93.食堂
ソイに魔法薬勝負を持ちかけて、あっという間に3日が経過した。
果たして彼女はどんな薬を作ってくるのだろう。
人が飲んで効果を表すポーションの類か、はたまた植物モンスターに与えてるものか。
どんな状況で使う薬でも評価できるようにほぼ全ての種類のモンスターを招集してある。
結果、ちょっとしたイベント事のようになってしまった。
ここ食堂予定地ではラビブリンを中心とした様々なモンスターが勝負が始まるのをそわそわとした様子で待っていた。
始めは貴重な時間を奪ってしまいは申し訳ないと思っていた。
しかし始まってみれば、結構みんな審査に乗り気だ。
イベントなんて滅多にないから娯楽感覚で参加しているのだろうな。
「ピーター、楽しみだね。ソイちゃんはどんなお薬持ってくるのかな?」
「ピエター、さ。 いい加減覚えて欲しいのさ。 精霊様からのお仕事を放置して作っているんだ。まぁ、有益な薬であることを祈るね」
幹部級のモンスターもこんな緩い雰囲気で開会を待っている。
気晴らしになるのであればそれでよい。
それに実は俺も楽しみにしている。
これでもヒューマ時代に薬師のばあさんから薬については多少手ほどきは受けている。
薬草知識はマカタ周辺の野草に偏っているし、薬を実際に調薬したことも1、2回程度。
しかし品評なら問題なくできるだろう。
果たして、ソイの作る薬はいかほどか。
持てる知識をフルに使って審査してやろう。
「待たせたわね。この水薬で勝負よ」
食堂予定地に現れたソイが声高に叫ぶ。
持ってきて、の掛け声の後に地中から生えた複数の赤い手がリレー形式で運んできた。
大きな鉢植えだ。
そこにはずんぐりと卵型に太ったウツボカズラが植わっている。
葉が閉じているため、その捕食袋の中は窺い知れない。
しかし、その中にこそ今回の魔法薬が入っているのだと部屋中のモンスターたち(もちろん知恵あるものに限るが)は感じていた。
【ネペンテス・ファラリス】
【ランクD】
迷宮スキルを持ってないモンスターの情報は名前とランクのみしか確認できない。
今まではそうだった。
しかし、これらモンスター情報は世界迷宮中を循環するソウルが内包する集団認識の断片を使って無意識に知覚するものだと師匠に教わった。
集団認識とは即ち、攻略中の冒険者や各ダンジョンの意志の思考や知識を基に築かれた膨大なデータベースである。
つまり、これ以上の情報もしっかりと存在しているのだ。
ネペンテス・ファラリスに意識を集中してみると……
【魔草化したウツボカズラが火のマナを得た変異種。近づいてきた獣を捕食袋に閉じ込め蒸し焼きにする。】
このように簡易説明くらいは確認することが出来る。
しかしこの情報には落とし穴がある。
あくまでも共通認識に基づいている点だ。
もし多くの冒険者やダンジョンに事実誤認があれば、誤った説明文が載ることになるのだ。
師匠の話だと情報戦に特化したダンジョンもいるようだし、考えなしに多用すると思わぬしっぺ返しを食らうかもしれない。
思考が横道にそれたが、今はネペンテスとその中の薬だ。
このモンスターの捕食袋を釜代わりにしたということだろう。
水薬の調薬には加熱が付き物だが、なるほどこいつには適任だ。
やはり、魔草学に関する技能は目を見張るものがあるな。
ネペンテスの蓋代わりの葉っぱが開くと、湯気が上がる。
ラビブリンたちが鼻を押さえた様子を見るに匂いがキツイらしい。
ソイがメモらしき紙切れをひらつかせながら声を張る。
「これこそがワタクシが学生ながら殺し屋に命を狙われていた理由。 地上では未発表の某製薬商会と魔法学院の共同開発の新薬のレシピよ。 そしてそのレシピ使って作った特製、その名もヨモギー・ヒール・ポーション。 さらにこのダンジョンに合うようにちょっぴりアレンジを加えましたわ」
ヨモギー?
