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90.育成林2

 「問題は材木不足と害獣による損傷か」


 精霊様は僕の説明を聞き終えるとそう呟いた。


 「材木はどのくらい必要だ。考えはあるか」

 「倍は欲しいのさ。ただ、倍あっても最初の内はラビブリンたちの技術の経験値で、実際に物ができてくるのは先になるね」

 「彼女らは物覚えはよい。さらに工作に特化した変異などが起これば習熟速度は増すだろう。投資は十分にしよう。2部屋追加だ」


 精霊様の反応は想定以上だ。

 追加で部屋を貰えるなんて。


 「しかしピエター。いままでの勘定は俺の指示分だけだろう。おまえも何か作りたいものがあるんじゃないか」


 ある。

 たくさんあるのさ。

 せっかく里から抜け出し新天地を見つけたのだ。

 自由を謳歌しないのはもったいない。

 個人用の材木は育成林と工房の運営が軌道に乗ってからと思っていたが。

 チャンス。そう、これはチャンス。

 ここでのプレゼン次第でさらに追加の部屋獲得できるかもしれない。

 

 本当は精霊様を祭る祭壇を一番に作りたいが、きっと受けが悪い。

 ここは精霊様に受けが良さそうな話題で攻めるのさ。


 「実はコッコのために小屋を作りたいと思っているのさ」

 「なるほどな。オリジンルームの岩製の住処を立て直すのはありだな」

 「それだけじゃないのさ。各地に小屋を建てるんだよ」

 「ほう。なにが狙いだ」

 「コッコの変異さ。精霊様も前にやっていたんだろう。林に河川敷に火のマナ溢れる岩山。環境によってコッコの変異にどんな影響があるか調べたいのさ」

 「そして生まれた多種多様なコッコを愛でたい、とな」


 こくこくと頷く。

 変異コッコの有益性について改めて僕が説く必要はない。

 ここはストレートにコッコへの愛をアピールした方が効果的だろう。

 

 「素晴らしい。コッコは俺のスキル持ちの中で最も変異しやすいモンスターだ。変異実験は大いにやってくれ。ただし、リマロンやソイの直轄の部屋に小屋を立てる際は彼女らに相談するように。さらに1部屋追加しよう」


 いいね、すごくいいね。

 順調すぎて怖いくらいなのさ。


 「ふむ、部屋を増やすだけでは足りないな。ピエター、実験に付き合ってほしいのだが大丈夫だな」

 「大丈夫さ。何の実験だい?」

 「一つ思いついたことがある。材木を騙して成長速度をあげれないかと考えてな」

 「どういうことだい?」

 「修行によってダンジョン全体にかかるスキルの影響を部屋ごとに設定できるようになった。俺のダンジョンでは【照明】は【青空】の影響を受けて太陽と連動している。つまりこういうことだ」


 まだ高い位置にあった陽がすごい勢いを沈み始めた。

 あっという間に木々の陰に隠れ、暗闇が部屋内を包みこんだ。


 「な。いきなり夜になったのさ」

 「隣の部屋に移動するぞ」


 精霊様に言わるまま隣の部屋へと移動する。

 部屋を移った瞬間、眩しさに僕は顔を背けた。


 「な、こっちは昼のまま。太陽もまだ位置に」

 「本物ではないからな。この技を使って育成林の部屋だけ昼夜の交代を1日2回にする。昼夜のサイクルが早くなればその分早く樹木も育つかもしれない」


 なるほど。

 修行でこんな面妖な術を。

 ……って待てよ、これ俺の笛を吹くサイクルも早まるよね。

 演奏時間は変わらないけど、二倍速で弾かないと駄目だよね。

 さらに部屋も倍になるんだろ。

 あっ、これは……。


 「精霊様、それは流石に演奏量が……」

 「ピエター、コッコの変異、楽しみだな。任せたぞ」


 そこには見たことのない満面の笑みの精霊様がいた。

 そして心に最後の一言がリフレインする。


 任せたぞ。

 任せたぞ。

 任せたぞ。


 あぁ……期待されている。

 僕は期待されている!

 演奏量が多い?

 いや、そんなことないね。

 精霊様が僕にはできると言っているのさ!

 やってやるさ!


 「ああ、楽しみなのさ!」


 僕の胸の内など知る由のない精霊様は淡々と続ける。


 「話は変わるが、材木用に育てている樹木は何を選んだか教えてくれるか。おまえにまかせっきりで確認していなかった」

 「オークの木さ。昔みたヒューマの書物では確かこの木を使っていたはずさ」

 「1種類だけか」

 「1種類さ」

 「せっかくだ。いろいろ育ててみてはどうだ」

 「いいのかい? 遊んでる余裕はないんじゃないのかい?」

 

 急務だと思っていたから安牌で攻めたんだけどな。


 「ヒューマが加工しやすい材木がラビブリンたちにも合っているとは限らない。オークが材木として優秀なのは間違いないが、他の可能性も探って後の利益に繋がるだろう。他の候補はないのか」

 「手持ちが多くて材木になりそうなのはオリーブとアプルルだね。こいつらは風のマナとの相性がいいからね」

 「それぞれ特徴を説明してほしい」

 「オリーブはオークよりも硬い材質の樹木さ。僕の武器なんかはこの木をよく使っているね。ただ、オーク程大きくは育たないから収穫量は減るね」

 「オリーブと言えば、油だな」


 精霊様が妙なことを言い出した。


 「油? あのどろりとした液かい? 取れるかもしれないけどそれがどうしたんだい」

 「いや、いろいろと使い道はあるだろう。材木用として育てるだけではもったいないな」

 「そうなのかい。里ではあまり使ってない物だったから、正直価値を測りかねてるのさ」


 精霊様は別の角度から価値を見出しているようだ。

 精霊様はヒューマであったときの知識も持ち合わせてるから、おそらくヒューマ特有の何かだろうね。

 ま、あまり気にせず解説を続けますか。


 「アプルルは逆に柔らかい材質の樹木さ。笛との相性がよくて、吹き方次第では戦闘時に障害物として利用できるくらいには急成長させることもできるさ。大きさはオーク以下オリーブ以上っていったところかな」

