82.修行の前に
世界迷宮。
それは世界最大のダンジョン群。
世界各地に入口を構え、多くの挑戦者を受け入れる。
入口を潜ると、そこは宝の眠る洞窟、あるいは竜の住む火の山、もしくは天空に聳える城。
様々なダンジョンが入り乱れて広がり、それらが無数のトンネルによって繋がれる。
無数の進路に分かれた底の見えない大迷宮。
俺の名はスライス。
元冒険者で、今はそんな世界迷宮の一部だ。
最初は戸惑いつつも徐々にダンジョンの身体にも慣れてきた。
何度も死にそうになりながらもここまで生き延びてきた。
最初の頃は悲しみに暮れることもあったが、最近はこの生活も悪くないと思えるようになってきた。
ホロウナイトとの決戦から数日。
すぐにでも修行を始めたかったのに事後処理に時間が取られてしまった。
瓦礫の撤去。
畑部屋はいうまでもないが、蟻塚が酷かった。
トレジャリーミミックのゴードンが帰り際に八つ当たりをしたのだろう。
粉々に破壊されてしまっていた。
内部は地下まで広がっていたため、中のモンスターが全滅する事態は避けられた。
しかし、彼らの住居を新たに作る必要が出てきてしまった。
畑の再生。
ホロウナイトの討伐のために大量に召喚したラビブリンのため、食料危機が訪れた。
戦死覚悟で出した捨て駒だったが作戦がうまくいきすぎてしまい、ほとんどが生き残ってしまった。
貯蔵していたマンドラゴラは彼女らの召喚コストに使いほとんどない。
コッコの卵は当然数が足りず、マポテージョの貯蔵もあっという間に尽きるだろう。
オリジンルームにある小さな畑とコッコたちだけでは到底全員を賄える状況ではなくなってしまった。
目に見えた戦果がない健康な者はしばらくチビキビを貪ってもらうことになる。
急務として、なんとか畑部屋の畑は最低限復活させることに成功した。
迷宮スキルと四季土、ピエターの笛の魔法を全て使った力業で為した。
育成を再開したのはひとまずマンドラゴラとマポテージョだけ。
他の作物は後回しだ。
新たに繋がったダンジョンへの対応。
戦闘時は無視していたが、城廃墟のエリアに他ダンジョンへ繋がるトンネルあったのだ。
行先はヘルハウンドの意志のダンジョン。
最初の挨拶としてモンスターに手紙を持たせて送った。
直接行くような不用心な真似はできない。
このダンジョンを通してリビングアーマーの意志とはゴードンは接触した可能性が高い。
脅されただけか、はたまた深層ダンジョンと協力関係を結ぶ者か。
それがわかるまで接触は必要最小限に抑えた方がよさそうだ。
いろいろあったが、本日から修行を始めると言うことで今は師匠の到着を待っている。
噂をすれば早速気配を感じる。
「お待たせ。待ったかな」
師匠であるグリフォンの意志がウッホグリフのラファエルにお姫様抱っこされてやってきた。
【ウッホグリフ】
【ランクA】
凛々しい鷲頭。
雄々しい翼。
そして、圧倒的な筋肉美。
何度も見ても素晴らしい。
俺はラファエルの観察をしたい気持ちを抑えて、師匠に準備万端であることを伝えた。
「よろしい。でも、今日修行に入れるかは君の理解力にかかっている」
「理解力。まだ何か説明が足りないのか」
「そうだとも。より効果的な修行を行うため、また修行中に並行してダンジョンの構築を行うためにとても必要なことだ」
素直に考えると目標の設定だろうか。
「いい視点だ。広義の意味では正解だが、ここでは方針と言う言葉を使わせてくれ」
師匠はどこからか黒板を取り出して何やら書き始めた。
「ダンジョンが決めるべき方針は二つ。構築方針と運営方針だ」
構築方針の方はわかりやすい。
俺がダンジョンになってからずっと考えている事だ。
ずばり、どんなダンジョンになりたいかということだろう。
「その通り。そしてそこに関して君は方向性は既に決めているだろう。今一度、構築方針を確認する。ダンジョンタイプを分類してみよう」
ダンジョンタイプ?
