9.助言者
ゴーレムたちの交戦の意思はまだ生きている。
しかし、俺からは既に闘志は失せていた。
となれば、取るべき行動は撤退一択。
俺は生き残ったコッコを連れて全力で部屋から逃げ出す。
前回の反省を踏まえて、単純な命令を組み合わせてコッコを誘導することできた。
ゴーレムたちは部屋を跨ぐと追いかけてこなかった。
一息、胸をなでおろす。
そして、一気に緊張の糸が切れ、俺は地面にへたり込んだ。
息が苦しい。きっと戦闘による心労だけではない。
スキルの使い過ぎのようだ。鈍い痛みが頭から消えない。
ただ、当面の安全は確保されただろう。
少しゆっくりしよう。
この戦法は攻撃的なモンスターには使えないな、と俺は思った。
確かに主を失ったモンスターに直接俺が殺されることはなかった。
しかし、召喚獣たちは別だ。
他にやりようがなかったにしろ、この作戦の結果失ったモンスターの数は多い。
もし、今回の相手がより好戦的な性格をしているなら最後のコッコすら失う可能性もあった。
モストータスにしろ、ゴーレムにしろ、好戦的なモンスターでなかったため、成立した作戦だった思う。
次この戦法を使うときは後のことをもっとしっかり考ようと心に誓う俺だった。
さて、すべての部屋の探索が完了した。
いや、完了してしまったというべきか。
ゴーレムの部屋の出入り口には南北の2か所だった。
つまりダンジョンの探索結果を地図にするとこのようになる。
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□:探索済み
ー:出入口
俺は頭を抱える。
嘘だろ。まさか出口がないなんて。
頭痛と疲労に重ねて失望も覚えた俺に無防備に床へ寝転がった。
いままで脱出目指して頑張って来たのにこの仕打ちはないだろう。
コツコツと音が聞こえる。
始めは幻聴だと思った。対応する気も起きなかった。
しかし、それが人の足音だと気付き、慌てて飛び起きる。
目の前にはローブ姿の怪しい人物。
フードをすっぽりと被り、顔は見えない。
いつの間にいたのだろう。
そもそもどこから入ってきたのだろう。
緊張が高まる。ただの同業者には思えない。
ひと時の静寂の後、謎の人物は興奮気味に拍手をする。
成人男性を思わせる体格に反して動きは活発な少女染みている。
とてつもない違和感だ。
「おめでとうございまーすぅ。第一波クリアですっ! ご無事のようでほっと一息です」
その声は元気いっぱいの村娘のようでいて、且つ受付嬢のような知的な印象を受ける。
心地よい女性的な声だった。
「改めましてこんにちはっ。わたくし、助言者と申します。気軽に助言者ちゃんと呼んでください」
俺が呆気にとられていると彼女は言葉を続ける。
「えっと、貴方は…、ああ、マンドラゴラの意志さんですね。わわ、今の段階でもう10個もスキルを集めてますね。驚きです。期待のルーキーですっ」
口調は丁寧ながらも、大げさな動作ではしゃぐように話すローブの女性。
相手のペースに圧倒されて、咄嗟に言葉が出てこない。
突っ込みどころは多い。
ただ、どうやらこの状況をいろいろと理解しているらしい。
聞き出さねば。
頭痛と混乱の中、何とか絞り出した言葉は最も伝えたい内容から程遠かった。
「俺の名はスライスだ。マンドラゴラじゃない」
「おや…おやおやっ。人だったときの記憶をお持ちなんですかっ?」
「…人だったとは?」
「なるほど、特定のソウルの自我が強く残っちゃったパターンですね。人の残滓が強いのはちょっと同情しちゃいます。でもそのおかげで賢い意志さんということならば、助言者も説明のし甲斐があるというものです。わたくしは助言者、迷えるダンジョンを教え導く者にごさいますっ」
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助言者と名乗る謎の人物の説明はとても信じられる内容ではなかった。
まず、俺は既に人間ではなく、ダンジョンだということだ。
早速意味が分からない。
生き物が迷宮、言わば場所になるなんて、荒唐無稽だ。
しかし、俺の体が幽体のようになっていること、魔法を失い代わりに迷宮スキルが使えることなどは一応説明はつく。
納得はしないが、理解するしかないのだろう。
