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81.アルブウッドの森と新米冒険者

 ここはブランチ王国の辺境都市マカタ。

 四方を山々に囲まれた盆地であるにも係わらず、ダンジョン路により発展してきた深皿と呼ばれる都。

 その大通りから離れた一角にある古びた喫茶店。

 店の名前は飼育小屋。

 その中から少年少女の言い争う声が聞こえてくる。

 周りに他の客はいない。

 店のマスターは気にしつつもは咎めない。

 彼らの言い争いはだんだんヒートアップしているようだ。

 鶏、猿、二足の兎の従魔が心配そうに主人たちの顔を交互に見比べている。


 「元は言えばね。あんたが道を間違えたせいでしょ」

 「いいや、違うね。そこはまだよかったんだ。コッコのテイムから辺りから完全にアウトだったろ」

 「だってジルってば、こんなに可愛い! ほらっ」


 鶏の従魔を抱きしめる水色の髪の少女。

 従魔からギャア、とおおよそ考えられない鶏とは思えない鳴き声が漏れる。


 「ほらっじゃないって。普段は賢いくせに、なんでいつも従魔の事になるとトンチンカンになるんだ。初回は迷って事故で侵入、二回目と三回目は武器の回収のための緊急の措置。ここぐらいまでだったらギルドも大目にみてくれたんじゃないか。やっぱり俺が道を間違えたせいじゃない。あの時、コッコをテイムしたいだなんておまえが言い出さなかったら」

 「なによ、自分だってムクちゃんテイムしたくせに」

 「これは……だって、成り行きだろ。幻影使いのモンスターに俺たちもこいつも騙されて、こいつが路頭に迷いそうだったから……なっ、ムク」


 兎の従魔を膝の上に抱えて置く桃色の髪の少年。

 従魔はウサ、と嬉しそうに声を上げた後、耳をゆさゆさと揺らしている。


 「自分だって従魔大好きじゃない。あっ、思い出した。バレたきっかけはムクちゃんよ。新人が珍しい従魔連れてるぞーって噂になってた」

 「それを言ったらジルの時点でだいぶ目立ってたぞ。そのせいで俺たちマークされてたっぽいし」

 「なによっ!」

 「そっちこそ!」

 「ウッキャキャ、ウキャッキャ、ウッキキキ」


 これ以上白熱させぬべく猿の従魔がテーブルの上に躍り出る。

 その意図は二人に伝わったらしく、両者ともに険しい顔からばつの悪そうな顔へ変化した。


 「そうだなビルデ様。いまさら言い合ってもしょうがない」

 「ええ、過ぎたことだったわね。これからの事考えなきゃ」


 二人は同時に飲み物に口を付け、同時にハァ、とため息を漏らす。


 「まさか3か月も冒険に出られないなんてな。その間、木こりの手伝いのボランティアって話だろ。大変そうだな」

 「ルゥ。それ、本気で言ってる?」

 「なんだリズ。俺なんか変なこと言ったか?」

 「ええ。そんな認識じゃ命を落とすわよ」

 「命がけなのか。木こりの仕事なのに? 木を倒すだけだろ」

 「それが普通の木ならね。なにせ私たちが行くのはアルブウッドの森なのだから」


 アルブウッドの森。

 ブランチ王国の国土の三分の一の広さを持つ巨大な樹海である。

 魔力に満ち、強力なモンスターが多数確認されているこの森は未だに横断ルートが確立できていない程、人が入るには危険な領域である。

 

 「なんだか冒険の香りがするな」

 「呑気なこといってんじゃないの! アルブウッドの木こりと言えば、アルブウッド・トレント狩りに特化した王国公認の凄腕の狩猟チームよ。そこでの雑用ってんだから命がいくつあっても足りないわ」

 「アルブウッド・トレントかぁ。確か鋼より硬い樹皮を持って人並みに知能があるって話だろ? そんな化け物を毎日のように狩ってる人たちの技が間近で見れるんだから、ある種サイコーの環境じゃないか」

 「あんたのポジティブシンキングぶりは毎度すごいわね」

 「照れる」

 「皮肉よっ! 半分くらいは、だけど」


 これだからほっとけないわ。

 私がいなきゃ、すぐに危険に首を突っ込んじゃうんだから。

 少女が少年に聞こえないように飲み物で口を隠しながら独り言ちる。

 少年は何か言ったか、などと口にし呑気なものである。


 「そんな場所に行くんだったら、武器でも見に行くか!」

 「そこは防具でしょ。さっき自分で鋼より硬い樹皮って言ってたわよね? そこらの剣なんか買っても……」

 「ははは、テンション上げるためだよ。だいたい俺たちに追加で装備を買う金なんかないだろ。でもまぁ、武器はともかくとして魔法は重要な気がするなー。今からでも猫カフェに行ってみるのはありなんじゃないか」

