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78.断末魔の農場、決戦3

 鎧の足には、地中から伸びた赤く爛れた大きな手がしがみついていた。

 その手に、ソイは見覚えがあった。


 「あれはフレアバケマッシュ? にしては巨大ね。あんなに強い握力もなかったはずよ」


 ガシャシャ、ガッシャシャ。

 部屋中に木霊する不気味な声。

 聞きなれたものより低いがソイはその正体を理解できた。


 「助手ッ! 間に合ったのね」

 「マニアッタ」

 「ぎゃ」


 耳元の声に驚くソイ。

 振り向くとそこには見慣れぬパートナーの姿があった。


 「しゃ、喋れるようになったのね」


 【リッチバケマッシュ・ボーンファイア】

 【ランクC+】

 【毒茸と魔苔が混ざり合ってできたバケマッシュの集合体で火のマナが扱える希少種。菌糸を張り巡らせることで地中から体の一部や配下のバケマッシュを生やすことができる。】


 真っ黒のローブをすっぽりと被った骸骨がそこにいた。

 大地から影法師のように伸びるローブだ。

 その姿はまさしく死霊の魔術師であるアンデッドモンスターのリッチ。

 モンスターの知識に明るい者でもそのローブもドクロも、苔や茸の擬態だとは簡単に気付けないだろう。


 「ジョッシュ、トモダチ……マモル」


 鎧の脛を掴む手に力が入る。

 じゅう、という音と共に煙が上がる。


 「いい火力よ。そのまま焼いちゃって!」


 ソイの声援が響く。

 ホロウナイトは魔剣でその両手を切断するが、3本目、4本目と新たに腕が生えてくる。


 「私の後ろじゃなくてリマロンの前に出ていれば、もっとカッコよかったわよ」

 「ガシャシャ……ゴシュジンモ……マモラナキャ」

 「あらありがと。でも、それならやっぱり前に出るべきじゃない?」

 「ジョッシュ、キラレタクナイ」

 「手はいいの?」

 「テハ……ダイジョウブ。イタク……ナイカラ」


 身体は立派になりながらもまだまだ子供ね、と小さく呟きながら鎧と手の攻防を見守る。

 いままでのダメージの蓄積によってホロウナイトの動きはぎこちない。

 それでも単純な動きの化け茸の手は格好の的だった。

 脛や足首を掴む手は剣の切っ先を当てるのに都合のいい距離で、きれいに手首が落とされた。

 それより高い位置を掴もうとする手は掴む前に生え際付近を切り払われた。

 冷静に1本1本対処される。

 8本目。

 後ろから生えた腕が盾で擦り切られたとき、リッチバケマッシュが呟く。


 「アッ、テ……ナクナッチャッタ」

 「景気よく出しすぎたわね。他に攻撃手段はある?」

 「ジョッシュ、コノカラダ……マダナレナイ」

 「そうよね。変異したてだものね」

 「チョットマテバ、マタ、テ……ハヤセル」


 ホロウナイトが再び歩き始める。

 その先のリマロンはなんと立ち上がっていた。

 いつの間にか子分に運ばせていた巨大な槌を杖代わりに震える足で立っている。

 リマロンの体長を超える柄の長さ。

 本来であればトロールクラスのサイズのモンスターが持つ装備だ。


 「リマロン」

 「みんな、時間稼ぎありがとね……。待ってて……今、こいつで止め刺しちゃうから……」

 「無理よ。退いて」

 「大丈夫……。これね、すっごい武器なんだから……。近所のおねえさんがね。作物のお礼にくれたんだ……。お、お洋服とかと一緒にもらってたけど、おっきな戦闘がなかったからここで初お披露目……」

 「そうゆうことじゃなくて」

 「ボスモンスターはァ! オヤブンは」


 リマロンが声を張り上げる。

 大気が震える。


 「やらねばならないときがあるのです。いままで頑張ったコブンたちのためにも、踏み荒らされた畑のためにも。なにより、ここ任せてくれたボスのためにも」


 ゆっくりと大槌を構える。


 「ここで倒れるわけにはいかないじゃん。ひひっ」


 オーバーオールを脱ぎ捨てて、振りかぶる。

 

