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88.魂の規格

 おお……。

 俺は今、感動している。

 

 ここはオリジンルーム。

 岩をくり抜いた原始的な家に、小さなマンドラゴラ畑。

 しかし、ここの景色を知っている者からすれば何か違和感に気付くはずだ。

 

 青空が広がり畑が広がるこの部屋だが決して屋外ではないことを知らしめるものがあった。

 それは壁。

 いくら石畳の代わりに土を敷き詰めても四方が石造の壁で覆われては屋内の閉塞感はぬぐえなかった。

 しかし今はその感覚はない。

 壁を取り払ったわけではない。

 壁に尤もらしい()()を張り付けたのだ。


 これがこの間の修行で習得した技の一つだ。

 この間の迷宮スキルの創造分解のベビーローションの結果、生み出すものの形状を変化させるセンスが磨かれた。

 今までも【鉄鉱岩】を適当な大きさで出したり、中を空洞にしてテントのように使ったりはしていた。

 その技術を突き詰めることでこんなことができるようになるとは思ってもみなかった。

 周りに風景に完全に溶け込んだ像を映す壁。

 その像はちゃんと動いており、仕組みを知らない人からすればここが屋外で見えない壁があるように錯覚することだろう。


 まずは一部屋完成させたが、このまま次の部屋もやってしまうか。

 俺は迷宮内(たいない)の魂の流れを読む。

 ふむ、どうやら育成林は活動しているモンスターが少なそうだ。

 次はそこへ。

 そう思ったときに声をかけられる。


 「早速修行の成果を生かしているね。時間ができたので来てみたよ。突発ではあるが時間をもらえるかな」


 師匠だ。

 最近は約束しない時間にもふらりとやってる。

 壁紙の張替はまた今度だな。


 「今日は何をするんだ。この前やった池に風景を投影するあれの続きか」

 「あれは遊びのようなものだ。覚えたければ勝手に練習したまえ。今日は別の内容だ。コストセンスを磨く修行を行う」


 コストセンス。

 スキルに使用する(ソウル)の使用について、か。


 「毎度理解が早くて助かるね。君はスキル使用に対するソウルの使用量を正しく把握できているかい?」

 「よく使うスキルに関しては把握できているつもりだ。モンスター系スキルで最もコストの低い【マッドスライム】を基準にその召喚に必要な(ソウル)量の倍率は精神体(あたま)に叩きこんでいる」


 師匠が掌を掲げると宙に魔法陣が浮かび上がる。

 そこから鹿の頭を持つ鳥型のモンスターが現れた。


 【ペリュトン】

 【ランクD+】


 「全く、魂鎧越しの召喚は一手間かかるのが煩わしい。さてと、我が弟子。こいつはその【マッドスライム】何体分か分かるかい?」

 「ランクから推測するに……ああ、俺はD+のスキルを持っていない。ならば、ランクCでもコストの低い【マンドラゴラ】より……」

 「残念。そのレベルの推測では話にならないね。君は他のダンジョンとの長期戦にそんな練度の低い計算を基に臨むのつもりかい。たがかランクEのモンスターだって何百何千と召喚すればその魂量は致命的なものに成りかねない。そんな行いは無謀と呼べるだろうね」


 師匠の挑発するような物言いが心を荒立たせる。


 「それくらいしか判断材料がないのだからしょうがないだろう。スキルを持ってないモンスターの召喚コストなんて、高い精度の予測は無理だ」


 師匠は口元を隠しクククと笑う。

 流れるような所作で小さなガラス玉のようなものを取り出す。


 「ほらほらイライラしない。これがあればその助けになるのだよ」

 「これは?」

 「ヒューマもよく使っていただろう。()()というやつだ」


 規格。

 重さや長さなどをわかりやすく表すのに単位を使用するが、ソウルにも数え方があるのか。


 「その通り。といっても、我々フレスベルグの爪と関わりのあるのダンジョンでしか通用しない概念だがね。この魂魄玉(こんぱくだま)には定量の(ソウル)を入れることができる。ほらっ」


