく無かった。だから、縁とはこうやって結ばれていくのかと、今でも何故そのときそこに居たのかと、不思議な気持ちになる。
何かを熱烈に欲しいと思ったのはそれが初めてのことだったように思う。特に関心を持つものがなかった私は、自分でも自分を持て余していた。
3度か、あるいは4度の四大陸を巻き込んだ大戦を経て、地球の3分の2には人が住めなくなって久しい。大規模な月面移植は始まるべくして始まり、私はその第五次移植に捻じ込まれて現在は月陸ステーションで暮らしている。誰でも住めるわけではない。政治的な優遇措置を得られる者、必要となる莫大な費用を負担出来る富裕層のみが可能な生存戦略だ。
厳しい開拓時代が一通り落ち着いたあとで、私は悠々とここで過ごすことを許された。大戦前の詳しい地球のことは多分私の曾祖父くらいの年代しか知らないだろう。月に腰を落ち着けた今は映像でしか知り得る術はないし、私に懐古趣味は無かった。
腐れ縁の友人の名はアキータという。学生のときから付かず離れずの距離を保ちつつ、いつも何処かで顔を突き合わせていて、その流れで同時期に移植民となった。私とは違い社交的で人付き合いの多い、悪く言えば俗人でもある彼は、月に来ても同じ様にすぐ、あまり良くない遊びを覚えて、いかがわしげなクラブに出入りしていた。趣味のよくないと勝手に蔑んでいたが、実際に何をやっているかはよく知らない。興味は無かった。
いつも釣るんでいる友人が捕まらないとアキータは私のところにやってきた。遊びに連れ出そうとしては失敗して我が家で秘蔵の酒を呑んでいく。害をなす者では無く、私と外を繋ぐ潤滑油のような存在だった。
なあ、頼むよ。何もしなくて良いんだ。1人では行けないが、誰を連れて行っても良いものではない。それなりの人物でないと…後生だからさ
それなりの人物と持ち上げられて、重い腰を上げた。一度付き合えば、しばらくはそれをネタに誘いを断り易くなると、打算で応じたのだ。迎えから始まり、会場への煩雑な手続きまで全て彼に任せたくせに、このときばかりと世話を焼くので私は不満気だった。仕事以外では屋敷に閉じこもりがちで、外での勝手が分からないのにもイラついた。
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サルーキ、こっちだ。
手招きされて無機質な廊下を曲がり、一見なんの変哲もない金属扉を開くと、中はブラックライトに照らされ、50平方くらいの部屋の中、暗がりに行儀良く人々が座っているのが見えた。照明の具合で人の顔はよく見えず、客によっては中世ヨーロッパを気取ったようなマスクらしきものを付けている者もいた。
悪趣味だな
ひとりごちて、示された椅子に座る。意外に座り心地が良くて妙な感心をしていると、催しが再開された。
なあ
肩を小突かれて自分が居眠りをしていたのに気づく。
さっき支配人に聞いたんだが、別のホールでお前が収集してる地球の植物の競りがあるらしいが、見ていくか?
私の退屈ぶりはそんなにあからさまだったのか
ははっ
そりゃあな、でもせっかくだから楽しみたいじゃないか
アキータのこういう爽やかな前向きさは好ましい。屋敷の中庭は、祖父の代から収集している地球の植物で溢れていて、今や愛好家に一度は見てみたいと言われるくらいの規模になってしまった。アキータは植物に何の興味も無いのにお優しい申し出だ。しかし、珍しくこんなところまで出向いているのだから、何か良い拾い物でもあるかもしれない。見に行くのは薮坂ではなかった。
支配人自ら、カプセル状の温室を案内してくれた。こちらは北ヨーロッパ地方のなになに、あちらは南アメリカのなになにと1つ1つ丁寧に説明する。良く勉強しているなと感心しながらも、少し甲高い声が耳について集中出来ず、特有の土の匂いを嗅ぎながら、何とは無しに眺めていた。なかなかの種類に量である。
こちらは日本で採取された竹ですね、大体地球からは数本、数株ずつが多いんですが、竹林としてそれなりのボリュームで手に入れました。なかなか類を見ないと思いますよ。
仰ぎながら話す支配人の後ろに、アキータと並んでついて歩いた。他のカプセルと違い、こちらは地面にすでに腐植土が敷き詰められていて、その上に青竹が植っていた。土ごと掻き出してきたならとてつもない労力だろう。このまま購入すると一体いくらになるのか…ただ、我が家の庭にはこの手のものはまだない。ミスマッチ過ぎるか…、アジア風な一画を作っても良いか…ぼんやりと考えていた。
笹の匂いは落ち着きますよね、清涼感があって…
支配人の説明は続いている。
何か音がした気がして振り向いた。何も無い…だが何だか胸が騒ぐ。立ち止まって地面を眺めた。アキータがすかさず気づく。
サルーキ、何か落としものでもしたのか?
