79.深層からの来客
全速力で蔦の迷路を飛び抜ける。
蔦の壁も気にせず最短距離で部屋の入り口から出口へ。
半透明の身体にはどうせ当りはしない。
方向感覚もいつになく冴えわたっている。
焼野原の部屋に着いた。
まだ半分。
急がねば。
俺は自身が焦っている自覚があった。
ホロウナイトとリマロンたちが戦いはあまりにこちらに分が悪い。
作戦は与えたが、あれは俺が意志を倒すまでの遅延戦略がメインだ。
一応、仕留める手段として畑まるごと【ラビブリン】して土波を連打するというものも立案したが、これは敵の動きが読めない以上決まるかはわからない。
硬くて遅い相手には土波は有効打には違いない。
だがランク差が問題だ。
ランクB-の防御を果たしてランクDの攻撃で抜けるのだろうか。
仕留め損ねねば、終わりだ。
あの鎧を抜ける攻撃手段がない。
見慣れたコッコの放牧地。
自身のダンジョンに戻った。
もう少しだ。
仕留め損ねねば、一体ずつ俺のモンスターたちは魔剣で引き裂かれていくだろう。
今だって誰かがやられているかもしれない。
俺が戦況に与える影響は俺自身すらわからない。
でも、俺の関与外のところで大事なものを失うのは絶対に嫌だ。
北。
同じくコッコの放牧地。
大岩をすり抜け西。
バケマッシュの住む蟻塚。
そのまま直進して西。
飛び込んできた光景は魔剣を振り上げる鎧とリマロンの姿。
想像していた最悪のシチュエーション。
俺は反射的にスキルを使う。
「【池】」
大きな飛沫が辺りへ飛び散る。
あの鈍重な体では簡単に上ってこれまい。
これで時間が稼げる。
びしょ濡れのリマロンが目に入った。
大分昔にも思えるサラマンリザード討伐の際の失敗をふと思い出した。
高台からの落下を【池】で受け止めたら怒られた。
そうだ、水は苦手だったよな。
まず謝った方が良さそうだ。
心なしかいつもより彼女が大きく見える。
謝罪に対する彼女からの声色は悪くない。
怒ってはいなさそうだ。
さて、今のうちに追撃の手を……。
「「「「「ウッサーーーーーー」」」」」
ラビブリンたちが大騒ぎだ。
一体、どうしたのだ。
見渡すといろんなものが目に入る。
瓦礫まみれの畑。
鉄くずになったリビングアーマーの残骸。
騒ぎ立てる見たことない数のラビブリンたち。
喜び合うピエターとソイ。
その近くに死神のようなモンスター。
どうやらスカルバケマッシュの変異した姿のようだ。
そして、リマロン。
スケルトンの意志に作らせた決戦用の巨大槌を掲げ、雄たけびを上げる。
「ウッサーーーーーー」
【キングラビブリン】
【ランクB-】
【多くの配下を従えたラビブリンの最上位種。その存在はラビブリンの変異に大きな影響を与え、群れの戦力を跳ね上げる。】
変異、したか。
説明を見る限りに作戦で一気にラビブリンを増やしたことがトリガーとなったようだな。
と、喜びを噛みしめている暇はない。
ホロウナイトが上がってくる前に対策を……。
「精霊様! 流石だよ。リマロン君を守りつつ止めをさすなんて! マーベラス! 鮮やかな手際に感服なのさ」
「これはよくわかってないって顔ね。ほら、あれを見なさいよ」
ソイの指さす方向には盾が落ちていた。
報告に聞いたホロウナイト高ランク装備の一つ、魔盾ビトレイアルコーンだ。
そしてその傍らには鎧の腕が肩から落ちている。
これは……リビングアーマーなどではなく間違いなくホロウナイトの腕。
まさか正面から打ち勝ったのか?