 投げられた魂魄玉を部屋の隅にいたコッコに()()してキャッチする。


 「流石にもう精神体の手を出すような真似はしなくなったね。いい傾向だ。さぁ、試しにソウルを注いでみたまえ」


 俺は魂魄玉に意識を集中しソウルを集めてみる。

 すると思った以上にどんどんと魂が玉に吸い込まれていく。

 注ぎ込んだことをきっかけにどんどんとその勢いが増してく。

 これ以上、この行為を続けて大丈夫だろうか。

 そう思った矢先、勢いを衰え始め、あっという間に魂を受け付けなくなった。

 これで満タンだろうか。

 【マンドラゴラ】一回分くらいはあったと思う。

 小石程度の小さな玉にこれほどのソウルが凝集している。

 なかなかの驚きである。


 「いいかい。その感覚、忘れないでくれよ。では、ここで大事な法則を一つ教える。欠損のないモンスターの死体を分解して得られる魂量はそのモンスターの召喚に使用した魂量の3割である」


 ふむ。

 いままで師匠はこんなにあっさりと有益な情報を教えてくれたりしなかった。

 ここから絶対何かあるはずだ。


 「最初の問いに戻ろうか。そこのペリュトンの召喚コストは何コパだ。ただし、君がソウルを込めた魂魄玉の容量は0.01コパとする」

 「コパっていうのが、単位か。確認だがペリュトンはやって構わないな」

 「もちろんだとも」


 さて、どうやって仕留めようか。

 せっかくだからリマロンの調査内容を確かめてみるか。


 「【フルーツバロメッツ・マンドラカウ】」


 物陰から紫がかった牛が現れた。

 俺は牛に命令して鹿頭の怪鳥を串刺しにする。

 角で喉元を一突きだ。

 調査通り、強力なモンスターだな。

 直に召喚しなくてもマンドラゴラから育ててもいいところも評価が高い。

 ついでの新モンスターの評価も終わったところでモンスターの死体に精神体の手を翳して分解を試みる。


 ……うーん。

 問題なく分解と吸収は行えたが、肝心の魂量の感覚が曖昧だ。

 いままでは吸収量については大雑把にしか意識してなかったからな。

 なるほど、これがコストセンスを磨くということか。

 得られたソウルの召喚コストの3割のはず、つまり召喚コストは得たソウルの約3.33倍。


 「答えは0.008コパだ」

 「外れだ。ああ、1つ伝え損ねていたよ、答えは小数点第4位まで答えてもらおう」

 「……了解した」


 一発では無理だったが、何度か繰り返せばセンスは身に付きそうだ。

 今回の修行は前回の地獄のスキル反復使用に比べれば、全然楽な部類だな。

 

 「感覚を思い出したいならまたこいつを使うといい」


 いつの間にか回収されていた魂魄玉が改めて渡される。

 空の魂魄玉だ。


 「師匠、玉の中身はどこに?」

 「それと次からの【ペリュトン】の召喚コストは君に払ってもらおう。これくらい緊張感がある方が覚えは早いだろう。さぁ、感覚を忘れないうちにどんどんやっていこうじゃないか」


 俺はこのダンジョンがとってもケチだったことを思い出した。

 全く子供のダンジョン相手にソウルを集ろうなんて恥ずかしいとか思わないのだろうか。


 「授業料は格安じゃなかったのか」

 「かなり安いさ。ただし、延長料金は発生するというだけの話だ」


 今更ながら、師を間違えたのかもしれない。

 今はほとんど冒険者が訪れず、魂の追加入手が難しいというのに。

 こんな時に余計な出費を……。


 呆れを通り越して冷静になった俺はふと浮かんだ疑問を投げかけてみた。


 「どうして少数なんだ。計算しにくいだろう」

 「本来コストの概算のために使っている単位じゃない。ソウルを通貨の代わりにし取引をする際に使うためのものだ」


 なるほど。

 となると1コパでもマンドラゴラ100本分。

 俺にとってはかなり大量のソウルだ。

 しかし成熟したダンジョンにとっては他者に渡しても問題ない程度の量ということか。


 「おーい、戻ってこい。物事を熟考するのは君の美点ではあるが、今は目の前の課題に集中してほしいね」


 いけない。

 また自分の世界に入っていた。

 さて、元々今日はやりたいことがあったのだ。

 最近話せてないピエターとソイの課題の進捗も確認したいし、ここ最近頑張っているリマロンにもなにかご褒美を渡したい。

 この程度の課題、さっさと乗り越えて時間を作るぞ。


 「外れだ」


 「違うね」


 「おしい」


 そう意気込んだ俺だが、なかなか正解に辿り着けない。

 挑戦は幾度も続き、それなりの魂と時間が授業料として消えていってしまった。

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