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83.心の在り方


 前から気になっていることがあった。

 どの修行から始めようか思案するグリフォンの意志に俺は疑問を投げ掛けた。


 「ダンジョンになってから俺はずっとこの体だが、師匠もスケルトンの意志も、まるで人のような体を持っている。これは成長過程でそうなるのか?」


 グリフォンの意志に残念そうに横に首を振る。


 「いいや、違うさ。魂鎧(こんがい)の習得も今回の修行に含めてるが……」

 「悩んでいるのであれば、この技を最初に教えてくれ。興味がある」

 「たった今、最後に回そうと決めたよ」


 少し不機嫌そうに答える師匠。

 なにか粗相でもやっただろうか。


 「別に意地悪で言っているんじゃないよ。 問おう、君は何者だい?」

 「師匠それはどういう意図……ダ、ダンジョンだが」


 師匠の真っ直ぐな瞳に気圧され、真意のわからぬままに答える。


 「そうだ、ダンジョンだ。しかし、君の深層心理はそうではなさそうだ」


 半透明の身体にも慣れた。

 迷宮スキルも手足のように使える。

 俺は身も心もダンジョンのはずだ。


 「そこだ。先ほど君はダンジョンに()()()()()と言ったね。まるで君に前身があったかのような言い様じゃないかい? それに君の考える物差しとして前提に人の体験があるね。もしや、君は自分のことをダンジョンに転生できた冒険者だと思っていやしないかい?」


 俺は一瞬答えに詰まりつつ返答する。


 「し、しかしその冒険者時代の知識があったからここまでダンジョンとして……」

 「思い違いだよ」


 師匠の言葉が俺の発言を遮る。


 「思い違いだ。君はダンジョンに転生できた冒険者ではない。冒険者の記憶を多く引き継いだダンジョンだ」


 そこに大きな差があるのだろうか。

 今の俺にはよくわからない。


 「ダンジョンは数多の魂の融合体だ。生まれる際にその前身の魂の記憶を引き継ぐこと自体はよくあることだ。しかしそれは断片的なもので、君のように自我までが侵される程の大量の記憶を引き継いで生まれることはめったにない」


 それがどうして体を得る修行の先延ばしに繋がるのだろうか。


 「冒険者の知識は強力な武器だ。しかし、持ちすぎるとデメリットも生じる。人類への親愛、これを覚えてしまうことだ」


 人類への親愛?

 もしかして、俺が再び禁則事項を再び破ると思っているのか?


 「その懸念もある。今の君はダンジョンとヒューマの間で揺れているような自我を持っている。そんな状態で人の身体を手に入れれば、ヒューマへの変身願望を抱いてしまうだろう。これが一番怖い」


 変身願望。

 言い換えれば、ヒューマへの未練か。

 少し前の俺なら間違いなく持っていた。

 とは言え、たとえ人の身体を得てその想いが再燃しても、今の俺がリマロンたちを放って地上を目指すなんて事は決してしない。

 禁則事項だって二度と破らない。


 「これは君の決意や覚悟の話ではなく、心の在り方の話だ。厳しい言い方にはなるが、思考を巡らせてどんな言葉を紡いだとてそれは何の意味もない」


 厳しかったグリフォンの意志の表情を緩まる。


 「ただ、安心してくれ。君がダンジョンであることをわからせるような修行を優先してやっていくことで、無意識の勘違いを正していこうじゃないか」


 なんとも酷い言われ様だ。

 しかし俺は、言い返したい気持ちをぐっと堪えて頷いた。

 ここでいくら討論しても師匠は今の評価を覆したりはしない。

 納得してはいないが、さっさと修行には入るべきだ。


 「そうだね。まずは手始めにダンジョンの身体を意識できる修行から始めようか。問おう。ダンジョンの身体はどこだい?」


 今いるこの空間。

 俺の場合、支配領域が展開されているこの48部屋だ。


 「正解だ。しかしそれは知識として持っているだけだろう。(ヒューマ)の意識との混在がひどい君はそれを実感はしていない。さっきの言いぶりだと、普段はその半透明の精神体を自分自身と認知して活動しているじゃないかい」


 それは……その通りだ。


 「まずはその認識を正していこう。この部屋全体に意識を集中して支配領域を、空間中の魂を、隣の部屋へ押し出してみるんだ。イメージをしっかりすることが大切だ」


 普段やらない行動だから勝手が掴みにくいな。

 お、動いたか。

 お? おお!

 この感覚は!


 「どうだい。押し出した分の魂が別の入り口から入ってきたのを感じるだろう。これがダンジョン中を魂が循環する感覚だ。さぁ、続けて回していこう」

 

 魂が壁を擦り、入り口で圧縮され、出口で解放される。

 わかる。

 壁に、空に、土に、触覚がある。

 魂と擦れるのがわかる。

 精神体で感じていた、いや、感じていると思い込んでいた感触よりももっとダイレクトで強い情報だ。


 「こういうのは敵ダンジョンとの交戦中にはあまり意識しないから新鮮だろう。この循環をしばらく継続させてみてくれ。慣れてきたら徐々に速度を増していこう。最初は集中力を使うだろうがだんだん慣れてくる」


 魂が、力が、どんどん加速させる。

 ああ、放牧地の高低差は見た目よりもあるな。

 ラビブリンたちの負荷になっていないだろうか。

 なるほど、空は天井がないわけじゃなく高くなっているのか。

 いずれ気をつけないといけない場面が出てきそうだ。


 魂で外壁を撫でる。

 それだけで多くの情報が入ってくるなんて思いもしなかった。

 俺は今初めてダンジョンとしての俺の全貌をイメージ出来たと思う。


 「よしよし、問題なく出来そうだな。センスのない者はここですら躓くからね。次回までに今の倍速で回せるように鍛錬すること。課題だよ。私は()()()としての仕事を片付けてくるよ」


 師匠は地上でランクA冒険者としても活動している。

 ずっとダンジョンにいるわけにもいかないのだろう。

 ラファエルに抱えられると風のように去っていった。

 

 さて、これを倍速か。

 思いのほかきついな。

 自主練に時間を割かなければならないだろうな。

 師匠がいない間はダンジョン再建に力を入れたかったが仕方ない。

 リマロンたちに頑張ってもらおう。


 ……それにしても、ヒューマへの未練か。

 正直言って師匠がなぜ心の在り方にこだわるか理解できない。

 ヒューマであろうが、ダンジョンであろうが、一体何が変わるというのだろうか。

 とは言え、この問題をクリアしなければ、生身の身体は手に入らない。

 考えた言葉に意味はないと師匠は言ったが、答えを準備しておく必要があるだろう。


 俺は何者なのか。

 師匠が言うことをまとめると、俺は前世が冒険者だと思い込んでいる精神異常を起こしたダンジョンだ。

 しかし俺には冒険者スライスとしての記憶、知識、経験がある。

 確かに存在している。

 少なくとも、それらを生かしてダンジョンを作ってきた。

 俺が冒険者スライスかマンドラゴラの意志なのかは俺にとって切っても切り離せないものだ。

 俺は間違いなくヒューマの前身があるからこそ成立するダンジョンのはずだ。

 どうしてそれが否定されてしまうのだろうか。


 地上の冒険者として活動する師匠は一体どんな心の在り方なのだろうか。

 そもそもダンジョンの正しい心の在り方と何だろうか。

 それ以前に、空間が意志を持つこのダンジョンという存在は何なのだろうか。

 

 俺は並行して行っていた魂の循環の速度が落ちていることに気付くと、雑念を振り払うべく修行に集中するのだった。

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