リマロンがスケルトンの意志に作ってもらった巨大な槌を掲げている。
てっきりこちらが劣勢だと思っていたが、違ったようだ。
どちらにせよ、さっきの場面に間に合ったのは僥倖だった。
「なるほど。みんな、よくやった。だが、まだ安心するには早い。敵の死亡を確認したわけじゃない。確実に止めを刺すぞ」
俺は【マンドラゴラ】を使う。
「リマロン、これを池に投げ込め。効き目は薄いだろうが、奴を引き上げる前にちょっとでも弱らしたい」
「ウサ」
「ギャアアアアアアア……ブバブバブパブバブパ」
マンドラゴラが絶叫しながら池に沈んでいく。
あぶくとくぐもった叫びが小刻みに水面を揺らす。
程なく静かになる。
「槌を構えろ。今から池を分解する。姿が見えたらすかさず叩け」
ホロウナイトの最期は呆気ないものだった。
水揚げされた鎧は強烈な一撃で地に伏し、その後は何度も叩かれる。
もう抵抗する力は残されていない。
鎧はひしゃげて動かなくなった。
俺がそっと触れると白い光になって消える。
ソウルへの分解、そして吸収。
これで完全討伐が確認できた。
我々を脅かす敵性モンスターはもういないはず。
さて。
いつもであればこのタイミングで助言者がやってくるのだが。
戦いの後の質問合戦も慣れたものだな。
既に聞きたいことが
「あー……あのガキ殺されてやんの……。渡した武器から考えて負けないでしょ。普通」
聞こえてきたのは無気力な男の声。
古城のダンジョンにいた鎖の男が東口から現れた。
今、最も会いたくない男、トレジャリーミミックだ。
鎖をじゃらり、じゃらりと鳴らしながら気だるげに歩いてくる。
目線は高い。
何を見てるかと追ってみると、その先にはゆらゆら浮かぶ光の玉があった。
ダンジョンの遺志だ。
ホロウナイトの主のものに違いない。
「まぁ……材料が材料だし負け運でもついてんのかね……。とりま、お宝は仕舞っとくか」
風圧。
遅れて聞こえたじゃらりと言う音の後に男の手には3つの南京錠が握られていた。
ホロウナイトの盾と剣、そしてダンジョンの遺志が消えている。
それらを片手でいじりながら男は独り言を呟くかのように話す。
「で、この落とし前どうしてくれようか。俺を池にはめやがったダンジョンさんよ」
全力で逃げたつもりだが捕捉されていたようだ。
流石はランクAのモンスターといったところだろうか。
「俺は上の者におまえが殺したダンジョンを連れていくのが仕事だったわけなんだが、何仕事の邪魔しちゃってくれてるの」
「今手元にあるそれじゃダメなのか。持って帰れば任務達成だ。それらは本来討伐した俺に所有権があると思うのだがこの際くれてやる。さっさと帰ってくれないか」
「あぁん? いっちょ前に交渉なんてしてんじゃねぇよ。ただの臆病者だと思ったが、ぐくく、おまえ、案外こっち側に来てもうまくやりそうだな」
「こっち側?」
「深層」
両手を広げる。
じゃらりと鎖が鳴る。
「浅層の連中がやってる人間ごっこじゃなくて、真の意味でのダンジョンらしい世界さ。弱者を糧にどこもまでものし上がれるってのは、素晴らしいと思わないかい」
ハイトーンながらもどこかねちっこい調子で上機嫌に男が語る。
「なんだか連れてる配下の質もよさそうだし、そうだな……そこのウサミミのゴブリンキングとリッチもどきで手を打ってやるよ」
「手打ちとは?」
「差し出せ。そいつらなら及第点が取れるくらいお宝には仕上がりそうだしな。渡してくれれば、いままでの敵対行為はチャラにしてやってもいいぜ。池から出るのは苦労したからな。迷惑料ってことで。ついでにうちのダンジョン様も紹介してやるよ。ぐくく」
「……断ると言ったら?」
がしゃりと激しい鎖の音。
「あぁん? この期に及んで選択肢があると思ってんのか。 あー……やっぱ、気が変わったわ。お前の中じゃデッドオアアライブの区別もないようだし、そこらの配下ごと施錠して楽しい楽しい深層世界へご招待してやんよ。死体の状態でな」
鎖を構える男。
やばい。
これとの戦闘になればまず勝ち目はない。
万全の状態でも勝負になるか怪しいのに、全員が魔力切れか疲労困憊。
なんとかして落ち着かせないと。
「ま、待て。ダンジョン間の協定に未成熟のダンジョンに手を出さないという決まりがあったのではないか。主に迷惑がかかるぞ」
「あぁん、俺が知るか。むしろ、ダンジョン様がペナルティーで弱ってくれれば、ワンチャンが狙えるかもだし万々歳だわ」
ダメだ。
説得は無理。
もう正面から戦うしかないのか。
「裸のダンジョンってのは鎖で叩くのにコツがいるんだ。普通に振っても当たらないんだが……こうして魔力を這わせることで、粉々に砕けるようになる。こんな風に」
迫る鎖の切っ先。
いままでと違い目で追える。
違う、わざと見せてるんだ。
なにせ見たところで避けられない。
加速する思考の最中にも出てくるのは、打開策ではなく実力差を示す推論のみ。
諦めかけた時、俺の目の前に巨大な黒い影が躍り出た。
鎖は届かない。
何者かが受け止めた?