 「ウッサァ」


 獣鬼が大槌を振り下ろす。

 鎧は正面から盾で受け止める。

 激しい金属の衝突音。

 一瞬時が止まったかのように固まる両者。

 吹き飛ばされる獣鬼。

 しかし獲物は落としてしない。

 むしろ、さきほどより固く握られている。

 仕切り直しだ。


 「助手。手は使えるようになった?」

 「イッポンナラ、ダイジョウブ」

 「2本になるまで待ちなさい。リマロンの攻撃に合わせて強火のサポートを決めるのよ」

 「ウン」


 ウッサァ、と掛け声。 

 再び衝突音。

 結果は同じ。

 よろめく獣鬼と不動の鎧。

 毒と全力の二連打でリマロンの体力は確実に削られていく。


 「リマロン君、これはチャンスさ。敵は反撃の余裕がない。君の攻撃が効いてないわけじゃない。そのまま攻めるんだ」

 「ピエター、大丈夫なの」

 「や、やられたふりなのさ。べ、別にさっきまで本当に気を失ってた、なんてわけないだろう。この僕が」


 ウッサァ、と気合の雄たけび。

 三度衝突音。

 結果は変わらない。


 「リマロン、負けるなー! ほら、ラビブリンたち! アナタたちの親分が頑張ってるわ。声援くらい掛けなさい。強火で、最高火力で! いけー。あんな鎧ぶち壊しなさい」


 ピエターの声でリマロンの動きが持ち直したことを見て、ソイが思いつきでモンスターたちを煽る。

 その反響は大きかった。

 

 ウッサ、ウッサ。

 部屋のあちこちで声が上がり出す。

 どのラビブリンもボロボロだ。

 魔力切れの休憩者も。

 着地に失敗した軽傷者も。

 瓦礫を受けた重傷者も。

 声を振り絞り始めた。 


 ウッサ、ウッサ、ウッサ、ウッサ。

 声援が大きくなる。

 第二波から前線で戦ってきた熟練も。

 ファーマーに変異してから農作に専念していた裏方も。

 先ほど畑から収穫されたばかりの新参も。

 一丸となって自らを生み出したボスモンスターへエールを送る。


 ウッサ、ウッサ、ウッサ、ウッサ、ウッサ、ウッサ。

 リマロンに変化が訪れる。

 筋肉は隆起し、身体が一回り大きくなる。

 毒に震えていた体が落ち着きを取り戻す。


 「自分でやっといて驚き。こんなに効果があるもの?」

 「配下の急増加、危機的状況、そして支配者として自覚」

 「何の話よ」

 「小鬼や獣鬼の最上位種の覚醒の条件さ」


 いままでのリマロンとは雰囲気が違う。

 オーラが違う。鋭い眼光が光る。

 大槌を担ぐ獣鬼はもはやボスラビブリンではなかった。


 【キングラビブリン】

 【ランクB-】

 【多くの配下を従えたラビブリンの最上位種。その存在はラビブリンの変異に大きな影響を与え、群れの戦力を跳ね上げる。】

 

 「リマロンが……変異したの? いける?」

 「これで奴と同ランク。いけるのさ」


 ウッサ、ウッサ、ウッサ、ウッサ、ウッサ、ウッサ。

 ラビブリンたちの声援のボルテージが上がっていく。

 

 「ウッサァーー」


 飛び跳ねた獣鬼が渾身の力を込めて大槌を振り下ろす。

 鎧は相も変わらず正面から盾で受け止める。

 いままで最も激しい金属の衝突音。

 一瞬時が止まったかのように固まる両者。

 火花を飛び散らせつつも全く傷つかない二角獣(バイコーン)の盾。

 摩擦によって大槌だけが摩耗していく。


 「うそ。これでもダメなの。確かに装備差は覆せていないけど、こんなのってあんまりよ……」

 「いや、そうでもないさ」


 飛び散る金属片。

 それは非常に小さい欠片だった。

 盾ではない。

 大槌でもない。

 鎧だ。

 まだわずかに赤熱が残っている肩口に蜘蛛の巣状のヒビが入る。

 リマロンはいままでのように吹き飛ばされてしまったが、明らかに鎧の様子が違う。

 

 「はっ、そうだった。助手っ、今よ」

 「ワカッタ」


 地面から生えた手が鎧の足首をがしりと掴む。


 「それをやるには一手遅いよね。まぁでも、チャンスには変わらないよ、リマロン君」

 

 ウッサ、ウッサ、ウッサ、ウッサ、ウッサ、ウッサ。

 ラビブリンたちの声援のボルテージが最高潮に達する。


 リマロンは槌を前に突き出したまま、ホロウナイトへ突進する。

 避けることを許されない鎧は盾構える他の選択肢はない。


 いままでとは違う乾いた衝突音。

 突き出された大槌は盾を弾き飛ばした。

 盾は壁に衝突してどしりと地面に落ちる。

 そこに傷は一つもついてはいない。

 ついているのは鎧の片腕だけだった。

 蜘蛛の巣ヒビの半分をつけた腕が執念深く盾を握りしめていた。


 一方、ホロウナイトは反対の手で魔剣を振り上げていた。

 隙だらけのリマロンに赤黒い刃が迫る。 


 「しまった。相打ち狙いだ」

 「避けてー」

 「【池】!」


 突如として現れた水面に飛沫が上がる。

 致命の一撃を放とうとする鎧の姿はいない。


 「ウッサァ」

 「水は苦手だったよな。またずぶ濡れにしてしまってすまない」


 ダンジョンの主の帰還と共に、決戦の幕は下ろされた。

 

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