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94.食堂2

 何をやらかす気なんだ、一体。

 ジョローが魔法薬勝負に乱入してきた。

 怪しげなネペンテスから湯気が漏れており、内容物が熱せられていることが想像できる。


 「さ~て、今日もかわいいアルラウネちゃんのお手製を真っ先に頂けちゃう幸せ者はだ~れだ」


 被験者を求めているのであろうが、先ほどの惨劇が脳裏にこびりついている。

 いつもは追い回す側のラビブリンたちは誰も動こうとしない。

 目を付けられませんように。

 興味を引きませんように。

 そう祈りながら目線を逸らし、じっと震えている。


 「そうだよねー、畏れ多いよね。 じゃ、恥ずかしがり屋なみんなのためにも指名しちゃおっかなー。 誰がいいかなー? はい、ここは()()(よしみ)で決定。 コップス、おいで。 タンプラー、今逃げたら逆に目立っちゃうよ?」


 ホブラビブリンのコップスはウゥ、と唸ると、観念したような表情でジョローの元へ向い始めた。

 その片手には暴れるタンプラーの首根っこ。

 ウサッサ、ウサウサ、と喚きながら石畳の上を引きずられていく。


 楽し気な、オープン、の掛け声とともにネペンテスの蓋が開く。

 見た目は……普通だ。

 この上なく普通。

 周りのラビブリンたちを見るに匂いも問題ない。

 中には鼻をひくつかせてよく嗅ごうとしている者もいる。

 むしろいい匂いなのかもしれない。

 ただ、ごろごろと何か固形物のようなものが浮いているの少し気にはなるが。

 ひとまず第一印象では、先ほどのソイのものよりは安全そうな雰囲気を感じる。


 小分けされた液体を受け取るホブラビブリン二匹。

 その様子は対照的だ。

 コップスは小型ネペンテスで作った杯を受け取り、泰然としている。

 しかし、タンプラーは液をいろんな角度から眺め、忙しない。


 「準備はいーい? じゃあ、グビッといってみよう。 ホブラビさーんの、ちょっといいとこ見てみたい、それ!」

 

 ジョローが謎のコールをかける中、コップスが液体に口を付ける。

 部屋中のモンスターたちの注目が集まる。


 「ウゥ……」


 もう一度、口をつける。

 モンスターたちが息をのむ。


 「ウサ」


 さらにもう一口、二口。

 コップスが止まらない。

 その様子を見たタンプラーが恐る恐る液体に口を付ける。


 「ウッサ―――――! ウサッサ!」


 ウサ――――――!

 タンプラーの宣言に沸く会場のラビブリンたち。

 