 「アプルルを材木利用は聞いたことがないな。果樹として育て実を食べるのが一般的だ」


 精霊様がまた妙なことを言い出した。


 「げ、この実を食べるのかい。一体ヒューマの舌はどうなってるんだい。酸味が強すぎて食べられたもんじゃないのさ」


 精霊様が不思議そうな表情でこちらを見ている。


 「さっきから見解に相違がみられるな。おまえの里は一体どこに合ったんだ」

 「アルブウッドの森さ」

 「そういえば、アルブウッドの狩人と名乗っていたな。それは里が森と隣接しているという意味か」

 「いいや。森の中にあるという意味さ」


 困惑の表情、そして沈黙。

 精霊様はなにやら考え込むと、はっと気づいたようにこちらに尋ねてくる。


 「もしやおまえはハイエルフか?」


 ハイエルフ?

 聞きなれない言葉だね。

 いや、どこかで一度聞いたような……ああ、思い出せない。

 

 「いいや。僕はアルブロートの里のただのエルフだったよ。精霊様に会うまではね」

 「そうか。伝説に聞く古の種族ならばいろいろと腑に落ちるところがあったのだが……忘れてくれ」


 精霊様はいつもの調子に戻ると話を続けた。


 「ともかく笛の魔術と相性がいいのであれば、育ててみる価値はありそうだ。アプルル、そしてオリーブもオークと共に育てておくように。育成環境に問題があれば言ってくれ」

 「了解したのさ。環境の問題と言えば、ここは上質な土のマナに押されて風のマナが弱い。花草を育てるにはそれでいいが、樹木はいけない。木々を大きく育てるには風のマナが必要なのさ」


 精霊様はじゃらじゃらとしたなにかを生み出した。

 不自然なほど細く尖った砂利だ。


 「これは針砂利。風のマナを多分に含むのだが……」

 「確かに風の力を感じるけど、あまり使いたくないのさ。樹木と砂利の相性が最悪だね」

 「ならば使えないな」


 精霊様は悩み始める。

 すっかり僕と会話していることは忘れているかのように一人でうんうん唸っている。

 僕も人のことは言えないけど、マイペースなお方だよね。


 「ああ、すまない。考え込んでしまっていた」

 「精霊様はここの主。自由に振舞って構わないさ」

 「別の問題も加味して一つ方法を思いついた。しかし、デメリットも大きい。おまえの負担も増えるだろう」

 「とりあえずその解法を聞いてからじゃないと決められないかな」

 「環境には資源だけでなく生息モンスターも含まれる。つまり……」


 間髪入れずに精霊様が解説を始めた。

 だんだんとヒートアップし早口になっていく。

 聞き取る限りに育成林に敢えて害獣たちが住ませるという案だ。

 精霊様は針砂利以外に風のマナを生み出す資源は生み出せないらしい。

 それで目を付けたのが、サイズミンクだ。


 鎌のようなしっぽで風刃をとばす奴らが内包する風のマナはうちのダンジョンに住むモンスターでは最高だ。

 現状、奴らはハイドラットの草原地帯からこちらに入り込んでいるが、定住には至っていない。

 そこで育成林内にもハイドラット草やその変異種であるシーフラット草を繁殖させることでサイズミンクが定住できる環境を整える。

 材木の損傷問題は加速するだろうが、林の面積を広くとる事である程度の被害は目を瞑るということだ。


 「ピエター、風のマナの増強は害獣を強化してまで行うメリットはあるか」

 「あるね。多少傷物でも上質な方がいいに決まっているさ」

 「デメリットはそこだけではない」


 精霊様が続ける。

 サイズミンクのランクはD+。

 決して弱いモンスターではない。

 それに最近は複数匹で狩りを行う様子も確認されている。

 果たして格下であるラビブリンたちがそんな環境で安全を確保しつつ作業できるか。

 精霊はそちらの方が心配らしい。


 「心配ないさ。ガリアにパトロールさせるし、作業中にマンドラゴラやマンドラコッコを控えさせていれば何匹来ようが返り討ちさ。あとは串刺しの罠が壊れずに残っている場所もあるしうまく利用すれば……」

 「待て、初耳だ。前のダンジョンの罠がまだ動いているのか」

 「大丈夫、大丈夫。場所はばっちり抑えているからね」

 「大事ないうちに分解した方がいいと思うが」

 「精霊様、害獣と一緒さ。生み出せない物を壊すのは勿体ないんだよね。だったらうまく活用すればいいだけの話さ」

 「……あとで場所を全て報告するように」

 「了解さ」

 「……精霊様と慕ってる割には結構図々しいんだな、お前」


 精霊様がぼそりとなにか呟いた気がするが、うまく聞こえなかった。


 「育成林の拡張、サイズミンク並びにハイドラット草の誘致、準備を進めておけ」

 

 精霊様は消えるように去っていった。


 ああ、有能な自分が恐ろしい。

 また精霊様にたくさんの仕事を任されてしまったよ。

 最近はリマロン君も頑張っているみたいだし僕も負けてられないからね。


 しかし、彼女は大丈夫かね。

 口を開けば不平不満。

 任された仕事の進捗も芳しくないと聞くし。

 一体何を考えているんかね、ソイ君は。

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