91.温室
「よし、ひとまず成功だわ」
【チワワファングリーフ】
【ランクE】
結構手こずったわね。
ネペンテスが簡単だったからもっと弱火でいけると思いましたのに。
「これ、ホントに成功? めっちゃよわそーなんですけど」
青葉の髪に木目の肌を持つ少女が茶々を入れてきた。
森の化身と言われるドライアドの姿をしているが、本物ではありません。
アルラウネのジョローです。
その証拠にニタニタとした本物がしそうにもない陰湿な笑みを浮かべている。
こういう態度は学院での嫌な思い出を思い出させてくる。
正直に言って、不快。
けれど焼き払うわけにもいかない。
彼女は貴重な研究材料の提供者だ。
助手にもこの子だけはこの部屋に通すように言ってある。
とは言え、呼んでもないのに来る時は大なり小なりなにかやらかすのがジョローだ。
まったく、嫌なタイミングで来ましたわね。
「退化よ。植物の変異をデザインするにはまず性能を落した方がやりやすいの」
ワタクシは作業をやめて魔物の少女に向き直る。
「アナタもマンドラゴラなら共感できる所があるじゃない? 植物モンスターからの意見が聞きたいわ」
「むー、マンドラゴラじゃありませんー! とっても可愛いアルラウネちゃんですぅー! ……あっ、違った。 今は儚げで美しいドライアド様なのよ」
「なに、アナタ、その姿気に入ったの?」
「私、気付いちゃったの。この姿ならウサギ共がよだれを垂らしながら追い回してこないって。ほら、私の本来の姿って魅力的すぎるから。ああ、美しすぎるのも罪よね」
「被捕食者の涙ぐましい努力ね」
マンドラゴラの変異種であるアルラウネの彼女がその森の化身の姿を維持するために、常に魅惑の花粉を飛ばしていることをワタクシは知っている。
そして効果が切れてラビブリンたちから追い回されてここに逃げ込むまでがセットの流れだ。
しかしそれは無駄な努力ではなく、その効果時間は日に日に伸びている。
認めたくはないけど、ジョローの特能(魔力を使った身体能力のことよ)の才は本物。
全世界の者をメロメロにするという彼女の野望が魔法による力技で叶う日もくるのかもしれないわね。
「それで何の用よ? 今忙しいのだけど」
「忙しいのはいつもじゃない。それより、ねーねー、こないだのあれどうなったの」
「ああ、あれね。 前にも言ったでしょ。 まだ時間かかるから、気長に待ちなさいって」
「もー、さっさと取り掛かってよね。 ああ、今から楽しみだわぁ」
これないだのあれとはラフレシアンの事。
ラフレシアンは以前のダンジョン攻略時に現れたボスモンスター。
蔦を操ってドラゴンに化けたり、スライムで私の服を溶かしたり、散々暴れ回ってくれた強敵だったわ。
ワタクシの炎とバケマッシュたちの活躍で弱らせて、最終的に助手がその力の大半を吸収して戦闘不能。
そのまま死んだと思っていたけど、実は生きていたと判明しましたわ。
蔦や食獣植物をまるで手足のように操る能力。
生かすは危険だから燃やすことも考えたのだけど、ジョローの提案がワタクシの研究者のハートに着火しましたわ。
これを私の花粉で僕に出来ないか、って。
なるほど、うまくやれば強力な味方が増やせるかもしれない。
それにこの子に恩を売っておくのは悪くない。
なにせアウラウネの素材は極上の魔法薬の材料になる。
性格が最悪でも、そこは変わらないはず。
ラフレシアンの改良に必要だと言えば彼女も協力を惜しまないでしょ。
花粉の提供は引き続きに、追加で葉っぱでも提供してもらいましょうか。
恩も売りつつ、素材も貰える。
そう考えたワタクシはその提案を聞き入れて、ラフレシアンとジョローの幻惑魔法の相性向上に取り組んでいた。
一朝一夕で出来る内容ではないので、あまりせかさないでほしいのだけども、この様子だと期待の炎が超強火って感じね。
「ソイってホントに魔法薬の専攻だったの?」
「なによ、急に」
「なんか土いじり慣れてない?」
「魔法薬の材料は自分で育てる派だったのよ」
「魔道具売りってセレブなんでしょ? そんなとこのお嬢様がそこまでフツーやるの? なんかおかしくなーい?」
きいぃ。
痛いところを付いてくるわね、この子。
「やってたのよ」
「ふ~ん。 でも、ソイってば、なかなかやるじゃない。 専門でもないのに、花壇ごとにネペンテスたちをそれぞれ別の変異種に育て上げられるんだから。 知ってる? モンスターの変異の制御ってこれダンジョン様も含めたみんなが苦戦してる事なのよ」
「アナタが素直にワタクシを褒めるなんて珍しいわね」
「ま、流石は私専属の美容トレーナーと言ったところよね」
「誰が美容トレーナーよ」
たしかに以前、植物の生育にいいあれこれについて話しましたけれども。
「で、そんな土いじり大好きなソイちゃんはホントにお薬作れるのかなぁ」
「なによ。 そもそもなんで専攻を疑ってくるわけ?」
「だって、いままで一度も魔法薬なんて作ってないじゃない」
きいぃぃ。
それは……それは!
「それは全部、あのダンジョンが悪いんじゃない!」
冗談じゃない!
研究室を報酬に命がけでダンジョン攻略に向かわされて、渡されたのがただの部屋。
道具もなしに研究できるわけないじゃないの!
さらには青空広がる屋外環境!
環境マナ濃度が不安定で、おまけに不純物も風で飛んでくる。
こんな場所で調薬できますかって!
とはいえ、ワタクシも弁えてはおります。
知識のない者も道具や環境を用意しろとは酷なもの。
まあ、幸いここには貴重な魔草や植物モンスターが多いですし。
それらをイイ感じに品種改良すれば道具の代替くらいできるんじゃないかって。
ダンジョンにはダンジョンのメリットがあると考えて、怒りの炎は弱火に抑えていましたわ。
むしろ時間さえもらえれば、ここでしか出来ない特別な研究スペースが完成するとも夢想しておりましたのよ。
さぁ、植物の改良をしましょってところで、なんですって?
食堂を運営しろですって!
ええ!
ええ。
分かりますともォ。
ワタクシやピエターは魔性に堕ちたと言っても人ですし文化的な食事は必要不可欠。
研究室の隣にカフェでも併設するのはワタクシも賛成。
そこは認めます。
でも聞くに、ラビブリンたちも賄えるほどの大規模な食堂を目指すって何事!
そんな火力いる?
あいつはいつも作物ぼりぼり生で頂いてるじゃないの!
だいたいなんでそのトップがワタクシになるわけ?
研究の時間どころか、研究準備の植物改良の時間すら確保できないじゃない!
ああ、思い出しただけで煮えたぎってきましたわ。
こういう時は周りに当たり散らす前に研究に没頭するに限る。
「てわけでジョロー、用事は済んだでしょ。 もう帰って。 ワタクシ、忙しいの」
思わずきつめの言葉を使っちゃったけど、後で拗ねないかしら。
って、あら?
ジョローはあらぬ方向を向いて話かけていた。
あ、なんか嫌な予感が。
「とサボり魔が申しております。 問題児の本音が聞けて満足? ダンジョンさ~ま」
「なるほど、な」
な……。
その場所から半透明のお化けのような存在が姿を現した。
それはまぐれもなくこのダンジョンの主。
いや、このダンジョンそのものの意志の具現化。
自身を支配する存在が表情の乏しい顔でこちらを見つめていた。




