95.言の葉に激情を添えて
「どうした? リマロン」
「……なんでもないよ」
おかしい。
いつも通りの定期報告。
いつも通りの報告内容。
格別なにかあったわけでもないはずだが、今日はリマロンの様子はなにか変だ。
「調子がよくないように思う」
「んー、ラファエル先輩の扱きがきつかったから疲れてるんじゃないかな」
確かに最近は俺だけではなく、彼女も修行中だ。
ボスモンスターとしての戦闘法を学んでいるそうだが、それは原因ではないと思う。
「違うだろう。 なにか気がかりがあるのか。 そういうのは早いうちに解決するに限るぞ」
決意した顔で口を開くかと思えば、直前で顔をうつ伏せ耳を垂らす。
そんなループが幾度は続く。
そこまで言い出しにくいことだろうか。
そしてやっと呟かれた言葉は不安の心情だった。
「……ねぇ、私、ちゃんとオヤブンやれてるかな」
弱音とは珍しい。
気落ちしているみたいだ。
彼女以上に頑張っているモンスターを俺は知らない。
素直に励ましの言葉をかけよう。
「やれているぞ。現に
だって!
張り上げられた声が俺の言葉を遮る。
「だって私が仕事できてないのにダンジョンはうまくいってるじゃん。 修行を始めて回れてない部屋も出てきてるのに、問題は解決してる。 知ってるよ、ボスが代わりにやってくれてることは。 でも、ボスだって修行の合間なのに、それが出来てる。 これじゃ、私がいろいろ頑張るよりボスがやった方が早いじゃん。 私のお役目、いらないじゃん!」
これは……こんなに荒れているリマロンは初めてじゃないだろうか。
確かに彼女の出来なかった分の仕事を俺がやってはいたが、それは彼女が修行に専念できるようにという配慮のつもりだった。
それが裏目に出てしまったか。
予想外の出来事に固まってしまった俺にお構いなしで、兎耳の少女の口は止まらない。
「お師匠さんとよく修行と関係ない話も結構してるよね。 修行して私の分の仕事もして、それでも時間があるんでしょ。 私がラファエル先輩に扱かれてる後へとへとなのに」
修行については導入が終わったからな。
おまえが覗き見してた時のような授業形式はずいぶん減った。
今は自主練がメインで、師匠には助言を聞くことが多い。
それ故に雑談もそれなりにする。
「そして私が寝てる時にはピエターとこそこそなにかしてるんでしょ。 いつの間にか育成林は害獣にだらけになってるし。 私聞いてないよ」
こそこそはしてない。
俺は睡眠を必要としないから、夜できる仕事を夜にやっているだけだ。
あと、害獣の件は部屋環境のマナ調整のためだと説明したはずだ。
理解できなかった話は聞き流さずにちゃんと聞き返せ。
「あと、いつもソイちゃんには甘いよね。この間の魔法薬勝負だってボスが勝ったのに、結局ソイちゃんの要望ほとんど叶えてるじゃん。なに? 元人間だからかわいい女の子に弱いわけ?」
あの判断はダンジョンの利益を優先したものだ。
それに彼女対しての態度は種族性別ではなく、仲間になった経緯に由来する。
決して人間的な感情が理由ではない。
それに、えっと、と俺への不満を探し続けるリマロン。
その様子を見て俺はある事実思い出していた。
彼女はまだ生まれて日が浅い子供なのだと。
変異して大きな体を手に入れ、心まで大人になったものだと勘違いしていた。
今の彼女は癇癪を起してぐずる子供そのものだ。
そして、文句の内容が俺が他の者と関わっている事ばかり。
つまり、これは。
「嫉妬、だな。 いままで二人でダンジョンを回していたところにいろんな人が現れて俺を独占できなくなって拗ねている、というところか」
頼られているうちはまだ自分に言い訳が出来た。
でも、周りの成果が目立ってくるとだんだんと焦りが出てくる。
それが爆発してのこの醜態というわけだ。
「あ、う…………うぅ」
俺の発言を聞き、リマロンは赤面する。
その表情には恥ずかしさ、悔しさが滲み出ていた。
耳を垂らし言葉にならない叫びを上げる。
そしてその表情は徐々に怒りへと移っていく。
「も……もう! ボスなんてしらない! こうしてやる」
リマロンは懐からこれでもかとマンドラゴラを取り出す。
オーバーオールのポケットに一体どれだけ詰め込んでいたのやら。
「なんだ、自棄食いか」
「違うもん。 一人でなんでもできると思ってるボスへのお仕置き。 さぁ、反省の時間だよ!」
人草球魂。
そう叫ぶと左手を俺に翳し、右手でマンドラゴラを口へ放る。
な。
精神体が、引っ張られる?
「やっぱり。 ボスって要はソウルの塊なんでしょ? だったらこれは効くんじゃない」
引っ張られる先は近くの畑のマンドラゴラ。
その力はリマロンがマンドラゴラをかみ砕く度にどんどん強まっていく。
命令すれば止めさせられる。
そんなことを簡単なことが思いつかない程、彼女の言葉が深く俺に響いた。
―― 一人でなんでもできると思っている ――
俺はそんな風に思われているのだろうか。
確かに……確かに認めよう。
俺は修行によりやれることが増え、最近は増長していたと。
だからこそ、周りとのコミュニケーションには気を付けて仕事は振っていたつもりだった。
だが、その気を付けた面子の中にリマロンは居ただろうか。
キングへと変異した彼女ならやってくれるだろう。
最初のパートナーだからわかってくれるだろう。
そんな信頼感に甘えてはいなかっただろうか。
様子がおかしかったのは今日ではない。
おかしくなっていたのが隠せないほど膨れ上がったのが今日だったのだ。
いつもの癖で思考の渦に飲まれた俺は次第に強くなっていく吸引力に抗えず、とうとう精神体はマンドラゴラへと吸い込まれていった。