俺の覚えている限りでは……。
「確かに土のマナを吸ったヨモギーには癒しの効果があるが、強力な薬効ではなかったはずだぞ」
「ええ、土のマナだけではそうね。でも、そこに水のマナも加わったなら」
「……ほう」
「ヨモギーは水のマナの多い環境に自生しない。でも、このダンジョンには濁流河川がある。そこに一日植え直して収穫したヨモギーを使えば」
「土と水のマナを吸い、回復薬用の薬草として機能する、か」
「さらに薬効の増強作用のあるマンドラゴラもプラス、毒成分の中和にドクダミもプラス。これで癒し効果強火の回復薬に仕上がっているはずだわ。 ヨモギーの仕込みのおかげで一発本番になってしまいましたけど、ほぼレシピ通り。 失敗なんてありえないわ」
元のレシピがヒューマ用の薬ならピエターに飲んでもらうのが一番か。
ダークエルフだし、人型って共通点しかないが、他の参加者よりはましだろう。
それにおそらくこの薬は……。
「精霊様のご指名とあらば喜んで、なのさ」
鉢のそばまできたピエターが小さなネペンテスで作った杯に黒緑の薬液を受け取る。
「これ、ひどい匂いだね。では、頂くのさ」
ピエターがぐびりと杯の中身を飲み干す。
興味津々にリマロンを始めとした部屋中のモンスターがその様子を見つめている。
「ぐ、味は期待しない方がいいね。濁流河川におちたスライムみたいな味さ」
「ピーターはそれ、食べたことあるの?」
「物の例えさ。 ま、僕はダークエルフ。 精霊様から授かった力で肉体は外も内も強靭さ。薬だろうが毒だろうがそっとやちょっとじゃ……」
ばたり。
ピエターが倒れる。
白目を剥き、口から泡を吐いている。
リマロンが彼の名前を叫びながら、必死にアースヒールをかける。
部屋中がざわつき始める。
えっ、と声を上げ戸惑いを隠せないソイ。
「そんな……ちょっとピエター! 冗談はよして」
「冗談ではないのは見てわかるだろう。 ヨモギーが環境次第で持つのは薬効だけではない。 毒性も持ちゆる可能性がある。 その条件はわかるか」
「と、当然よ。風か火のマナを加えれば毒性が上がるわ。 でも今回そんな材料は」
「おまえが調薬に使ったネペンテス。それ、火のマナの力で袋内のものを加熱してるだろ。当然、内容物にも火のマナの影響が及ぶ」
「……そ、それは失念しておりましたわ……」
「そもそもマンドラゴラの毒性はドクダミ程度の解毒作用じゃ中和できない。 おまえが作ったのは回復薬じゃなくて毒薬だ」
「そんな……」
「濁流河川にマンドラゴラを取りに行った際に、ティアスパローを見ただろう。 あれの涙に回復効果がある。 水のマナが多分に必要な今回のポーションとは相性がいいはずなのだが、選ばなかったんだな。 ティアスパローの涙はそれなりに有名な回復薬の素材のはずだが。 素材の知識に偏りがあるんじゃないか。 植物以外は専門外だな」
膝から崩れ落ちるソイ。
俺の中に生まれた疑念が確信に変わる。
「ソイ、おまえの専攻は魔法薬学ではなく魔草学だな」
「ええ。 ええ、そうよ。 親からは魔道具商に必要な魔導工学を専攻するように言われていたわ。それが気に入らなかった私は興味があった魔法薬学を志望した。でも、魔法薬学のラボは人気で成績が足りなかった私には入れなかった。 そこで、材料を自前で育てて独学で魔法薬の研究ができる……」
「魔草学を専攻したというわけか」
彼女にもいろいろと事情がありそうだが今は置いておく。
大事なことは、今回の勝負の結果は出たということだ。
失敗とはいえ、大好きな研究は気晴らしになっただろうか。
プライドの高い彼女は勝負での約束事は守ってくれるだろう。
少し後味が悪い気もするが、これでソイが仕事を始めてくれるはず。
俺としてはもっとすっきりとした結末を望んでいたのだが、こうなってしまっては仕方ない。
「では、ソイ。 約束通り……
「ちょっっっと、待つのよー---」
ドライアドの少女――の姿したアウラウネのジョローが飛び出して叫ぶ。
「私のとっておきも評価頂けるかしら、ダンジョン様」
彼女の側にも、大きなネペンテスの鉢植えがあった。