彼女の説明を信じるとすると、俺はダンジョンで死んだ冒険者の魂の集合体であり、その中でも特に強い意識を持った冒険者スライスの自我が核となって生まれているそうだ。
普通は様々なソウルが混ざり合い新たな人格が生まれるとのこと。レアケースらしい。
迷宮スキルの説明も受けた。
ダンジョンは自らのソウルを使い自身の中にモンスターやトラップを生み出す力を持つそうだ。
迷宮スキルは核となったソウルから記憶、技能、嗜好などを基にした設計図のようなもので、モンスターやトラップを生み出す力を制御するために存在しているとのことだ。
俺の頭に時折よぎるスキルの知識は世界迷宮が記憶したスキル情報を共有してくれるために起きる現象らしい。
「ダンジョンそのものとダンジョンの頭脳たる核、つまり、みなさんのことを区別して呼ぶ際に意志という表現を使います。意志のみなさんの名前ですが、最初から持っていた迷宮スキルのうち、最もランクの高いモンスターのものを付けることが通例です」
「つまり俺の名前マンドラゴラの意志ということか?」
「理解が早くて助かります」
「スライスじゃダメか?」
「好ましくないですね。他の意志さんから目を付けられちゃいますよ」
次に今の状況。
これはダンジョンの成長のために必要な戦いの最中らしい。
ダンジョンは部屋、領域、階層と徐々に成長していく。
助言者曰く、今の俺はやっとそのスタートラインに立ったところでダンジョンの育成段階でいうとルーム期というらしい。
ルーム期、エリア期、フロア期を経て最後に一人前のダンジョンとなるそうだ。
「つまり、さっきの戦いに勝ち残った俺はエリア期ってことか?」
「いいえ、今はルーム期です。さっきの戦いはこの1部屋の主を決める戦いでした」
「おかしくないか? ここは9部屋ある。さっきの説明と矛盾する」
「ふふふ、これは壁ではなくて仕切りなのですっ。壁と言うには薄すぎますって。人間の知識は財産ですが、人間サイズで物事を考えてるといいダンジョンになれませんよ」
ダンジョンの成長方法。それは他のダンジョンを攻略し、吸収すること。
俺が戦っていた白い人影は俺と同じ存在だったという事実は薄っすらと予想はしていた。
ただ、改めてその事実を認識すると気分が悪くなってくる。
俺は知らず知らずのうちに人殺しをさせられていたことになる。
人としての大事な尊厳を奪われたみたいで腹立たしい。
冒険者の仕事でも人の命を奪ったことはなかった。
必要とあれば殺す覚悟はあったが、それは自分の意志で決断したかった。
助言者に責任があるわけじゃない。
頭ではわかっているつもりだが、ついつい怒りを態度に出してしまった。
それでも助言者は気に留めずに説明を続けた。
「殺し合いじゃありませんよ。役割分担を決めるだけです。残念ながら攻略された方はソウルになって吸収されて人格を失いますが、そのダンジョンのモンスターやトラップとして活躍することになります。ダンジョンを仕切るには力が要りますから、より強い意志さんを選ぶ必要があるんですよ」
人間とって、それは死ぬのと変わらない。冗談じゃない。
それはさながらデスゲーム。助言者はそれがさも常識のように語る。
いや、ダンジョンにとってそれは間違いなく常識なのだろう。
常識なのだろうが…。
俺がさらに言い返す前に、彼女の話題は既に違うものへと移っていた。
「マンドラゴラの意志さんはホントに運がいいですね。もう遺志を手に入れてるようです」
「遺志? 意志とは違うのか」
「他の意志さんを攻略した際に核のまま吸収されたソウルのことを言います。戦いに負けて残された意志なので、遺志なのですっ」
スライムの人影と戦った時のことを思い出す。
確かに人影が球体になって俺の体に入ったことがある。
もしかして、あれのことだろうか。
「遺志を使用するとなんとっ、強力なボスモンスターを召喚できるんですよ」
正直に言って情報多可。既にお腹いっぱいだ。
一旦、情報を整理したい。
俺はダンジョンにされ人の体と尊厳は奪われた。
俺に人として残されたのはこの意志のみ。
これだけでも、考えをまとめる時間が欲しいのに説明はさらに続くようだ。
しかし、ダンジョンになるためのサバイバルレースは始まったばかり。
この意志だけは絶対に奪わせない。
生き残るには知識が不可欠だ。
今は辛くても、しっかり聞いた方がいい。
もうひと踏ん張り頑張ろう。