 これは……薬効がどうこうという話ではない。

 ラビブリンたちの様子から読み取れること。

 それはあの液体が美味ということだ。


 「ジョロー、その魔法薬の正体は?」

 「コッコの骨肉で出汁を取り、マンドラゴラ、ポテージョ、オニョーンに香草や塩を加えて弱火でじっくり煮込みました」

 「つまり……野菜スープだな」

 「野菜スープですよ。 マンドラゴラ入りなんでみんながみんな飲める物じゃないですけどね」


 ジョローのネペンテスの前には行列が出来ており、ジョッシュが床からたくさん腕を生やしてラビブリンたちに配膳している。


 「今回は魔法薬勝負だったと思うが」

 「いやだなぁ、これは飲んだみんなを笑顔にしちゃう魔法の薬ですよー、ダンジョン様」


 ジョローめ、上手い事言ったつもりか。

 そんな彼女は、いつものへらへらした顔を引き締め真面目な瞳で見つめてくる。


 「ソイはツンデレちゃんだから代わりに言います。 あの子、食堂の準備ちゃんとしてたのに言い出せてなかったんですよ」


 確かに魔法薬の調製に使ったネペンテスたちは調理にも応用できる。

 それはその通りなのだが、なにかひっかかる。


 「それは……辻褄が合いそうだから、そういうことにしておこうという魂胆ではないだろうな」


 スープの提供を想定しているなら、深皿状のネペンテスも準備していないとおかしい。

 それなのに、今回の提供は魔法薬と同じくコップ状だった。

 当事者のソイはというと、なんともいえない表情でこちらをぼんやりと眺めている。

 この展開についていけてないようだった。

 この乱入に、ソイは関与してない。


 「や、やだなぁ。 そ、それにしてもですよ? 薬草も魔草もモリモリにデコっちゃうあの子の力、食堂に回しちゃうなんてもったいなくないですかー」


 それには同意だ。

 そもそも今回の勝負、俺としては勝敗はどうでもよかった。

 勝っても負けても、完成までは食堂の面倒をみてもらい、その後は植物の研究をしてもらう予定だった。

 勝負を申し出たのは、ソイに魔法薬の研究をさせてあげる口実作り。

 環境に雁字搦めの彼女には気晴らしの必要があった。

 環境で縛って頭ごなしに命令するよりはこの方が素直に話を聞いてもらえると思っての提案だったのだ。


 「ジョローはジョローそのものが職業みたいなところありますけど、可愛い愛され系コックさんになるのもありかな~って思ってるんですよね。 今回の勝負、どうみても私の勝ちですよね。 このくらいのお願い聞いてもらえますよねー」


 にへらと笑いながらそんな提案をするジョロー。

 俺の考えていた流れを完全に読み切った上での乱入。

 そして食堂の運営権を寄越せと、な。

 ソイをかばっての行動に見えるが、こいつが人のためにそこまで体を張る訳がない。


 「なにが狙いだ」

 「もう、人聞きの悪い言い方やめてくれますー? 私が食堂の運営をするとしたら、もちろん部下を付けてくれますよね」

 「ああ。ラビブリンたちから器用そうな子を選ぼう」

 「ダンジョン様。 それ、アルハラですよ。 アルラウネ・ハラスメントです。 なんで私の身体をねらウサギ(オオカミ)ちゃんを部下にしなきゃいけないんですか。 アルラウネの部下は、やっぱりアルラウネがいいですよねー」


 そうか、それが狙いか。

 確かに【アルラウネ】の迷宮スキルはあるが、ユニークスキルを使うための遺志が足りない。

 だからこれは承諾しかね……ん? 

 【アルラウネ】はコモンスキルじゃないか!

 こいつが幹部級にペラペラ喋ってるからいつの間にかユニークスキルと勘違いしていた。

 そうだ、思い出した。

 こいつみたいなのが増えるのを嫌ってスキルの検証を後回しにしてたのだった。

 そして修行やらなにらで忙しく、そのまま忘れていたな。


 「……確かにアルラウネのスキルの検証も必要だ。要求を飲もう」


 品のない笑顔でよからぬ妄想をしているジョローの様子に不安がよぎり、釘を刺す。


 「いいか、ちゃんと食堂の運営のための部下だぞ。 おまえ専用の召使いを付ける訳じゃないからな。 履き違えるなよ」

 「はぁーい」


 ジョローが放心状態のソイの元へ向かう。


 「よかったね、これで研究が続けられるね。 というわけで例のあれ、最優先で、よ・ろ・し・くね」

 「え、ええ……」


 俺もソイへ話しかける。


 「この勝負、おまえは負けた。しかし、食堂の新しい責任者が決まったので賭けの意味が無くなってしまったな」


 ソイは無言でこちらを見ている。


 「今後、おまえは魔草学の研究でダンジョンを支えてくれ」

 「魔法薬は……」

 「それはおまえの仕事じゃない。 仕事の息抜きにでもやればいいんじゃないか」


 ソイの視線が鋭くなる。

 殺意にも似た視線だ。


 「ただ……仕事にしたいとのことであれば、今回のような魔法薬勝負、また引き受けてやってもいいぞ」


 ソイの瞳に激しい炎が灯った。

 しかし、そこには敵意や憎悪はない。


 「いつか絶対認めさせてやりますわ」

 「期待してるよ」


 俺はうまくやったと思った。

 これでソイの問題は解決だと。

 だからこの時、この様子を見たリマロンがどんな顔だったか気にも留めなかったのだ。

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