 「魔法の習得、ね。でも、猫も猫魔導士たちも自分の派閥以外の人には冷たいのよ。特に新人は大した魔法を持っていないだろうと舐められることが多いし」

 「実際その通りだしな。そもそも魔法の情報交換の場ってことだから、初心者お断りな雰囲気あるよな」

 「奇跡的に面倒見がよくて、さらに私たちに有用な魔法を教えられる猫と巡り合う可能性もあるけど、出発は明日の朝。まぁ、望み薄よね」


 二人は同時に飲み物に口を付け、同時にハァ、とため息を漏らす。


 「結局いつも通りだろ。身一つで飛び込み体当たり。なるようになるってね」

 「ただ、最低限の準備は今日中に済ませちゃうわよ。木こりたちの拠点までの道のりも結構あるんだからね。ほら、市場に行くわよ」


 カランカラン。

 入り口の鈴が鳴り一人の男が入ってくる。

 片手に分厚い本を持った王国では珍しい神官装束を着た男だ。

 まっすぐに少年たちの席へ近づき、目の前で止まる。


 「リズ、お前の知り合いか?」

 「知らないわよ。こんな怪しいおっさん」


 先程までと打って変わって小声でやり取りする二人に男が声をかけてきた。


 「最近生まれたダンジョン区画に入ってのは君たちか」

 「そ、そうだけど、何か用?」

 「情報がほしい。どんな些細なことでもいいからその区画のことを教えてくれ」

 「私たち、これから忙しいんだけど……」


 男がテーブルに何かを置く。

 それは淡い光を放つ青い石だった。


 「なにこれ、すげぇ!」

 「こんな澄んだ魔石初めて見たわ」


 目を輝かせる少年少女たち。

 

 「これで話す気になってくれたかね」

 「へへっ。なーんでも答えるよ」

 「あっ、こちらにおかけになってください。おじさま」


 男は次々と質問を重ねる。

 ダンジョンの地形、広さ、出現モンスター、その他いろいろ。

 多少()()()であろう少年の冒険話は長い。

 その上、必要な情報は隣でフォロー入れる少女の方が正確だ。

 それでも少年の話をじっと静かに頷きながら聞いている男。

 少年が話疲れる頃にはだいぶ時間が経っていたが、それでも男は口元に笑みを浮かべて礼を言った。

 

 「参考になった。ありがとう少年少女達」

 「おっさん、あそこに行くのか。冒険者ギルドからいろいろ言われるぞ」

 「忠告感謝するよ。だが問題ない。私は冒険者ではないからね」

 「では、何しにあのダンジョンへ? ……あっ、聞いて大丈夫でしたか」


 男は3枚の紙を取り出す。

 それは手配書だった。

 載っているのはいずれも女子供。

 罪状はダンジョン内での強盗未遂。

 それでいて報酬は高額。

 なんとも背景の見えてこない手配書だった。

 猿の従魔も不思議そうにのぞき込んでいる。


 「あぁ! 賞金稼ぎ(バウンティハンター)でしたか」

 「……ああ。まぁ……そんなところだ」

 「でもなんかこの手配書変じゃないか。なんでただの強盗未遂に二つ名なんてついてんだ。この〈百姓兎〉とか絶妙にダサいし」

 「そう。非常に胡散臭い。故に選んだんだ」


 男は荷物を持って立ち上がる。

 

 「行くんですか?」

 「まだ行かないさ。準備がある。君たちも何か準備があるんじゃなかったのかね」


 はっ、しまった、と交互に声を上げる二人。


 「ふふふ。君たちの旅の幸運を祈っているよ」


 カランカラン。

 支払いをスムーズに済ませると男は去っていった。


 「俺たちもぼさっとしてられねぇ! 行くぜ、リズ、ビルデ様! マスター、今日もつけといてよ」

 

 首を横に振るマスター。

 

 「いやいや、全部聞いてたからね。君たちね、3か月もアルブウッドに行くんだよね。むしろ、いままでのツケも全部払ってくれないとね」

 「でも、私たち今手持ちが……」

 「いやいや、全部見てたからね。マスターね、魔石の鑑定できるからね。そいつを売ってもらうからね」

 「「そんなー」」 


 少年少女の叫び声が店の外まで響き渡った。

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