「ウホーホゥ」
「いいぞ、ラファエル。そのまま叩きつける」
黒い影、いや、猛禽の頭と翼を持つ大猩々のモンスター、ウッホグリフが鎖を振るうと男の身体が浮く。
そのまま壁に叩きつけられるかと思えば、直前に鎖が消える。
円を描く軌道は直線に変わり激突を舞逃れた。
「あー……なんで浅層の王様気取りがこんなところにいるんすかねぇ。フレスベルグのリーダーさん」
「それはこっちのセリフだよ。要注意ぐれモンスターのゴードン君」
「あ、今はぐれじゃないんすわ。お陰様で新しい主人が見つかりまして」
「どうせすぐ殺す気だろう。いままでそうしてきたように」
「いやいや、結果的にみればそうだけども。いつだってダンジョン様のため、かいがいしく働いてるんすよ。自分」
男の眼前に煌びやかな装飾のナイフが光る。
男の掌が真っ赤に染まる。
鎖は間に合わず、咄嗟に手でガードしたようだ。
「ほら、駄賃だ。今日はこれで帰りたまえ。君といると私の可愛い弟子に悪影響がありそうなんでね」
「ちぇ。なんだよ、浅層のつば付きかよ。ちょっと興味あったのに今ので失せたわ。取るもん取ったし、帰って寝よ」
流血する手は気にも留めず、男は気だるげに鎖を鳴らしながら出口へ向かう。
出口付近で思い出したかのように振り返る。
「興味失せたってのはやっぱ嘘。また来るぜ、ウサミミゴブリンのダンジョンさん」
鎖の男は部屋を出ていった。
その後、隣の部屋から何かが壊れる大きな音が聞こえてきた。
暴れてるのか?
すぐに止んで静かになる。
……。
…………。
………………。
どうやら本当に帰ったようだ。
改めて振り返ると師匠であるグリフォンの意志がいた。
かなり久々に会った気分だ。
実際の期間はそれほどでもないはずだ。
ピエターたちの加入や戦いの加速化など大きなイベントが立て続けにあった。
本当にいろいろあった。
「やれやれ、助言者が前言撤回なんておかしいと思って駆けつけてみればこれだ。さっきのは肝を冷やしたよ。奴はゴードン。いくつものダンジョンを攻略している要注意モンスターだよ」
「奴の攻撃に全然対応出来なかった」
「気にすることはない。今の君とはランクも経験値も段違いだ。むしろ、あれと対峙してモンスターたちに犠牲を出さなかった対応は流石だよ。焦って応戦していれば間違いなくやられていた」
「そうゆうものか……」
凛とした佇まいでコホンと咳払い。
「この話はこれで終いだ。さて本題だが、今日は事情があって助言者が来れない。なので私が代わりに次のフェーズへのイントロダクションを行うよ」
そうだ。
鎖の男の出現に水を差されたが、俺たちはこの戦いに生き残ったのだ。
俺は勝利の実感が今更ながら湧き出していた。