「ダンジョンタイプとはどんなダンジョンをコンセプトごとに分類したものだ。非常に大雑把だがその分わかりやすい」
ダンジョン環境による区分。
生態系ダンジョン。
森や洞窟など自然物で構築されたダンジョン。モンスターを繁殖させやすく、ダンジョンを広く使ったギミックが得意。
構造物系ダンジョン。
遺跡や城など人工物で構築されたダンジョン。モンスターと部屋連動させやすく、トラップを使ったギミックが得意。
戦術による区分。
クリーチャーラッシュ系。
大量のモンスターで戦う戦術。
エースブレイク系。
特定の強力なモンスターを主軸に戦う戦術。
トラップハント系。
トラップをメインに戦う戦術。
「この分類に当てはめるなら俺はクリーチャーラッシュ系生態系ダンジョンとなるか」
「どうだろうね。マンドラゴラをモンスター扱いするならクリーチャーラッシュ系とも考えられるが、一方で君には中ボス格のモンスターが多数存在している。攻める時はエースブレイク系の戦術を取っているのではないかい?」
確かに。
考えを深めようとする俺を師匠は手をひらひらと動かして遮った。
「この話は今日の本題ではないんだ。このくらいにして先に進むよ」
「興味がある。もう少しくらい話を膨らませても良いのでは?」
「ダンジョンタイプは分かりやすいが、大事な要素が抜けている。この視点だけで考えてもだめなんだ。さっ、時は魂なり。次へ進むよ。運営方針、こっちがとても大事なんだ」
運営方針。
ダンジョンを運営するための方針。
なんとなくイメージが出来そうだが、具体的になにかと言われれば言葉が思いつかない。
素直に師匠の解説を聞くことにする。
「構築方針は自分がどうなりたいかの指標だったが、運営方針は自分がどうやったら生きていけるかの指標だ。魂の稼ぎ方を明確にするんだ」
ソウルの稼ぎ方?
冒険者から頂く以外に方法があるのだろうか。
一応、他のダンジョンから奪う選択肢もあるが……。
そういうことを聞いているのではなさそうだ。
「冒険者から頂くとして彼らはどんな奴等だい。ランクは何? ダンジョンに潜った目的は? それらによって冒険者の強さも行動も変わる。そして、どうやって魂を回収かい? 殺す。閉じ込める。無害なふりして通路になる。魂の取り方一つでもダンジョンの構造が変わりそうなものではないかい?」
なるほど。
冒険者は各々に野望を抱いてダンジョンへ入る。
その目的に合わせてダンジョンを構築することで、集客効果を高めようと言うことか。
「自分が望む形を目指すだけじゃダメだ。冒険者の需要を読み解きその場を提供する。これが難しい事だが非常に大事なんだ。手札はいいのに、運営方針がぶれているために魂が集まらないダンジョンなんてごまんといるからね」
ここが普通のダンジョンであれば自由な運営が出来るだろうが、ここは世界迷宮。
即ちダンジョン群だ。
自分の周囲には既に他のダンジョンが存在し、そこには既に人の流れが出来ている。
自分の立ち位置を把握して、自分のダンジョンに訪れやすい冒険者の層を知る。
まずはその層の人々が興味を持てるダンジョン作りを心掛けなければ、冒険者は集まってこないというわけだ。
「冒険者の記憶が多く残っていると理解が早くて助かるね。本来であれば、これらをしっかり練った上でダンジョンを再構築するのが望ましいが……ね」
今のダンジョンのコンディションは最悪だ。
なにせほとんどの部屋が戦い後のままだ。
燃えカスだらけの蔦の迷路とモンスターのいない城廃墟はダンジョンとして機能していない。
串刺しの遺跡は機能しているが、我々の目指すダンジョンとは全く別コンセプトで、最終的に再構築は必至。
問題まみれで、とても冒険者や敵性モンスターを迎えられる状況ではない。
それでもダンジョンの入り口は閉じることはできない。
つまり、ゆっくりと計画を練ってから再建に取り組むのでは遅いのだ。
「ダンジョンの運営計画の立案、新たに支配した部屋の仮構成、そして修行。すべて並行してやっていくんだな」
「それだけじゃない。君の成長段階はエリア期だ。今の最大のミッションは部屋数の増加のはずだ。忘れてないだろうね。ソウルを稼いで【部屋】の迷宮スキルでフロア面積を増やすことも忘れないでほしいかな。もっとも、これを意識するのはダンジョンの運営方針が定まってからでいい。しかし、頭の片隅には置いておくように」
これらはすべてやらなければならないこと。
これだけでも手一杯だが、それに加えて、スキルや変異モンスターの検証なども行いたい。
これは……過去一で忙しくなるのでは。
俺は頭を抱えそうになるが、師匠が目の前にいることを思い出しぐっと堪えた。