足元のすぐ先にある竹林の茂みから、何かが這い出てくる音がするのを私は呆然と見つめた。ひときわ大きいガサリという音と共に、茂みの下から真っ白な腕が、その腕に続く頭部がよろよろと現れた。力なく起き上がった顔と目が合った。
うわっ 何だよソレ
アキータの叫び声に怯えて、茂みの奥に逃げ込もうとするその腕を掴んで引っ張り出した。驚くほど細く、軽かった。完全に無意識の行動だった。私はこういうとき手を出さない人間だった筈なのに。
あなた、だれ?
掠れる声でそう言って、その子は私の胸に倒れ込んだ。少年なのか少女なのか判別つけられないが、こどもには違いない。
振り向くと、口を開けた間抜け顔のアキータと引き攣った苦笑いをした支配人が並んで私を見ていた。
とにかく医務室に連れて行かせ、ベッドに寝かせつけさせた。薄汚れた身なりがこざっぱりすると、恐ろしいくらいの美しい顔立ちなのがよく分かった。簡単な診察で、少し栄養失調気味なのも判明し、点滴を受けている。倒れたのは空腹の所為だったようだ。
どうも、地球から忍び込んできた不法移民みたいだね。この賭場から抜け出せても、身一つでこんな状態じゃあ、月で生活なんてできやしないよ。ツテでもあったのか知らないが。
医務室にいた医者のような者が言う。
どんな事情かは知らないが、無茶したよね。このまま強制送還になるのかな
アキータは、今日の気軽なお楽しみが面倒に巻き込まれてつまらなさそうにしている。
強制送還?
そりゃそうだろう。身分証も無い得体のしれない者が月で暮らせる訳がないよ。
…栄養失調にまでなって、空腹でこんなになって、やっと月に辿り着いたのに、無慈悲過ぎやしないか
私の言葉にアキータは初めて見るモノのように私を見て言った。
どうしたんだよ、サルーキ?植物でもないのに、この子の面倒でも見る気なのか?
面倒を見る
そんなことが出来るのか?
ぽつりと呟いたが、部屋にいた医者のような老人も、支配人も、先程のアキータと同じような目で私を見た。
お…お望みならば出来ないことはありませんよ。あの、その…、このことを内密にしていただけるならば、手段は無いわけではありません…。
支配人、あなた無責任なことを言わないでくれないか、というアキータをぐいと腕で制して、本当ならば話を詰めようと支配人に向かい合った。アキータのマジかよというため息が聞こえた。
******
手続きには数日を要した。主に病原菌を始め、持病やアレルギーの有無といった身体検査のほか、彼を我が家に合法的に迎える書類作成等のためだった。
支配人曰く、金持ちに囲われる不法移民の中には、届出をせず、ペットのように愛玩される者がほとんどだと言われたが、私が頑としてそういう輩とは絶対に一緒にして欲しくないと条件をつけたため、大層面倒なことになったらしい。見返りに私は竹林をそのまま購入することにしたので、支配人もそれ以上何も言わず、従順に準備をしてくれた。
迎えるまでの時間は待ち遠しく、彼の部屋を設えることにいつに無く張り切ってしまった。本当に、この熱量はどこに仕舞われていたのか、屋敷の者が私のテンションに目を白黒させているのがわかった。家具、家電、照明器具、部屋を飾る絵画…3Dカタログをいくつも取り寄せてはシュミレートして納得いくまで吟味した。彼の名前も。
アジア人特有の外見をもった彼の名前をどうしてもオリエンタルにしたくて、昔の文献を漁った。平仮名、カタカナ、漢字が並んだ辞書と格闘し、アジア系の秘書の1人に教えを乞うて月陸移民局に申請した。
お前、自分の名前は聞いたかい?月夜というんだよ。日本語の響きは美しいだろう?
突き当たりにある彼の部屋に向かう廻廊を歩きながら説明したが、彼の目線は植物の蔓延る中庭にしか向いていなかった。
それからここがお前の部屋だよ。
上目遣いで私を見る彼の瞳には喜びも驚きも無かった。無関心さに拍子抜けしてひっそりと傷ついた。部屋を彩る家具も一級品だったが、彼にその価値は意味がなかったのか、話題になることもなかった。
私のことはサルーキと呼んでくれ。
ふうん、といった風情で部屋に踏み入り、彼は先ず窓からの景色を眺めた。夜空に、うっすらと地球が見えていた。
セリフの「」をわざと抜いております。実験的に。